聖女への報復
「ああっ、アレク様! 本当にオーガの軍勢を倒して頂けたのですね!」
翌日、俺達はナディアの孤児院を訪れていた。今日もララは宿に置いてきてある。ナディアに説明するのが面倒だったからだ。下手な説明をして怪しまれては元も子もない。彼女にはこれから、ラトレイアを誘き寄せる餌となってもらわなければならないのだから、余計な疑いを持たれたくなかった。
「ぎりぎりの戦いでしたが、全て倒せました。ただ、魔王軍の中には強力な魔術師がいた事が大きな誤算となりました。多くの騎士がその強大魔法の餌食になり……」
助けられませんでした、と憎々しげに付け加える。我ならがよくもこんな白々しい演技ができるなと思う。
「そんな、アレク様は何も悪くありません。だからどうかご自分のことを責めないでください……。アレク様のおかげで私達は明日を迎えることができるのです。だからどうか、そんな顔をしないでください」
ナディアが俺の手を取り、涙ながらに言う。演技なのか、心からそう思っているのかはわからないが、演技だとすれば、この女もしたたかだな、と思う。
「ありがとうございます、ナディア様」
「私にできる事であれば、何なりとお申し付け下さい。微力ではありますが、アレク様の力になりたいのです」
そう、その言葉を待っていた。俺は彼女の手を取り、用意していた言葉を繰り出す。
「それならば──」
ラトレイアを一人でここに呼んでほしい──そうナディアに伝えた。勇者や他の連中は不要、ラトレイアとだけ話したいと伝えたのだ。もちろん、アレクの名は伏せさせた。驚かせる為だとか何だとか適当な理由をこじつけてある。
若干怪しいと言えば怪しい。しかし、今や俺はバンケットを救った影の救世主。ナディアも俺を疑う余地などなく、快く使者を勇者パーティーに出してくれた。
幸いにも、勇者マルス一行は今日にもバンケットに着くらしい。渡りに船だった。
俺達はラトレイアが来るまで、彼女の淹れた紅茶を嗜みつつ、聖女様の帰還を待った。
これからだ。これから、ようやく俺の復讐は始まる。
俺は昂る気持ちを抑え、口角が上がりそうになるのを必死で堪えた。
◇◇◇
「ラトレイア、只今戻りました。ナディアお姉様、私に客人と言うのは──」
聖女ラトレイアが戻ったのはそれから暫く経った頃だった。
ラトレイアは孤児院に着くや否や、ナディアの横にいた俺の顔を見るとぎょっとした。
「久しぶりだな、聖女様」
ああ、やっと会えたよ。聖女様。ここまでくるのに長かった。ようやく俺は……お前達勇者パーティーに、報復が始められるのだ。
綺麗なのは顔立ちと川のように流れる青髪だけ。清らかな心など何も持ち合わせていない、売女のような聖女。今から、その皮を剥ぎ取ってやる。
「アレク!? あなたがどうしてここに!?」
ラトレイアは俺を見て蒼白としている。
驚くのも無理はない。俺は彼女からしてみれば、ここにいるはずのない者だからだ。
「あら、ラトレイア。この方々はあなたに命を救って頂いた御礼をわざわざ言いに来てくれたのですよ? しかも、寄付までして頂けて。あなたのこれまでの徳がこのバンケットを救ってくれました」
ナディアの言葉を聞いて、ラトレイアが俺をキッときつく睨んでくる。
「……どういう事、アレク? それに、オーガの陣営を殲滅させた者の名もアレクと聞いたけれど、まさかあなたなわけないわよね?」
オーガの陣営を殲滅したもの『アレク』と、俺がここにいる事に異変を感じたのだろう。一気に警戒した様子で、杖を強く握りしめている。
「こら、ラトレイア! 恩人に向かって何て口を利くのですか! この方々は──」
「あ、もうあなたはいいから。黙ってて」
俺がそう言うと、ナディアは突然崩れ落ちた。ティリスがナディアに睡眠の魔法をかけたのだ。それと同時にティリスが後ろに現れ、孤児院のドアを閉めた。
これで、もうラトレイアの退路はなくなった。
「ナディアお姉様!? アレク、お姉様に何をしたの!?」
「なに、魔法で眠ってもらっただけさ。昔の仲間同士、水入らずでお話と行こうじゃないか」
ラトレイアが俺とティリスを警戒した様子で交互に見比べている。
「私と話ですって? 大方、私とマルスを引き離して、私に報復でもするつもりだったのかしら? 残念ね。いくら私の戦闘力が低いからって、無能なテイマーと使い魔ごときを撃退できるだけの力はあるわよ?」
ラトレイアが杖を構えて、にやりと笑う。その頬に流れた汗を垂らしているところを見ると、緊張しているのだろう。青髪が頬にべったりとくっついてしまっている。言動ほど余裕はなさそうだった。
「痛い目を見ないうちに──」
ラトレイアが言葉を言い終える前に、彼女の持つ杖がバキッと真っ二つに折れた。ラトレイアの立っていた場所……そこは、もうティリスの<
「え!? な、なに!?」
「……痛い目が、何ですか?」
扉の前に立っていた
麗しい女魔神は、冷たい瞳で彼女を見据えている。
「な、何なのよ、こいつ……」
ティリスの瞳を見たラトレイアが、恐怖で顔を引き攣らせていた。
ラトレイアは腐っても聖女だ。いくら人族に化けているとは言え、ティリスの内に潜む魔力と妖気には気付いたのだろう。
「こいつ、魔族!? アレク、あなたまさか魔王軍と手を組んだの!?」
「まさか。魔王軍と組んでいれば、わざわざオーガ軍を滅ぼすわけないだろう」
「じゃあ一体何だって言うのよ……!?」
ラトレイアがじりじりと後ずさり、壁に背が着いてしまった。聖女は舌打ちをして、俺を睨みつける。
「アレク、あなた騙されているわ! こいつは魔族よ、私にはわかるのよ! あなた、テイマーのくせにそれもわからないわけ!?」
ラトレイアのその言葉に、ぴくりと動く。
その言動は、最もこいつらには言われたくない言葉だったからだ。
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