5.美少女による華麗なる買い物①
スーパーに付いて早々、カートと買い物かごを桜田に持って来させる。利用するならとことん利用しなければ彼を買い物に連れてきた意味がない。
「有栖川、持ってきたぞ」
「うん、ありがとう桜田君。じゃあ行くよ」
私は笑顔で桜田にそう呼び掛ける。人をこき使う、なんと素晴らしきことか。笑顔を湛えずにはいられない。
「何だか生き生きしてるな」
「そう? 気のせいじゃないかな」
今日は桜田がいるのでずっと買おうと思っていたお米を買ってもいいかもしれない。それと目的のあれだ。
私はまず初めに今回目的とする商品が陳列されている場所へと急ぎ足を運ぶ。
「有栖川、そんな急いでタイムセールとかあるのか?」
「いや、そうじゃないけど…………あった」
目の前にある冷蔵商品棚には多くの紙パックの飲み物が陳列されている。その中から私は迷うことなくある商品へと手を伸ばした。
「大体五本くらいあればしばらく持つよね」
私が手に取ったのは豆乳、無調整は少し上級者向けらしいので普通に調整豆乳だ。
そんな必死に豆乳を買い物かごの中へと移動させていく私の様子を見てか、桜田は少し意外そうに呟いた。
「有栖川って豆乳好きだったんだな。実は俺も好きで」
「いや、豆乳は今日初めて買うよ」
そう、豆乳は今回初めて買う。そして生まれてこの方一度も豆乳を飲んだことがないのだが、私は今日の昼休みにある重大な事実を発見してしまった。
それは豆乳によるバストアップ効果。この事実を知って豆乳を買わないなんていう選択肢は私になかった。
これも全ては安藤千花を越えるバストを手に入れるためである。
それに牛乳と違って豆乳は開封しなければずっと長持ちするし、常温での保存も大丈夫なのだ。
すごい、豆乳は本当にすごい。
「だったらどうしていきなりそんな大量に……」
「桜田君には関係ないよ。これは私の問題なんだから」
「もしかしてバストアップ効果を狙ってるのか?」
この男、豆乳がもたらす数ある恩恵の中からどうして私がその効果を狙っていると思った。
まぁまさにその通りで、大正解なのだが納得がいかない。だって彼の言葉は私の胸が小さいと言っているのと何も変わらないのだから。
「へーそんな効果もあったんだね。でも私は狙ってないからね」
内心沸々と怒りが湧いているが、顔には出ないようグッと抑える。
そんな私の気持ちなどつゆ知らずに桜田は更なる爆弾を投下した。
「大丈夫だ、有栖川はそんなに小さくないと思う」
「……」
ここは耐えなければいけない。私は完璧美少女、声を荒げるなど言語道断だ。
何度も深呼吸をして荒ぶる感情を落ち着かせる。
そうしてようやく感情を抑え込むことに成功した私は遠くにある米コーナーへと目を向けた。
「ところで桜田君、今日はお米も買おうと思ってるんだけど良いかな?」
気持ちを落ち着かせたとはいえ、この男に対する怒りはまだ健在だ。これからどんな仕返しをしてやろうか、そんなことを考えていた時である。
私の視界に見覚えのある人物の姿が映った。
「桜田君、ちょっとこっちに来て!」
「そんな強引に引っ張られても……」
「しっ! 静かにして。桜田君は少しの間気配消してて」
咄嗟に私は桜田を連れて、近くの商品棚へと身を隠す。身を隠した商品棚から覗くようにして見た先には買い物をしに来たのだろう、首を傾げながら野菜を選ぶ安藤千花の姿があった。
「誰かいるのか?」
「静かにって言ってるでしょ」
「静かにはしている。だから誰がいるのかくらいは教えてくれ」
確かに何も知らないよりは知っていてもらった方が何かと都合がいい。見つかってしまうリスクはもちろんあるが、今は安藤がこちらに背中を向けている状況。見つかるリスクは限りなく低い。
少し考えた結果、視線の先にいる人物を桜田にも知っていてもらった方が良いと判断した私は彼と場所を入れ替わった。
「くれぐれも見つからないようにね」
「分かってる」
私の言葉を聞いて返事をした彼は興味津々といった様子ですぐさま先程まで私が見ていたように覗き込む。だがそれも一瞬、彼の視線はすぐに私の方へと向いた。
「どうしたの?」
あまりの早さに思わず私が質問すると、桜田は無表情ながらも若干恥ずかしそうに頬を掻くというよく分からない行動に出た。
「いや、なんていうか有栖川が言ってた人って誰だ? ここから見ても誰か分からなくてな」
「巨乳」
「なるほどあの人か、でもなんであの人から隠れる必要があるんだ? 知り合いか?」
巨乳と言っただけで誰のことか伝わるなんてどれだけ巨乳なんだと言いたいが当然言葉に出すことはしない。
それより巨乳と言っても桜田が相手の正体に気づかなかったことが気になった。
一応安藤は私のクラスメイトであると同時に桜田のクラスメイトでもあるのだ。毎日顔を合わせているはずなので普通は分かると思うのだが、彼の場合違うのだろうか。仮に違うのだとしたら桜田は相当他人に関心がないということなる。
完璧美少女である私を知っているのは当然として、もう少しは他人に関心持てよと思わなくもない。
なんだかこのままだと私が一人馬鹿みたいに慌てているみたいであまり納得がいかなかった。
「知り合いっていうか。クラスメイトだよ、桜田君」
「そうか、どこかで見たことがあると思ったが気のせいじゃなかったのか」
「そうだよ、分かったら静かにしててね。それとカートも出来るだけ遠ざけておいて」
「なんでだ?」
「そんなの安藤さんに見つかったらきっと胸が小さいことで悩んでるって馬鹿にされるからだよ。分かったら早く!」
「いや普通の人は豆乳を見ただけでそんなこと思わないと思うんだけどな。それとやっぱりこの豆乳はバストアップ効果を狙って……」
言い切る前に桜田の足を思いっきり踏む。
「何をする」
「ごめんね、足が滑っちゃったみたい」
「そうか」
踏まれたにもかかわらず桜田の顔は少し嬉しそうだった。私が踏んだとはいえ流石に彼の反応は気持ち悪い。
だが同時にこの反応は少しずつ彼の本性が表に現れてきたということで、私にとっては好ましいものでもあった。
自分から弱味を見せてくる人、私は嫌いじゃない。
「でも猫なんか被ってるより、俺はこっちの方が好きだぞ」
訂正、この男のことだけは例え弱味を見せてくれたとしてもやっぱり嫌いだ。
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