第18話

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(──ここは)神白は覚醒した。針葉樹があちこちに生える、見慣れたバルセロナの町並みが広がっていた。

「どうだった? 楽しめてもらえたかな? 前半だけで切らせてもらったけどね」

 目の前には、軽やかな笑顔のエレナが立っていた。周囲にはフベニールAのチームメイトが歩いており、謎の試合で五十分ほどプレーしていたにも拘らず、時間が経過していないとしか考えられなかった。

「ああ、ありがとう。良いゲームだったよ。やりたいことができた。わけは全然わからないけどな」神白は混乱しつつも、素直にエレナに感謝を述べた。

 満足げに微笑み、エレナはさらに続ける。

「神白君の長所は、勤勉で堅実で献身的なところ。ザ・日本人選手って感じだよね。でも情熱の国・スペインで育った私からすると、ハングリーさが全然足りないね。サッカーってのは、自己表現の手段だよ。『俺はここにいるぞ!』ってな風に、自分をバンバン出していかなきゃ! リスクから逃げちゃあだめ。いつまで経っても殻は破れないよ」

 エレナは力強く断言した。神白に向ける視線にも並々ならぬエネルギーがあった。

「自分を、表現、か。そうだよな。俺は萎縮し過ぎてたよな。貴重なアドバイス、ありがとう。念頭に置いて頑張っていくよ」

 神白は心を込めて言葉を紡いだ。エレナはうんうんと、満ち足りた顔つきで小さく頷いている。

「にしても、君はどうして俺にここまでしてくれるんだ? いや、本当にありがたいんだけどさ。こないだは使命とか言ってたけど、まだ若いんだから自分の道を進むべきだって。いや、進んでほしいよ」

 神白はきっぱりと告げた。気持ちを伝えるべく、まっすぐにエレナの大きな瞳を見つめる。

 混じりけのない想いだった。神白は、自分の為に動いてくれるエレナに深く感謝していた。登場時の礼拝堂での一件にしても、一歩間違えればエレナは酷い目に遭っていた。それを押して助けてくれたことは、並の決意でないように感じていた。

 エレナは依然、穏やかに笑んでいる。しかし神白の言を受けて、わずかに悲しみが滲んだようにも思えた。

「やっぱり優しいね。でも大丈夫だよ。私は一度終わってる・・・・・から。今こうしているのは、サッカーでいうところのロスタイム。だから大人しく、あなたの手助けに専念するの」

 達観したような口振りだった。神白はさらに言葉を返そうか迷うが、思いとどまって口をつぐんだ。

 するとエレナは、ぽんっと神白の肩に左手を置いた。

「さっきの試合の感覚を忘れないでね。ちょっとしたトリックは使ったけど、私は軽ーくお手伝いしただけ。あれだけのパフォーマンスをできるものは、間違いなく神白君の中にあるんだから。自分を信じていざ進め! だよ♪」

 心の底から愉快げな調子だった。神白はまたしてもエレナの愛を感じ、涙ぐみそうにすらなるのだった。

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