魔神と勇者パーティー②
「まだわかりませんか?」
「何がだ!」
マルスは憎々しげに言う。剣も鎧もない状態では、もう彼には何もできない。惨めな姿だった。
「
冷たい声でティリスが言った。普段俺と話す時とは全く異なる声。まさしく魔神ともいうべき畏怖を感じさせるような声だ。
だが、俺は彼女のそんな声ですら好きになっていた。彼女がいる限り、俺達は負ける事はない……そう思わせてくれるからだ。仮に、あの殺意が自分に向けられるとしたら、きっと一目散に逃げ出すのだろうけども。
「ふざけ──」
勇者マルスの反論は、爆発音によって遮られた。
ティリスによって4つ同時に放たれた<
「……ふざけてないですよ?」
言葉を失った勇者達に、ややティリスは可愛い言い方で咎める。そのギャップでさえも愛おしい。きっとこれは彼女なりの冗談というか、茶目っ気なのだろう。
しかし、勇者達が茶目っ気を感じてられるあろうはずがない。
無詠唱の<
特に魔法を主として扱う賢者アルテナ、聖女ラトレイア、シスター・シエルは恐怖に慄いて、歯をガチガチと震わせていた。
ティリスはふわりと地面に降り立ち、全員を見回す。誰も言葉を発せず、人ならざる者の圧倒的なまでの強さを前にして、ただ恐怖し震える事しか許されなかったのだ。逆立ちしても彼女には勝てない事を、身を以て知ったのだろう。
マルス達は完全に戦意喪失してしまったのだ。
このパーティーがこれまで築いてきた勝利への自信、そして強さは完全に打ち砕かれた。
その光景は至上の愉悦をもたらしてくれた。〝
でも、これはまだ前哨戦。ここからが本番、俺のお楽しみだ。
俺とララは顔を見合わせて、崖から降りて、彼らと同じ目線に立つ。手筈では、ここからラトレイアを剥がしてマルスの傷ついた顔を拝む事になっている。
ラトレイアは俺を見て首をいやいやと横に振っていた。涙を溜めて、許しを請うように「許して」と口だけ動かしている。そこには 不遜な聖女の姿はなかった。そこにいたのは、ただの弱者だ。
きっと、この状態であれば簡単にラトレイアは勇者の一行からは離れるだろう。そう思った時──
「この人でなし! あなたがそんな人だとは思わなかった、アレク!」
俺をそう罵ったのは聖女ラトレイアでも賢者アルテナでもなく、シスター・シエルだった。俺の幼馴染で、将来を約束していたのに……まんまと勇者の情婦になった女。
「魔王軍にでも寝返ったの!? 最低! あなたは弱かったけれど、ずっと一生懸命だった。優しかった。だからあなたの事をずっと信用していたのに……最低よ! どうせ利用されてるだけでしょ!? さっさと魔物の餌にでも何なりなりなさいよ!」
「シエル……」
想い人だった幼馴染から向けられる憎悪。不思議と、俺はそれに対して怒りを感じなかった。所詮はそんなものなのだろうな、と思っていたからだ。彼女からすれば、何の力も持っていなかった俺はその程度の扱いだったのだ。
「……<
ティリスが俯いたまま、呟いた。
その瞬間、ティリスを中心に彼女の足元から黒い稲妻が蜘蛛の巣の様に広がったかと思うと──マルス達から激痛に耐える叫び声が上がった。ビリビリと雷のような雷撃がマルス達を襲っている。
どうやら地面の蜘蛛の巣のように張られた稲妻の網に触れさせ、痛みと電撃により身動きを取れなくする技のようだ。
「……ティリス?」
この攻撃は事前の打ち合わせにはなかった。
ティリスは悲しそうな瞳をこちらに向けてから、瞳を伏せた。
「すみません、アレク様。今の言葉を、私は許せそうにありません……」
「あたしも止めねぇよ、ティリス。あんたがやらないならあたしがこいつらの首をへし折ってたところだ」
「お前ら……」
ティリスとララは、今のシエルの言葉に怒りを覚えてくれているのだ。俺が罵られたから、彼女達は怒ってくれている。
何だかそれが嬉しかった。
ティリスはそのまま、電撃の苦痛に苦しむシエルの前に立った。
「あなたのような売女風情がアレク様を人でなし、と罵るのですか? アレク様を裏切り、悲しませておいて、権力欲しさに勇者に跨ったあなたが?」
「……うるさい、悪魔! 人でなし! 私達をここで殺してみなさい。女神テルヌーラ様が必ずあなた達を裁くわ!」
苦痛に耐えながらも、キッとティリスを睨みあげるシエル。
勇者マルスは痛みに悶えながら「やめろ」とシエルを制止させようとするが、彼女は俺やティリスへの罵倒をやめなかった。
そんなシエルを見ていて、彼女はこんなにも強かっただろうか、と疑問に思った。それとも、勇者マルスと交わる事で彼女も強くなったのだろうか。少なくとも、俺の知っていた彼女はこれほど攻撃的ではなかったし、この境地に立たされて強がれるほど、強くはなかったはずだ。
勇者に認められたという自信が彼女を変えたのだろうか。それとも、女神テルヌーラが本当に守ってくれると思っているのだろうか。
ティリスはそんなシエルを見て、冷たい視線を彼女に送っていた。その視線には憎悪が孕んでいる。
彼女は一度指をパチンと鳴らしてから、俺の方を向いた。
俺を見る時には先ほどの憎悪は消えていて、申し訳なさそうな、力のない笑みを向けていた。
「アレク様……嫌いにならないで下さいね」
シエルの絶叫がサザラントの山岳に響き渡った。
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