提案

 視線の先で、桃色髪の小さな鬼族の姫クィーン・オーガが好き放題に暴れ回っていた。ティリスは、あの鬼族の娘を、サーヴァントとして契約しろと言ったのである。

 通常のテイマーであれば、戦うだけでいいのかもしれない。しかし、俺にとってのサーヴァントとの契約は……少し違う。

 俺にとっての魔物と契約とは、すなわち……体を交えなければならないという事だ。

 彼女がそれを教えてくれた。そして、彼女はそうした経緯を経て、俺のサーヴァントとなった。ゴブリン相手でも契約できなかった俺が、を用いれば、上位魔神グレーターデーモンと契約できたのである。おそらく、鬼族の姫クィーン・オーガをサーヴァントとする場合でも、同じ方法を取らなければならないはずだ。


「お前、その意味がわかってて言ってるのか?」

「何がですか?」


 彼女が無表情のまま首を傾げる。そんな彼女の態度に、腹の中では苛々が増していった。

 どうしてこいつは、わかってくれないのだ、と。


「何がって……それは、俺があの子と交わるという事なんだぞ」

「もちろんそれはわかっています」


 いちいち言わせないで下さい、と少し不機嫌そうにティリスは言った。

 やはり彼女は意味がわかった上で言っていたようだ。上位魔神グレーターデーモンだからか、種族が違うから貞操観念が異なるのか……彼女は俺がオーガと交わっても気にならないというのだろうか。

 そう思うと。俺はなんだかむかむかしてきた。


「ふざけるなよ……」


 思わず言葉が荒げざるを得ない。すごく、すごく不愉快な気持ちだ。


「アレク様……? どうしました? どうして怒っているんですか? 私、何か気に障る事を──」

「どうしても何も、ふざけるなよ! 俺がどうして好きでもない女と寝なきゃいけないんだ!」


 感情のまま、俺はティリスを怒鳴りつけていた。

 俺はティリスの提案で傷ついていたのだ。自分から言い出すならまだしも、彼女からそれを言われるなんて……彼女にとって、俺との関係は、そんなものなのか。俺が他の女と寝ても、気にならないとでも言うのか。


「俺はお前としか……お前としかしたくないのに。お前さえいればそれでいいのに。俺の気持ちがわからないのか!?」


 ティリスに存在価値を認められて、彼女に心を救われた。彼女との愛の交わりこそが、今の俺にとっての唯一の救いだった。

 確かに彼女は俺にとってはサーヴァントだ。何をしても彼女は拒否などできない。しかし、俺はこれまで性奴隷を扱うかのような軽い気持ちで彼女を抱いた事などない。彼女を愛して、好きで堪らないからこそ彼女と交わり、幸福感を得られていると思ったのに……それは俺だけだったと言うのだろうか。

 強い怒りと寂しさから彼女を睨みつけると、ティリスは困ったような笑みを浮かべながら、そっと俺を抱き寄せた。


「アレク様……それは、一番最初に私とした時も、そうでしたか? 今と同じ気持ちでしたか?」


 あやすように俺の頭を撫でて、魔神とは思えないような優しい笑みを浮かべていた。

 彼女の言葉について、思い返してみる。

 あの時の俺は……確かに、今とは異なっていた。色んな事がわからなかったというのもあるが、ああする他なかったというのが正しい。

 ただ、どうなのだろう?

 根本には、辛そうなティリスを何とかしてあげたいと思ったのではなかっただろうか。


「あの時俺は……確かに、お前の事を好きで始めたわけではなかった。でも──」


 きっと俺の本音。これは間違いないと思う。


「辛そうにしていたティリスを、助けてあげたかった」


 彼女は出会った時に、『お願い……助けて』と泣きそうになりながら抱き着いてきた。

 そして、どこか親し気に話してくれた。だから、俺は気を許していたところはあったのだ。おそらく、殺されないだろう、と。

 そう言うと、ティリスは……笑顔で唇を重ねてきた。珍しく自分から積極的に、舌まで入れてくる。そうして唇を離すと、笑顔のまま涙を浮かべていた。

 彼女は俺の背中に腕を回して、ぎゅっと抱き締めてくる。


「やっぱり……アレク様は、アレク様です」

「は?」


 彼女の言葉の意図がわからなかった。


「私は……そんなアレク様とずっと一緒にいたいです。アレク様は、どうですか? こんな角や翼があって、わけのわからない悪魔みたいな力を持っている女は、やっぱり嫌ですか?」

「何を言ってるんだ!」


 思わず彼女を力いっぱい抱き締めて、怒鳴った。

 どうしてそんな言い方するんだ。怒りのあまり軽く頭突きまでしてしまう。彼女は「痛いです」と困ったように微笑んでいた。


「角があっても、翼があっても、魔神でも……お前はお前だ。そんなの関係ない。俺はお前を大切に想っているし、これからもずっと一緒にいたい。当たり前だろ」


 まだ出会って日は浅い。だが、彼女は俺に自分の全てを預けた。そして、俺はそんな彼女を愛してしまっていた。

 種族も違うし、彼女はまだ俺に話していない事も多いだろう。だが、それでも……俺は、もうこいつをただのサーヴァントだとは思えなかったのだ。


「ありがとう、ございます……」


 彼女は出会って初めてした時のように、またしゃくり上げた。そして、俺にしがみつくようにして涙を流しながら、こちらに笑顔を向けた。


「それなら……尚更、です。尚更、あの子をサーヴァントにして下さい」

「どういう事だ?」


 彼女の言っていることがさっぱりわからなかった。

 ティリスは俺とずっと一緒にいたいと言ってくれた。それなのに、どうして他の女と交わってサーヴァントを増やせと言うのだろうか。  


「考えてみて下さい、アレク様。いくらアレク様が優秀なテイマーでも、アレク様自身は非力なままです。それこそ、あそこにいる騎士どころか、この前の盗賊だって、一人では退けられなかったと思います」

「そんな事言われなくても知っている。だから、俺の事はお前が──」

「守り切れなかったら、どうするんですか?」


 彼女が身体を離して、俺を見据えた。

 そこには鬼神のような強さを誇る魔神の姿ではなく……ただ俺を心配して、瞳に膜を張らせている女がいただけだった。

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