4.創作の戦略
4-1.創作の戦略
1.創作における戦略設定
これまで書いてきた内容は、主に小説の技術的な要素に関するものだった。ここでは趣向を変えて、総合的な広い視野で作品全体を見渡す方法について書く。つまり、創作における戦略について、である。
書いた小説がなんとなく面白くない、いまいち受けが悪い。そういう場合、たいがいの人はなんとなく「自分がまだ下手だから」と思う。
確かに、つまらない作品になってしまう理由のひとつに、慢性的な技術不足というのは存在する。これに対処する方法はたったひとつ。「練習して上手くなる」しかない。
しかし実のところ、ある程度の水準までは、面白い小説を書くのに高い技術は必要ない。それは、素人以下の文章力しか持たない商業作家の作品が多くの人に読まれていたりする現状を見ても明らかである。
作品がつまらなくなる大きな要因は、案外技術的な問題にはない。むしろ、戦略設定に問題があることを疑うべきである。
特に二大要因として挙げられるのは、「実力に見合ったレベルの小説を書いていない」、もしくは「そもそもどうやって面白くするか、という考えがない」のふたつ。前者は、アクションシーンの描写が苦手なくせにやたらと活動的な小説を書こうとしたり、時間がないのに長編を書こうとしたり、といったことを指し、後者は「こう書けば面白くなるだろう」という考えもなく、なんとなく書きたいように書いていることを指す。つまり両者に言えるのは、戦略もなく無謀な執筆活動を行っている、ということである。
逆に言えば、技術力は現状維持でも、戦略さえ正しく設定すれば、劇的に面白い小説が書けるようになる可能性がある、ということである。
2.資源の確認
面白い小説を書くためにまずすることは、手持ちの資源の確認である。
企業経営における資源とは、大きく分けて人、モノ、カネ、時間、情報の5つであるが、小説を書く上でもだいたい同じである。あえて専用に分類するならば、「作者の技量」、「制作期間」、「入手可能資料」の3つになるだろう。
弱小企業が大企業のように、あれもこれもと様々な分野に商品開発を続けていれば、やがて資金が底を尽き、倒産するのは目に見えている。それと同じで、プロットの組み立てが下手なのに推理小説を書こうとしたり、資料を集める時間も資金もないのに史実に基づいた詳細な歴史小説を書こうとしたりすれば、小説は破綻する。
手持ちの資源を確認し、その力で可能な規模の作品を作る。当然のことだが、意外に見落としがちなポイントのひとつである。
3.「ウリ(セールスポイント)」の設定
次に、自分の作品の「ウリ」を設定する。つまり、作者が「少なくともこの点だけは面白い」と断言できるポイントである。ウリにする点は、キャラクター造形でもストーリーの面白さでも、変わり種では「24時間で原稿用紙200枚分の作品を仕上げる」でも、とりあえずは何でもいい。手持ちの資源の中で最も魅力的なものをひとつ抽出するのが簡単な方法である。
ウリを作る利点のひとつは、読者の興味を惹いて、とりあえず目を通してもらいやすくなる、ということである。小説は、そもそも目を通してもらえないことが多い。そこでひとことでも「キャラ造形にこだわった作品」などというセールスポイントがあれば、その手の小説が好きな人が多少なりとも興味を持ってくれる可能性が出てくるわけである。
しかしここで重要なのは、作者自身もウリを設定することで、最低限「ここだけは面白くしなければならない」というポイントを自覚できるようになる、という点である。作品の中心となる要素を定めることで作品が引き締まり、結果的に他の要素も相乗効果で引き上げられることが多い。
特に、割り切りを良くしてくれるのが最も大きな利点である。資源不足のせいで、ある要素がどうしても及第点を取れない、ということはままある。たとえば、どうしてもプロット構成が苦手で、ストーリーラインがつまらなくなる、とする。このとき、漠然と小説を書いている人の場合、無理にプロットを及第点まで上げようとするも、そもそも資源が不足しているのだから上がるわけもなく、結果破綻してしまう。しかし、「最低限、キャラクター造形の面白さを確保する」という目標が定まっていれば、ストーリーをいきなり考えるのではなく、キャラクターが魅力的に動くシチュエーションなどを考えて、そのシチュエーションが可能なストーリーを組み立てる……という順序で作品を設計することになる。
その結果、やはりストーリーだけ見ると平板でつまらなくなるかもしれないが、キャラクター造形の面白さを最大限活かす構成になっているのだから、とりあえず目標は達成できることになる。キャラ物小説としての面目は保てるだろう。
ストーリー、構成、キャラクター、世界観など、小説にとって重要な要素はたくさんあるが、かといってその全てにおいて完璧である必要はない。万能な作家などはまず存在せず、どんなに偉大な作家にも欠陥はある。欠陥を克服することも大事だが、それは練習として行うに留めた方がいい。人様に公開する「作品」を作るなら、欠点を隠し、利点を最大限活かす方法を考えるべきである。
4.総合力の引き上げ
ウリを決め、作品の構想が決まったら、次は「総合力」をいかにして引き上げるかを考える。
「総合力」とは、要するに小説全体として見たときの質の事だと思えばいい。いかに魅力的なキャラクターを描けたとしても、基礎的な文章力がどうしようもなく下手で、ストーリーもつまらなく、設定には矛盾だらけで……となれば、いくらなんでも良い評価は得られない。小説には「特に優れた点(ウリ)」も必要だが、同時に、全体としての質も求められるわけである。
ここでも、欠点を克服しようなどと、無理に下手なところで頑張るのは効率が悪い。もちろん弱点克服練習などを否定するわけではないが、ここではあくまで「戦略」の話をしているので、ない物資を「ある」とみなして無理な目標設定をすることは避ける。下手なものは下手として、そこでの引き上げは諦めるのである。
では、どうすればいいかというと、欠点によって開いた穴の分を、別の部分で埋める手を考える。あくまで物資が豊富な部分で勝負して、不足していて負けるとわかっている部分は早々に放棄してしまうのである。
たとえば、人物造形が得意だが、ストーリーも設定づくりも苦手……という場合、史実を用いて独自の解釈で人物像を描き出す作品を作る、という手がある。史実からストーリーや設定を拝借すれば苦手な部分を極力隠すことができ、その上歴史資料をふんだんに使うことにより、情報価値というプラス要素を加えることができる。つまり、総合的な作品の質が高くなるわけである。
5.資源の補充
駆け足ではあるが、小説を実際に書こうとしている段階での戦略設定に関する講釈は以上の通りである。つまり、自分の現状を正しく認識し、自分の実力で可能なレベルの作品を構想し、苦手な部分は別の要素で補填して全体の質を高める。手持ちの資源を正しくフルに発揮すれば、何も考えずに浪費した作品に比べて高品質な作品に仕上がることは当然なのである。
しかし、この方法は資源の使い方を効率化するための方法であって、当然ながら実際の技量が向上しているわけではない。実戦で無い物ねだりをしても仕方ないから、とりあえずあるものを最大限利用する、というだけのことである。だから、仮に戦略設定によって劇的に作品の質が向上したとしても、それは実力が向上したわけではない。その程度の作品は書けて当然だったのである。
それでは、そもそもの実力をどこで底上げするか。それは、作品を書いていない時にする。より具体的には他作品を読んでいる時に行うものである。
小説の技術を向上させるのに「たくさん書く」のが有効だと思われがちだが、書くという行為は自分の中にあるものを取り出す作業なので、自分の中にないものはいくら書いても現れない。つまり自分が変わらない内にいくら書いてもうまくなりはしないのである。
もちろん、「読む」といっても、ただ娯楽として読んでいるだけではいけない。「自分に足りない技術をこの作品で拾えないか」、「どうやったらこのように書けるか」、「自分ならどう書くか」というように、書き手としての視点を常に持ちながら読む。使えそうな技術を見つけたら、初めてここで「書く」ことになる。書き写す、メモをする、習作を書いてみるなりして、自分への定着を計るのである。
作品を書くにしろ習作を書くにしろ、目標が定まらずにいくら量をこなしても意味がない。まずは全体を見渡す広い視野を持ち、目的に沿った道を定めることが大事である。
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