第3話 静かな夕食

「随分遅かったじゃない」

 家に着いたときにはすっかり日が暮れていた。

「ハナカシスは? それにその格好……」

 私をじっと見て母は驚く。あ! ワンピースに着替え忘れてたんだ。

「え? あ、あぁ。そうだった」

 すかさずフォリンがバケットを咥えて私の隣に来てくれる。ナイス! けれどエメラルドグリーンのドレスは繊細に輝いていた。

「大丈夫? ぼーっとして」

「ちょっと、おばあちゃん家でのんびりしすぎちゃった。この服は……その、旅売りの人がね、売ってて……」

「あら、そうだったの」

 興味なさそうに母は目をそらした。

「うん」

「お金はどうしたの?」

 そして、また私を見据える。

「あ、そうだよね! それは、おばあちゃんの薬草? が珍しかったらしくて」

 その後どこか行ったことまではバレてしまったが、口を割らない私を見て母が折れた。

「女の子なんだから、人さらいには気をつけなさいよ」

「はーい」

 いつものようにフォリンの首をさすると、段々小さくなり、ついには犬ほどの大きさになった。そのまま彼とバケットを抱え、帰宅する。

「もう夕食の準備は出来てるから、着替えちゃいなさい」

「ありがとう」

 自室に戻るとすぐに地味な色のワンピースに着替える。

「フォリン、ありがとうね」

「グフン!」

 今日は小さくしすぎたのか、しゃがまないとなでられなかった。その仕草にエデンさんのことを思い出す。

「はぁぁ。三年も会ってなかったのになぁ」

 フォリンが不思議そうな顔で私を見た。あまりにも間抜けな顔に思わず吹き出す。

「あっははは」

 フォリンは怒って黒い鱗を逆立てた。これが本気じゃないのも、わかっているんだけれど。

「ごめんごめん。可愛くって」

「ナタリアー? ご飯冷めちゃうわよ」

 母の声が聞こえ、フォリンと共にリビングへ急いだ。階段を降りながら、遠い城を思い浮かべる。エデンさんも今頃夕食なのかな。

 食卓には自家製のイチゴジャムがあり、友人の家のお店でもらったであろうパンの切れ端があった。そして頑張って食材を集めただろうクリームスープ。

「夕飯って言ってもこんなものでごめんね」

 沈む声に笑いかける。

「私、ロザリーのところのパン大好きなの! バターの香りがするでしょう?」

 母はホッとしたように静かに微笑んだ。

「いただきます」

 二人と一匹で囲むテーブルは、やけに静かだ。この家に一家の大黒柱はいない。少なくとも私は会ったことがなかった。フォリンはというと、ちびちびとパンを齧ってスープを流し込んでいる。彼ががっついていない姿は久々で、小さくしすぎて良かったかも、と思った。

「ごちそうさま」

 フォリンと自分の分の食器をさっと洗い、部屋に戻った。

 夕食後も気が付いたらため息をついていて、フォリンは呆れたように小さく火を吹いた。

「どうして、だろうね」

 ベッドに横たえながら、フォリンをなでる。黒い鱗たちは普段はこんなにも柔らかい。

「エデン様、いや、エデンさんはどうして王家の人なんだろうね」

「グルふ」

「エデンさん、どこまで本気なんだろう」

「グルルる」

「そんな怖い顔しちゃだめよ。彼が嘘をついてないのは何となく感じているもの」

「グフッ。グルフフフ」

「え? 明日? さすがに図々しいと思われちゃうよ」

「グルッフ!」

「うーん、じゃあ明後日。明日はおばあちゃんに相談したいんだ」

「グおん」

 月明かりが差すベッドの上、私はぼんやりと意識を手放した。

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