33.予期せぬ再開

「はい、撮りますよ」


 カメラを手に持った従業員の合図にニコッと微笑む。その後すぐにフラッシュの光が瞬き、一枚のチェキがカメラから吐き出された。


「こ、これで良いですか? お、兄ちゃんさん」

「うんうん、良いね。楓ちゃんが少し恥ずかしがってるのが堪らないよ」

「そ、そうですか。それなら良かったです」


 これでチェキ撮影を始めてから九人目。にも関わらず楓がこの調子だということは相当男性というものに怯えているらしい。

 でもまぁ桜田相手は大丈夫なんだよな。

 最初こそ桜田を警戒していた楓だったが今となっては普通に話す仲というか、彼に対して説教するシーンも度々見られる。ということはやっぱり男性に怯えているというよりは人そのものに怯えていると言った方が正しいのだろうか。


「有栖川さん、残りもよろしくお願いします!」

「ああ、うん。そこまで緊張しなくても私はどこかに行ったりしないから大丈夫だよ」

「は、はい!」


 返事は良いが手が震えている。この様子だとそろそろ限界かもしれない。

 そう思った私は前の人に続いてチェキの撮影にやって来た男に向かって声を掛けた。


「ちょっと良いかな? 兄さん」

「は、はい、何ですか? 花蓮ちゃん」


 楓がこの調子だといつ彼女の限界が来てもおかしくないからね。それで迷惑を被るのは私なのだ。

 そうだ、これは別に楓のためだとかそういうわけじゃない。


「その、チェキを撮るときに私が真ん中に行っちゃ駄目かな?」

「真ん中ですか?」

「うん、さっきから兄さん達ばっかり楓の隣でズルいって思ってたの。私も楓と隣でチェキ撮りたいなって。どうかな?」


 さてどうだろう。元々楓が目当てのお客さんだ。私の提案が却下される可能性だって十分にある。

 しかし私の提案は却下されるどころか、寧ろ彼にとっては良い提案だったようで……。


「楓ちゃんが花蓮ちゃんと一緒に……ありかもしれないですね」


 男は大きく頷くと、突然ククっと不気味な笑いを始めた。見ているこちらからすると正直怖い。


「いえ、かもしれないじゃないです。最高じゃないですか! 美少女な妹二人の絡みをこんなに近くで見られるなんて僕は今日死ねます!」


 ……突然どうしたのこの人。でもまぁこれで楓もこれ以上怯えることはないだろう。なんだか本当に妹でも出来たような気分である。


「あ、有栖川さん、危険です。この人は絶対にヤバイ人ですよ」

「私もそうだとは思うけど、絶対相手に言っちゃ駄目だよ。分かった?」

「はい、それは分かっています。仮にもお客さんですから」

「うん、それなら良いけど」


 お客さんじゃなかったら一体どんなことを言っていたのだろうか。うん、後で聞くとしよう。


「でも有栖川さんが隣にいると安心出来ます。……いつもその、色々とありがとうございます」

「気にしなくていいよ。それよりほら、早く撮ろ?」


 それから自分の世界に入り込んでいるお客さんにも同じように声を掛ける。


「兄さん、そんなところで何やってるの?」

「おっと……失礼しました。それと撮る前に僕からも一つ良いですか?」

「何かな? 兄さん」

「こんなお願いをするのは恐縮なんですが楓ちゃんと花蓮ちゃん、もう少しくっついてもらえませんか?」


 既にかなり密着しているがこれ以上どうすれば良いというのか。

 困り果てていると楓が突然クククと先程の男と同じような笑い声を上げて男の方を見た。


「分かりました。お任せ下さい!」


 何この積極的な感じ。先程の楓とはもはや別人である。


「えーと、なんでいきなりそんな元気なの?」

「……だってお客さんからの要望なんです。そうです、別にこれは私の意思じゃありません。だから合法なんです!」

「おーい……聞こえてる?」


 楓に声を掛けるも彼女はどこか別の世界に行ってしまっているのか返事がない。

 なに? 最近は自分の世界とか持つのが流行りなの?


 冗談はさておくとして、お客さんの要望はただ楓とくっつくことだけ。それなら別に私の方は何も問題ない。そう、問題ないはずなのだが何だろうこの背筋に走る寒気は。具体的にはおぞましい程の愛情を楓から感じた。


「じゃあ撮りますよ」

「お、お願いします!」


 楓は合図に一言そう答えると思いっきり私の腕に抱きついてきた。その瞬間店内に沸き上がる歓声、要望を出した男からも『おおー』という声が上がっている。

 正直、この人達が何で盛り上がっているのか私にはさっぱりだがこれだけは分かる。楓の胸が意外と大きいということだけは。


「どうかしたんですか?」

「いや、楓少し太ったかなって」

「え、嘘? 本当ですか!?」

「うんうん、私は嘘付かないからね。もう少し間食は控えた方がいいと思うよ」

「な、なんでそれを……」


 あ、本当にしてたんだ。


「ま、まぁ私は何でもお見通しだからね」

「有栖川さんに嘘は通じないですね」

「そういうことだよ」

「……あの、撮りますよ?」


 おっと、今は楓と話している場合ではない。


「うん、私と楓はもう準備万端だよ。兄さんは?」

「ぼ、僕も大丈夫です」

「じゃあ撮ります」


 私はカメラを持った従業員の合図に合わせて先程と同じようにニコッと微笑む。その際、視界の端に見えた楓は先程と違って心から笑っているように見えた。

 やれやれ、楓にはまだ私が付いていないと駄目らしい。



◆ ◆ ◆



 沈みかけの太陽の光が大通り全体をオレンジ色に照らす。昼間は人でごった返していたこの通りも、今は同じ通りとは思えないほど寂しさが目立つようになっていた。

 ふと下を見るとそこには足元から伸びた細長い影が自分の歩きに合わせて小刻みに揺れている。

 そんな光景をボーッと眺めていたときである。

 隣を歩いていた桜田が突然おかしそうに口を開いた。


「それにしても有栖川にはお似合いの仕事だったな」

「なにその含みのある言い方は」

「いや別に他意はないんだ。ただ……」

「ただ?」

「単純に楽しそうだったなってな。和泉もそう思うだろ?」

「そうですね。店の制服を着ている有栖川さんも最高でした!」


 私が楽しそうね。別に笑顔はあまり意識していなかったのだが、今日の私はそんなに笑っていただろうか。


「ほほーん、なるほど桜田君は私をそんな目で見ていたんだね。まぁ仕方ないよね、私だし」

「おい、俺はそんなこと一言も言ってないだろ。さも俺が言ったかのように言うのは止めてくれ」

「でも私はただ桜田君の心の声を代弁したまでだよ?」

「お前は他人の心が読める超能力者か何かか。でもまぁたまにはバイトっていうのも良いものだな」


 突然話を逸らすなんて言われたことを素直に認めているのと同じだぞ、桜田よ。

 しかし一応彼は思春期真っ盛りの男子。私をそんな目で見てしまうのも仕方ないことなのかもしれない。

 うんうん、分かるよ。私って普通の人より数倍は可愛いからね。ここは私が大人な対応で全てを水に流してやらなければ。


「そうだね、お金も貰えるし」

「有栖川、お前な」

「なに? そこが一番大事でしょ」

「確かに大事なのは否定しないが……」


 寧ろそれ以外に大事なことなどないだろう。

 それともなんだ、桜田はバイトを通じて社会貢献出来たことが大事だとでも言うのだろうか。それだったらかなり面白い。


「そんなことよりもだよ。お金も結構入ると思うし、何か買っちゃおうかな?」

「有栖川さんが買うんだったら私も何か買いたいです!」

「お、楓も何か買っちゃう?」

「はい!」

「無駄遣いは程々にしろよ」


 桜田が呆れながら私達を注意したそのときである。


「あれ? もしかして花蓮ちゃん? おーい!」


 後方から突然私の耳に女の子らしくて可愛らしい、それでいてどこかで聞いたことのあるような声が届いた。


「おい、いきなり何してんだよ。……ってもしかしてあの子達と知り合いなのか? 一花ちゃん」

「ああ、うんまぁね。中学校の時の友達だよ」

「マジかよ、紹介とかしてくれない?」

「またそれ? えーどうしようかな?」

「頼むよ」

「とにかく挨拶してからね」


 彼らの会話しばらく聞き続けていると、私を呼ぶ声が段々と近づいてくる。


「久しぶりー、花蓮ちゃん」


 そう言って私のことを呼ぶ声の主は私の肩に手を置く。

 こうなったら振り向かないわけにもいかず、意を決して後ろへと振り向くと、そこには昔から顔つきが変わらないまま体だけが成長した中学生時代の同級生──がわいちがいた。

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