第6話教祖の正体
『呪文をとめろ~。われわれを引き剥がすな』
数え切れないほどの重なった声が、重く低くこだまして部屋中に跳ね返り、障子や木戸、高御座をガタガタ揺らす。
繰り返される咆哮は、ウサギの耳を押さえても、頭の中に直接響くようで鳴りやまない。尚季を心配したちびすけが、動物霊たちにむかってピキーッと警戒音を発した。
重低音がぴたりと止み、尚季が周囲を見回すと、女性信者は気絶したままだが、男性信者二人が、尚季と同じように音から逃れようとして耳を塞いでいた。術をかけられた信者たちには、あの教祖に取り憑いた物の怪の声が聞こえるらしい。
玲香に視線を戻すと、沢山の霊を相手に苦戦しているらしく、額に汗がにじんでいる。教祖はもがきながら起き上がり、玲香の舞いを止めようと、足元に這いつくばっていく。
ちびすけが、うさ耳を押さえたままだった尚季の手に載って首を伸ばし、うさ耳と手の隙間にくちばしを突っ込んで、キュルキュルと鳴いた。
「なおたん。どうぶつ霊たちの声きいてあげてキュル。みんな苦しい言うキュルル」
「苦しんでるって言っても、教祖を操っている霊を引き剥がして成仏させなければ、また他のペットを死に追いやるんじゃないか?」
「きょうそから離れても、誰かにつくキュル。ばらばらにするの危ないキュルル」
「分かった。玲香だけに大変な思いをさせたくないから、俺も手伝うよ」
尚季がうさ耳から手を離したのを機に、ちびすけが霊たちに呼びかけると、それまでとは異なる声音が流れ込んでくる。聞き取ろうとして尚季が神経を集中させた。
『捨てられた~。ずっと待ってるのに、ご主人さまが迎えに来ない』
『新しい子猫に夢中のご主人さまは、私を忘れてしまった。構ってもくれない』
『ご主人は年よりで、もう僕のことを面倒見れないと言って、保健所に連れてったんだ』
『寂しい。寂しい。ご主人さまに構ってほしい。寂しいよ~』
何と言う寂寥感だろう。尚季は動物霊たちの声に胸をつかれ、涙を流した。
「おい、動物霊たち」尚季が話しかけると、這いつくばっていた教祖がぴくりとして尚季を振り返った。同様に畳に移った沢山の動物の影も、尚季を見ている。
「寂しいから、生きているペットを仲間に引き込もうとしているのか? 」
『違う。ペットを亡くせば、飼い主は悲しくて寂しがる』
『教祖が慰めれば、飼い主は教祖を信頼して離れなくなるでしょ』
『もう、僕たちは捨てられなくて済むんだ』
飼い主を恋しがるあまり、生きている仲間を犠牲にしても、飼い主の愛情を手に入れようとする動物霊たちは哀れだが、このまま犠牲動物を出すのはまずいと尚季は思った。
教祖に傾倒している飼い主たちは、操られているのだから、いつかは正気に戻る。いくら教えとはいえ、ペットに誤った対処をして苦しめたことに気づき、教祖ばかりか自分自身を責めて、怒りや恨みの負の連鎖が広がるだろう。その時に、また引き寄せられた物の怪が、悪さをしないとは限らない。
どうすればペットたちの心をなだめられるのだろう。尚季はそれを直接動物霊たちに聞くことにした。
「お前たちが、仲間のペットを死に追いやって手に入れた飼い主は、お前たちが会いたがっている本当の飼い主じゃないんだぞ。もし、一時的にペットロスで操られていた飼い主たちが、お前たちの本当の正体と企みを知ったら、お前たちを思うどころか、憎しみの目を向けるかもしれない。そうなったらお前たちはどうなる?」
『いやだ~。憎まれるのはいやだ~』
『もう一度かわいがって欲しいだけなの』
尚季は動物霊たちの本音を、お祓いを中断していた玲香に伝えた。どうやら動物霊たちは、理解しようとしてくれる尚季には語りかけるが、消し去ろうとする玲香には頑なに身を守って、何も伝えようとしないらしい。
尚季が一通り話終わると、玲香は悲しそうな表情で教祖の肩辺りを見て、そっと動物霊たちに語りかけた。
「そうだったの。それは辛い思いをしたのね。でも、だからと言って、他の動物を苦しめたり、人間を悲しませたりしちゃいけないわ」
「動物霊たちは、寂しいって鳴いてるんだ。飼い主に愛されたいって……」
玲香が同情したせいか、動物霊たちの声が玲香の心にもなだれ込んだようだ。聞こえるようになったと言う玲香に、尚季が思いついたアイディアを口にした。
「そうだ!玲香はあいつらの飼い主を呼び出せないのか?」
玲香は信じられないという顔を尚季に向けたが、尚季が真剣に言っているのを知り、がくっと項垂れて溜息をついた。
「あのね、私はイタコじゃいたないんだから、召喚はできないの」
「じゃあ、どうしたらあいつらの気持ちを和らげてやれるんだ?このままじゃ、祓っても成仏しないんだろ?」
尚季が悩んでいる間も、飼い主に会いたいよ~と鳴いている声が聞こえて、考えがまとまらない。もともと深く考えむのが苦手で、先に行動が出る尚季は、この時も考え無しに言葉が口をついた。
「そうだ! あいつらを連れて、飼い主に会いに行こうぜ! 」
「なおたん、死んじゃった飼い主もいるキュル。どうやって会うキュルル? 」
「う~ん、とりあえず行ってみて、近所に飼い主のことを聞くのがいいのかなって‥‥‥あいつらの思い込みと飼い主の気持ちが違っている場合があるだろ? それが分かるだけでも、あいつらは救われるんじゃないかなって思うんだ」
玲香もちびすけも、尚季の案がいいのか計りかね、困った顔を見合わせた。
話し合いの結果、もし動物霊たちの言う通り、不当な扱いを受けていたことが分かっても、過去は変えられないのだから、一匹でも思い違いだと分かって、幸せな気持ちで成仏させた方がいいという結論に達した。
「賛成してくれたのは嬉しいけど、この大きな教祖を引き連れて行くのか?飼い主も気圧されて、ペットとの過去を話すどころか、胡散臭がられて家の中に引っ込んじまいそうだ」
「う~ん、確かに。隠れてついてきなさいと言ったって、この巨漢じゃ目立ち過ぎるわね」
「なおたん、いい考えがあるキュルル。なおたんに動物霊たんたちが乗り移ればいいキュル」
ぎょっとした尚季が、慌てて胸の前で手をクロスする。
「だめ!却下!教祖から離れるには祓わなくちゃいけないんだろ?あいつらバラバラにどこかへ飛んでいくかもしれないんだぞ。もう一度奴らを一か所に集められるのか?」
尚季は自分の肩に動物霊が憑りつくことを考えた途端、まだ憑いてもいないのに、背中がぞっとして鳥肌が立つのを感じ、即座にちびすけのアイディアを却下した。
「なおたん、お祓いしなくていいキュルル。僕も霊だから、呼べばみんなこっちへ来るキュル」
「うっ‥‥‥」
今まで霊に無関心で感じもしなかったのに、あれらがぞろぞろと自分に憑くのはさぞ恐怖だろうと、二の句も告げずに固まった尚季を見て、玲香が必死で笑いをかみ殺している。
だが、見た目は草食系の尚季は、中身は結構勝気で、高校時代に外見をからかう相手に容赦がなかったことを知っている玲香は、尚季がちびすけと玲香の前で、本音を言えずにいることを察して、余計におかしくなった。
「尚季君、ちびちゃんの言う通りにしたら? 飼い主と会っても満たさされずに残った霊は、私が祓ってあげるから。少しでもこの世で悪さをする数を減らしましょう」
「ぐっ‥‥‥」
「ちびちゃん、尚季君がグッドだって。やっちゃって! 」
違う。いや、そうじゃないと慌てる尚季を玲香が必死で宥めるので、ちびすけがうさ耳から身を乗り出して、心配そうに尚季の顔を覗き込んだ。
「なおたん、ひょっとして霊怖いキュル? 僕のことも怖かったキュル? 」
「霊なんて、全然怖くないぞ! ちびすけのことはかわいいと思ってるから、そんな悲しそうな顔するなよ」
「よかったキュルル。僕もなおたんにもう一度会いたい思ったキュル。動物霊たんたちの気持ち分かるキュル」
尚季はちびすけの言葉に胸を打たれた。何度も何度も猫に食べられかけたのを救った尚季は、ちびすけにとって、命を奪われた最期の瞬間に、魂を願いが叶う石に変えてでも、会いたかった相手なのだろう。
そう考えたら、切なくて泣けてきた。男なんだから、人前で泣いちゃみっともないと思うのだが、目じりから溢れた涙は頬を伝う。そしてそれは、流れ落ちることなく、うさ耳から肩に飛び降りて、首を伸ばしたちびすけの小さなくちばしの中に消えていった。
「なおたんが、僕のことを思ってくれる味キュル。僕しあわせキュルル」
羽と尾を震わせて喜ぶちびすけを見ていたら、尚季は同じ霊である動物霊たちも怖くなくなった。ちびすけに、霊達を尚季の肩に呼ぶように伝えると、ちびすけは頷いて尚季のうさ耳に戻っていった。
「みんなおいでキュル。なおたん、みんなの飼い主のお話聞いてくれるキュル」
教祖に憑いた動物霊たちは、お互いに顔を見合わせどうするかあれこれ話し合ったが、一匹が行くと言い出すと、他の仲間たちも僕も、私もと色めき立った。
その動物霊たちに、身体が小さいちびすけが、凛とした声で言い放つ。
「なおたん、僕の大切な人キュル。もし悪さをしたら僕が許さないキュル。わかったらこっちおいでキュルル」
動物霊たちは一斉に頷くと、教祖の身体から離れ、尚季に向かって飛んで行く。
「うへ~っ。何か肩が急に重くなった感じ」
尚季がごきごきと肩を回しながら不満を言うと、ちびすけも、玲香も、動物霊たちも思わず吹き出して、部屋の中に笑い声が響いた。
気を失っていた信者や、動物霊に操られていた教祖が笑い声に目を覚まし、何が起きたのかと辺りを見回したので、尚季と怜良は素早く入ってきた襖から出て、磨かれた板の間を出口へと走っていった。
「あの教祖、信者たちにペットのことで、もう無茶を言わないといいわね」
「ああ、今度、瑞希のところに通っているフレンチブルのマルに、探りを入れてみるよ」
「マルがもう一度【王様の耳】に来るといいキュル」
光導の建物を見つめた二人と一羽は、願わくば信者にとっても、ペットにとってもいい環境を得られることを願いながら、光導を後にしたのだった。
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