第9話大魔王、話し合う

「ふ、ふん! なかなか強かったが、俺の敵じゃなかったな!」

「何言ってんだ? 苦戦してたじゃねえか」


 三人の酔っ払いを気絶させた二人の若者。マルクは一対一で疲れ切っているのにも関わらず、プルートは二対一であったが疲れを見せず、むしろ余裕を見せていた。

 ふむ。マルクという少年は凡人だが、プルートはその歳で剣の才があるようだ。


「くそ! なんだってんだ、てめえら!」


 残された一人は傍にあった酒瓶を取り、カウンターに叩きつけて割り、その切っ先を不遜にも我輩に向ける。どうやら人質にするつもりらしい。


「動くな! こいつがどうなってもいいのか!?」

「……マルク。なんかすげえ面倒になってきたんだが」


 プルートが厄介だと言わんばかりに顔をしかめた。

 マルクはあからさまに動揺して「お、落ち着け!」と酔っ払いに言う。


「そ、そんなことしても、故郷のおっかさんは喜ばないぞ!」

「うるせえ! なんだそのベタな説得は!」


 うーむ。プルートとか言う若者の言うとおり、面倒なことになったな。

 仕方ない。我がしもべに働いてもらうか。


「メドゥ。殺さずに無力化しろ」

『……殺さなくてもいいんですか?』


 我輩の言葉に即座に反応したメドゥだったが、他の者は突然の言葉に戸惑っていた。


「無益な殺生は帝都では禁じられていると聞く」

『了解しました』

「おいてめえ! 何を言って――」


 酔っ払いが激高してさらに酒瓶を近づけたとき――首元からメドゥが飛び出して、奴の腕に巻きついた。


「ひいいい!? なんじゃこりゃあ!?」


 酔っ払いは酒瓶を落とし、振り払おうとするが、メドゥは素早く身体をつたって首元に巻きついた。そして耳元に口を近づけてシューシューと鳴く。


「酔いが醒めたようだな。そいつに噛まれたら苦しんで死ぬ。それは分かるな?」

「――っ!?」


 醒めたというより青ざめた表情になった男に我輩はこう言ってやった。


「我輩を怒らせたらどうなるか……その身をもって知るがいい」


 男は目を白黒させて、口から泡を吹き、卒倒してしまった。


「クハハハ。脅しただけで気絶するとは。まったく根性の無い奴だ」


 するするとメドゥは我輩の元へ戻り、首に巻きつく。


「よくやったメドゥ。褒美を後で与えよう」

『……それより、周りが引いていますが』


 周囲を見渡すと客や女主人のロメルダが化け物を見るような目で我輩を見ていた。

 ふむ。畏怖されるのは心地良いな。


「ロメルダとやら。悪いことをしたな」

「え、あ、うん……」


 ロメルダは引きつった笑顔で応じた。この状況で紛いなりにも笑えるのは度胸がある。


「邪魔をした。我輩はこれで――」

「すげえ! なんか分からねえけど、格好いいな、あんた!」


 去ろうとする我輩に近づいたのはマルクだった。メドゥが恐ろしくないのか、それとも命知らずなのか分からんが、我輩の手を取ってはしゃぐ。


「なんつーか、無駄に暴れずに敵を無力化するって、スタイリッシュだな!」

「……お前、少し頭が足らんのか?」

「あははは。よく言われるぜ!」


 マルクは「俺はあんたが気に入った!」と笑っている。


「なあ! 俺の仲間になって、魔王を倒さないか!」

「……はあ?」

「おいマルク! お前何言ってんだよ!」


 慌てた様子でプルートがマルクの肩を掴んだ。


「思いつきで行動するな! 少しは物事を考えて動け!」

「なんだよー。プルートも見てただろ? この人すげえじゃん」

「毒蛇を飼い慣らしてるんだぞ? 危険人物だ!」


 まあ常識で考えればプルートが正しい。


「それに推薦状をどうにか貰う手立てを考えなきゃいけないんだろうが! 目的を忘れるな!」

「そ、それは分かっているよ!」

「いーや、分かっていない! お前は昔から――」


 説教が始まりそうだなと思ったので視線をずらすと、これまた奇妙な光景が見えた。


「なあお前たち。女が倒れているぞ?」


 我輩の言葉に二人が振り向く。

 仲間であろうシスター風の女が白目を向いて倒れていた。


「ティア! どうした!?」

「……ああもう! 面倒だなおい!」


 駆け寄るマルクと天を仰ぐプルート。

 なんというか、面白い者たちだなと素直に思った。




「す、すみません。私、あの人殺されちゃうんじゃないかって……」


 ティアという少女は涙目で弁解していた。どうやらメドゥが生理的に受け付けないわけではないらしい。

 酒場から離れて、三人が世話になっている教会に来ていた。聖なる空気を感じるが、どこもかしこも古びて錆びている。金が無いのだろうか?

 演台近くの席に座る我輩たち。左から我輩、マルク、ティア、プルートの順だ。


「あんたの蛇、見せてくれよ」

「別に構わん。だが触れたりするなよ」


 メドゥに首元から顔を出すように言うと『俺様は見世物ではないんですが……』と文句を言いつつ出てきた。


「格好いいなあ! 村の蛇とは違って、強そうだな!」

「我がしもべだ。当然であろう」


 自慢を続けようとすると、プルートが「さっさと本題に入れ」と不機嫌に言う。


「蛇トークなんて後でもできるだろ」

「分かったよ。それで、俺はあんたを仲間にしたいんだ」

「だが、そちらの二人は反対のようだ」


 我輩が二人に視線をやると「わ、私は反対ではないです!」とティアが慌てて言う。


「ただよく知らない人を仲間にするのは、どうかと思います……」

「そうか? いい奴に見えるけどな」

「そもそもマルクさんはその人の名を知っていますか?」


 マルクは「あ、そうだったな」とようやく気づいたようだった。


「あんた、名前は?」

「ククアという」

「ククアか! 俺は――」

「自己紹介はいい。全員の名は把握している。マルクとプルートとティアだろう」


 我輩がさらりと言うと「な、なんで分かるんだ!?」と驚愕するマルク。


「……そりゃ、俺たちの会話を聞いてたら把握できるよな」


 プルートが冷静に呟いた。


「そ、そうか。ククアは賢いんだな」

「それで、お前たちの話を推測するに、仲間と推薦状が欲しいのか?」


 我輩の指摘に「仲間はともかく、推薦状がどうにか欲しい」とプルートは言った。


「まさかそんなもんが必要だとは思わなかった」

「知らずに帝都に来たのか?」

「俺たちの故郷――俺とマルクだ――にはそこまでの情報は入らなかった」


 我輩は「なるほどな」と頷いた。


「……何やら仕組まれた気分だが、我輩たち双方にとって良きことがある」

「良きこと? なんだ?」


 マルクが首を傾げる。我輩は懐から推薦状を取り出した。


「我輩は推薦状を持っている。これがあれば勇者制度を受けられるだろう?」

「ええええ!? マジかよ!?」


 マルクが思わず立ち上がる。ティアは口元を抑えて驚いているし、プルートも驚きの表情を出した。


「そ、それ、本物なのか!?」

「偽物だとしたら我輩は何のために帝都に来たんだ?」

「そ、それ。譲ってもらうことできないか?」


 我輩は「それは困るな」と即座に断った。


「我輩も勇者制度を受けるつもりだ」

「そ、そうなのか……」


 落胆するマルク。感情豊かな少年だな……


「しかし、一人では受けられないと聞く。そこで我輩がお前たちの仲間になれば、全て解決するのではないか?」


 我輩の提案にマルクは「……ああ、本当だ!?」と物凄く驚いた。


「じゃあ仲間になってくれ!」


 我輩がいいだろうと言おうとする――


「駄目だ。こいつは信用できない」


 待ったをかけたのはプルートだった。

 マルクは口を尖らせて「なんだよプルート」と文句を言った。


「お前は信用しすぎだ。それで何度騙された?」

「でもプルートが何度も解決してくれたじゃないか」

「話が上手すぎる。騙そうとしているのかもしれない」


 マルクは「騙すって、そんなことありえないだろ」と肩を竦めた。


「俺たちを騙して何のメリットがあるんだ? それに騙すつもりなら偽物の推薦状を売るとかあるじゃん。仲間になろうとしないだろう?」

「……まあそうだが」


 案外鋭いところを突くマルク。

 しかしプルートはしつこかった。


「だけど、どうやってこいつは推薦状を手に入れたんだ? そもそも推薦状を手に入れた時点で仲間が必要なくらい分かるだろう? なんで直前で仲間を必要とするんだ? さらに言えば魔王を倒そうとするのに、信用できる仲間を作らないのはおかしくないか?」


 ふむ。確かにそう聞けばおかしいというか怪しく感じる。


「わ、私もプルートさんの意見に賛成です……」


 恐る恐るティアも発言する。

 ううむ。分が悪いな……


「じゃあプルート。どうやって推薦状を手に入れるのか、方法を考えたのか?」

「…………」

「これはチャンスだと思うぜ? きっと神様がくださったチャンスだ」


 神様ではなく女神が仕組んだ異世界転生だが、それは言うまい。


「ククア。さっきのプルートの問いに答えてくれよ。それなら二人も納得すると思うし」


 マルクが我輩に訊ねる。まあそのくらいなら答えてやろう。


「まず推薦状を手に入れた経緯だが、街を襲った魔物を撃退するのに手を貸した礼として貰ったのだ」

「それはどこの街だ?」

「イレディアだ。推薦状に街の市議会議長のサインが書いてあるだろう」


 我輩が推薦状をプルートに投げて渡すと、プルートは中身を見て「確かに書いてある」と認めた。


「次に仲間が必要だと分からなかったのは、単純に知らなかったからだ」

「……本当か?」

「お前たちだって推薦状の存在を知らなかっただろう?」


 我輩の言葉にプルートは何も言わない。


「最後に仲間を直前で集めようとしたのは、帝都の人間ならそれなりに腕が立つと思ったからだ。まあさっきの酔っ払い共は使えなかったが」


 これは嘘だ。本当は仲間などどうでもいい。魔王など我輩一人で倒せるしな。

 プルートはしばし考え込んだ。

 そして最終的にこんなことを言い出した。


「少し、俺と手合わせしてくれ」

「……意味が分からん。理由を聞こうか」


 プルートは「素性はともかく、腕がどのくらいなのか分からない奴を仲間として信用できない」と立ち上がった。


「もし俺に参ったと言わせれば、仲間に入れてやる」

「クハハハ。随分と上からだが、いいだろう」


 我輩はプルートに告げた。


「頑迷な若者に分かりやすく教育をしてやろう――圧倒的な力の差のな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る