聖女の驚き

「……それで、これからあなたはどうするの?」


 ラトレイアが落ち着きを取り戻して、ティリスから茶を受け取ると、そう訊いてきた。


「どうするって言ってもなぁ……これと言って何か定まった目的があるわけじゃないからな、俺達は」


 俺としては、答え難い質問だった。差し当たって特別な目的があって動いているわけではないのだ。


「あら、意外ね。弱ったマルスを一気に潰すのかと思ってたけれど」

「いや、それはもうちょっと先かな。ラトレイアが抜けてからどうするのか見たいし……まぁ、ちょっとした楽しみもあるし、な?」


 俺とティリスは目を合わせると、彼女がくすりと笑う。


「そうですね。そろそろ発動する頃合いだと思います」


 彼女も想像して楽しんでいるのか、静かな口調ながら少しだけ声が弾んでいる。


「あら、何をするの?」

「ああ……まあ、さっきの戦いの最中、ちょっとした〝呪い〟をマルスには掛けたのさ」

「呪い?」


 俺はティリスがマルスに掛けた呪いについて説明してやった。

 即ち、彼の男性機能を使い物にならなくする呪いだ。今日だかに眠った時に、あいつはティリスの夢を見る。そして夢の中でティリスに触れた瞬間、<不勃の呪い>が発動する。

 <不勃の呪い>が発動すると、どれだけ性的な欲求を感じても、彼のモノはうんともすんとも言わなくなる。どれだけ魅力的な女が目の前にいても、その女に触れられ咥えられたとしても、彼の男の象徴は一切反応しないのだ。

 それだけではない。彼は毎晩、夢の中で俺とティリスが交わっている場面を延々と見せられるのだ。眠っている間、ずっと。自分が触れたくても触れられなかった女を目の前に、憎き俺としている場面を延々と見せつける。

 興奮と欲求のまま目を覚ましても、自分のものは一切反応しない。彼はその悪夢をずっと見続けるのだ。

 それは、俺があの現実に起きた悪夢──シエルとの情事の音声をずっと俺に聞かせられた事──を延々と何度も見せられている事への仕返しでもある。俺が味わった苦痛を彼にも味わせてやりたい。

 無論、彼は俺がそんな悪夢を見ているなどとは思ってもいないだろう。だが、人の苦しみを理解するには、自らが苦しまなければならない。ろくにこれまで苦しまずに歩んできたであろう彼の人生、一度くらい苦しんでも良いはずだ。


「私の時もだったけど、ほんとにやる事えぐいわよね、あなた達」


 ラトレイアは俺の話を聞いて、呆れたように溜め息を吐いた。


「したいと思ってるのに、体が反応してくれないのって、思った以上に地獄なのよ。心と体がついてこないっていうか」


 私の場合は濡れる以前に感覚すらなくなったしね、と俺達を憮然として眺めた。


「まあ……でも、あの種馬王子には良い罰になるんじゃないかしら。今まで散々好き放題やってきたんだから、せいぜい苦しめばいいのよ」


 それを2か月間続けられた私の苦しみもついでに味わえ、とラトレイアが憎しみを込めて言った。どうやらラトレイアの中では俺達に与えられた苦痛よりも、散々マルスに弄ばれた恨みの方が重いのか、楽しそうに笑っている。

 女は恐い。あれほど惚れていた男でも、一度嫌ってしまえば容赦なく攻撃できるのだ。俺が言うのも何だが、情け容赦がなくなる。


「でも、それなら尚更どうするの? 魔王軍と戦うの?」

「いや、それはまだ早いかな」


 魔王軍が進んで人族を侵略してこないのであれば、こちらから仕掛けて刺激を与えるのも得策ではないだろう。それに、仮に幹部がそれぞれティリス級の強さであると仮定すれば、俺達は圧倒的に戦力が足りない。ララひとりでは、厳しいだろう。

 となると、また契約してサーヴァントを増やす羽目になるのだけれど……本音としては、もう契約はしたくない。あんな胸糞悪い経験はこりごりだ。ただ、それは差し当たって今すべき事でもないので、それも保留。


「とりあえず今のところ目的はないけど、これまで通り村を点々とするかな。この2か月そうしてたし」


 俺達はこの2か月、バンケットから村を渡り歩き、ノイハイム地方へと辿り着いた。ノイハイムの〝名もなき森〟の中に点在している小さな村々を点々として、それぞれの困りごとを解消している。また、自分達の身を自分達で守れるようになれ、と自衛の術を身に付けるように指示もして回っている。

 ノイハイムの〝名もなき村〟の村々は領主が管理を諦めているので、もしもの時に頼れるものが、近隣の村々か自分達しかいない。それぞれの村の力が増えれば、相互扶助でより助けられるものが増えるはずなのだ。

 俺達はそうした領主が管理を諦めてしまっているような村を渡り歩いている。


「何の為に?」


 ラトレイアの質問に俺とティリスは目を合わせて、互いに首を傾げる。


「目的はその村に着いてから決める事が多いです」


 代わりにティリスが応えてくれた。


「は?」

「その村で何か困ってないかを訊いて、その困ってる事を解決してます」


 ティリスの言葉に、ラトレイアが更に首を傾げる。

 ノイハイムの小さな村々は領主が管理していない自治区のようなものなので、領主が助けてくれる事もない(その代わり納税の義務も負っていないようだ)。また、町の冒険者ギルドに依頼を出す金もなく、何か問題が起きても基本的に自力で解決しなければならないのだ。

 また、村が困っている事はそれぞれ異なる。ゴブリンなどの魔物に困っている村もあれば、土砂で道が塞がってしまっていたり、収穫の手が足りないので手伝ってほしいと言われた事もある。ただ、大半が魔物に困っているものが多い。

 俺達はそれを無償で引き受け、解決している。無償と言っても、村人からすれば恩人のようなものなので、大層持て成してくれるし、次の村の情報や位置も教えてくれる。そうして点々と村々を移動して人助けをしているのが俺達だ。ちなみに、こっそりと〝名もなき森〟の地図も作っている。


「もしかして……夜明けの使者オルトロスってアレク達の事だったの!?」


 俺達が説明すると、ラトレイアが驚いたように聞き馴染みのある名前を言った。


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