クリエイティブライティング作品集

ビーレビのなかのひと

ケレケレのはなし (B-REVIEW EDITION) 著: 花緒

フィジーの村落には未だにケレケレと呼ばれる文化というか風習みたいなのが残っていて、ようするに、フィジーではわたしのものはあなたのもの、あなたのものはわたしのもの、というふうに所有の観念が希薄なのです。だから、もしここがフィジーだとしたら、わたしはあなたのカバンを勝手に開けて、あなたのハンカチで鼻をかんでもいいし、あなたはあなたで、わたしの財布を勝手に開けて、わたしのクレジットカードであなたの好きなマウンテンバイクを、15回払いだかリボ払いだかで買ってみたところで、わたしには怒る権利なんかないのです。だって、わたしのクレジットカードはわたしのものかどうか分からないわけでーーー



実際、わたしがフィジーでホームステイしていたときは、ホームステイ先のお母さんがわたしのバックパックを勝手に開けて、電池とか小銭とかを勝手に使ったりしていたし、それって泥棒じゃないのって、あなたはたぶん思うんだろうけど、フィジー的には、というか、わたしからしても、それはぜんぜん泥棒なんかじゃなくて、小銭は減るけど、お札は減らないのです。わたしの持っているものが誰のものなのか自明ではないので、ようするに、わたしのお金はホームステイ先のお母さんのものなのかもしれなくて、自分のものかもしれないものを無駄に遣ったりなんかしません。だから、電池だって、律儀にちゃんと一本ずつ減っていくし、お金も1フィジードルずつくらい減っていくに過ぎないのです。あなたがわたしのシャンプーを勝手に使ったりするのと、大差ないと思うんだけどーーー


と、書いていて気付いたんですが、自分のものかもしれないから大事に使うのか、他人のものかもしれないから大事に使うのか、わたしにはよく分からなくなってきました。わたしも、ホームステイ先に置いてある細々した日用品とか、ホームステイ先のティキっていう娘さんが持っているスルっていう民族衣装とか勝手に使ってたけど、自分のものだと思ってたのか、やっぱり他人のものだと思ってたのかよく分からないけど、べつに無駄遣いはしていませんでした。でも、やっぱり、完全に自分のものだと分かっているときと比べて、使い方はちょっと荒かったかもしれません。もし壊したり無くしたりしても、わたしの持ってる日本円の額からしたら、すぐに新しいもの買って返せるしっていう驕りもやっぱしあったかもしれなくてーーー



一回、ティキに、わたしのオーデパルファムをケレケレされたことがあって、それはわたしが20歳の記念に買ったサンタ・マリア・ノヴェッラの1本1万5千円くらいする高級品で、大事に大事にちょっとずつ使ってたやつなのに、気づいたら瓶の半分くらい勝手に使われてしまってたから、なんでそんなことするんだろうって、ちょっと気持ちが本気で怒ってしまった。それで、それわたしのものだし、すごく大事にしているやつだし、高いものでもあるからいきなし半分も減るなんておかしい、勝手に変な使い方しないでって涙目になって怒ったらーーー



あなたが、この家にあるものどれを使ってもわたしは絶対怒らないのに、どうして、わたしがあなたのものを使ったら、あなたはわたしに怒るのって返されてわたし答えられなかったんです/

あなたのものは誰かから貰ったものばかりだけど、わたしのものはわたしががんばって働いて貯めたお金で買ったものだから、ちょっとだけなら使っていいけど、勝手に半分も使うなんておかしいよって言おうとしたのだけど/

わたしががんばって働いても、その香水買うことなんてできないし、そんなにいい匂いのする香水、どこで売っているのかも分からない/街まで出て/空港まで行って/そしたら買えるのかもしれないけど/

でも、やっぱりわたしががんばっても、そんなにいい匂いの香水/ジャスミンの甘い香りがするその香水/わたしには絶対買えないと思うし、どうして、わたしはがんばっても手に入らなくて、あなたはがんばったら手に入るのに、あなたは分けようとはしないの/

それに、わたし半分しか使ってないし、あなたの分の半分、ちゃんと残してあるのに、なんでそんなに怒るのって、わたしの頭の中で、反論がぐるぐる回りだして/

でもわたし、がんばってこれを買うためにバイトしたんだよ、ファミリーレストランの時給850円で 、学費払って/寮費払って/旅行のために貯金して/残ったお金を貯めてがんばったんだよって脳内で反論したら/

わたしだったら、それを買うためにがんばったりなんかしない/とてもいい匂いのする香水だと思うけど、おばあちゃんの家に撒いたら、みんなすごく喜んだけど/それを買うために働いたりなんかしないし、がんばったところで、がんばったって思ったりなんかしない/

どうして、あなたは香水のために、がんばったり、怒ったりできるの、わたしには買えないけど、あなたの国ではみんな香水持ってるんでしょう、誰かが持ってる香水、半分貰えばいいのにって違う種類の反論がぐるぐる回りだして/

もういいや、高かったけど/大事にしてたけど/わたしきっと何か勘違いしてしまってるんだ/何がおかしいのかよく分からないけど、ここで怒ることはきっと恥ずかしいことなんだって思って/

このオーデパルファム全部使ってください/このお家に置いてもらって、キャッサバとかタロ芋とかたくさん食べさせてもらってるのに、わたし謝りたいんですって決心したら/ごめんねあなたの大切にしてるもの勝手に使って、わたしにとっては大したことじゃないんだけどって、ティキがわたしに綺麗な首飾りをくれましたーーー



その首飾りを

あなたに

渡したいんです


わたしのもの

すべて


あなたが

どんなふうに

使っても


あなたが

すぐに

捨ててしまっても


あなたのもの

わたしのもの

でなくても


わたしのもの

あなたのもの

でなくても


わたしのもの

わたしのもの

でしかなかったことを


いま 悲しく感じているのでーーー

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