白い殺し屋、ドル箱一つ持ってった

 春のとある朝、パチンコ五百億兆ドルに常連が押し寄せる。5の付く日は信頼度の高いイベント「ゴリゴリミリオンドリーム」の開催日なのだ。

 それに合わせて、アラハバキ商店街のいくつかの商店は5が付く日を休日にしている。隣り合わせに座ったからとおる戸馳とばせせいも、そのような理由で朝からハンドルを捻っている。



 ジャンジャンバリバリ

 さあ奮ってお出しくださいいいいい



 軍艦マーチと騒がしいマイクに射幸心を煽られ、多くの客はパチンコ台に集中している。少なくとも戸馳以外は。




 9時の開店早々に大当りを引いた戸馳は、景気よくドル箱を積み重ねた。そうすると不思議なもので、戸馳の周囲から人がいなくなる。運気が吸い取られるとでも思うのだろうか。気を使う必要がないので、戸馳は上機嫌でタバコをふかした。

 すると、隣に座った男が咳き込みながら話しかけてきた。葉空佐である。他にも台が空いているのに、わざわざ隣に来た挙げ句、


「煙てえなあ」


 と暗い声で文句を言った。

 仕方なくタバコを消す。どうにもこの洋服屋の暗い男は苦手だった。葉空佐は台を打つわけでもなく、貧乏ゆすりをしながら大当り中の戸馳の台を見ている。非常に目障りであるが、商店街の一員としては見るなと言うのも難しいところだ。

 無遠慮な視線に耐えていたところ、葉空佐はいきなり手を伸ばし、戸馳の台のボタンを強打した。


「ちょっと、なにを」

「ここで連打すると次も確変になるっぺ」


 邪魔で仕方がない。もしかするとこうして居心地を悪くして、大当り中の台を奪うつもりなのだろうか。そろそろ苛立ちが隠せなくなったので、戸馳は一旦トイレに立つことにした。


 トイレでは、魚屋の鱗骨うろこつ勝男かつおが用を足していた。狭い町だなあと痛感しながら挨拶をする。


「どうも、鱗骨さんも来てたんですね」

「おお、戸馳ちゃん。かみさんと一緒に打っとるわ。東京と比べてどうよ?」


 何かと東京を意識する鱗骨が、曖昧な質問を投げかけてきた。そうですね、と前置きして戸馳は答える。


「イベント告知も軍艦マーチも禁止されている東京の店舗と比べれば、考えられない状況です」

「そうだっぺ、そうだっぺ。東京にも負けてねっぺ」

「けど隣に座って手出しされるのは、ちょっとなあって思います」

「どういうこと?」


 事情を話すと、鱗骨は穏やかな声で言った。


「じゃあ、追っ払ってやるよ」

「あ、いえそこまでは……」

「大丈夫、おれがやるんじゃねえから。つーか、おれ、洋服屋嫌いだからあまり関わりたくねえんだ」


 どこかに電話をしだした鱗骨と共に台ヘ戻ると、あろうことか葉空佐が勝手に大当りを消化している。


「確変終わっちまったけどよ、代打ちしてやったんだから大当り一回分の出玉はもらうわ」


 戸馳は冷たい目で葉空佐を見下ろした。新参者に対するいじめの範疇を越えて窃盗罪である。

 鱗骨が何も言わず葉空佐の頭を叩いた。


「おめえ、いい加減にしろ」

「何がだ。横でレクチャーしてやった授業料だ」

「こんなもん教わることなんかねえべ、バカが。おめえでも打てるもん、犬でも打てるわ」


 ひどい言い争いが始まった。そこへ吹き付けた白い風。いや、痩身の男性。風のように現れた年配の男は、白い長髪をなびかせながら葉空佐の背後に回り込み、片手で腕を極め、もう片方の手で口を抑えた。

 モガモガと悲鳴を上げながら店外へと連れ出される葉空佐を呆然と見送っていると、鱗骨はさも当然のような顔をしていた。


「あの、なんですか今の」

「殺し屋だっぺ。呼んだらすぐ来たから、店内でパチンコ打ってたのかな」

「そうなんですね」


 納得しそうになった。最初の言葉がなければ。


「殺し屋?」

「んだ」

「殺す人? 誰かを? お金で?」

「んだ、んだ。店内なら出玉で払うだ」


 店外から戻ってきた男は、鱗骨の横に立ち、何かをボソボソとつぶやいた。鱗骨は首を振って戸馳を指差す。


「今回の依頼主はこっち。ソープの戸馳ちゃん」


 白い男が戸馳に近づき、何かを言う。白くて細い男。戸馳には、他に男を形容する言葉が見当たらない。白髪の長髪、白い3つ揃えに白いブーツ。更に特徴的なのは、やせ細った青白い顔と鋭い目線であった。まるでホワイトアスパラガスか蛾の幼虫だ。陽の光を浴びたことがあるのか聞いてみたい。死神ファンなのかとも聞いてみたいが、何より聞き返したいのは、男の言葉である。小さすぎて聴こえない。


「すみません、店内はうるさいので、外に行きませんか」


 戸馳の提案に、男は頷いた。




 男の先導に従い店を出る。入り口のすぐ横に、人間サイズの包帯の塊が転がっていた。白い芋虫のように蠢いている。


「これ、あの人ですか」


 戸馳は顎で芋虫を示した。


「そうです。ここまでなら2000発で承ります」


 男はガラガラの声で答え、咳き込んだ。丁寧な口調に少し驚く。今ひとつ理解しきっていないまま、戸馳は了承した。


「そ、そうですか。じゃあそれでお願いします」


 ドル箱一つでここまでするものか。現金に換算すればせいぜい8000円だ。


「あとでお渡ししますね。ええと……」

やりです。やりすぎろう、殺し屋です」


 鎗田は自己紹介を終えた後、またゴホゴホと咳き込んだ。

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