行間「天敵」

 朝を、感じた。

 苦痛に顔を歪ませながら、小柄の男は目を覚ました。

 血が足りていないのがすぐに分かった。視界もはっきりとしない。覚えているのは、急に力を増したエルフのガキに負けたということだけ。


「ちく、しょう……」


 このザマでは、たとえエルフの里へ着いたとしてもまともな戦いなど出来ない。

 無駄に命を捨てる必要はない。

 一旦退却して、立て直そう。

 マゼンタ様からはキツい仕置きがあるだろうが、死ぬよりは断然マシだ。

 そう思って、力なく立ち上がった瞬間だった。


「見つけたぞ、魔王軍」

 

 死を、感じた。

 視線を感じたとか、殺気があったとか、そんな次元ではない。

 ただその一言で、生きている実感がなくなるような気がした。

 ゆっくりと、小柄の男は死へと視線を移す。


「あんた、は……!」


 青を基調にした装備と服装。

 身長の半分ほどの長さの剣。

 凛々しく、爽やかな顔立ち。

 それは、人々を守るために生きる男。

 それは、魔王軍の天敵とされる男。

 それは、人々から勇者と呼ばれる男。


「アルベル=フォールアルド……ッ⁉︎」


 一般人からの知名度からもさることながら、魔王軍の中でも、もっぱらこの名は有名だった。

 魔王軍を悪と定義し、その悪を根絶やしにするまで攻撃をやめない、最恐で最強の男。

 この男と出会った魔王軍のメンバーの中で、生きて帰ってきたものは今まで誰一人としていない。

 そう、例外などなく、誰一人だ。

 実際は若干一名ほどこの勇者と対峙して二度も生還した魔族の少女がいるのだが。

 しかし、魔王軍はそんな事実は知るよしもない。

 だからこそ、小柄の男は死を感じた。


「なんで、こんなところに勇者がいるですかい……‼︎」


「別件でこの近くにいたんだ。そこでやることが落ち着いたと思ったら今度はこのエルフの里に魔王軍が向かっていったと知ってね。遅くなってしまったが、それでもお前は見つけた」


 淡々と、顔色一つ変えない勇者を前に、小柄の男は恐怖で震えていた。

 ただでさえ勝てない相手なのに、自分は負けてすぐのボロボロの身だ。勝てるわけがない。


「いや、待て……」


 小柄の男の思考の中に、一つの報告が蘇った。


「確かお前はつい最近、そこら辺の男に勝てなかったらしいじゃないですかい! 何があったかは知らねぇが、あんたが今、その程度まで落ちているなら俺が生き延びることだって!」


 小柄の男は必死になって自分に言い聞かせるように都合の良い言葉を並べる。

 こうでもしないと、恐怖に耐えらないのだろう。

 しかし、


「そうか」


 返事は、たったそれだけだった。

 何の感情も表に出すことなく、勇者は剣に手をかけた。


「確かに、僕は敗北した。それは認めよう。だが――」


 ゆっくりと剣を抜き、勇者はそれを天へと向けた。


「それが、僕よりもお前が強い理由には決してなり得ない」


 天から、光が落ちてきた。

 その光は勇者の掴む剣に蓄えられ、黄金に煌めくその切っ先を、勇者は小柄の男へと向けた。


「【勇者の一撃アングリフ・ヘルリヒト】」


 白光が、小柄の男の世界を染め上げた。

 一秒にも満たない戦闘だった。

 いや、勝負にすらなっていなかった。

 小柄の男は、この世界から消滅していた。

 勇者のほんの刹那の攻撃によって。


「僕に勝ちたかったらこれぐらい拳一つで打ち消してみせろ。あの男は、お前よりもずっと強かったぞ」


 数秒経ってから、勇者は剣を鞘へと納めた。


「こんな少しだけでも、まだ数秒の反動があるのか。まだまだだな、僕は」


 吐き捨てるように言うと、勇者は遠くを見る。


「聞いた話だと、この里もあの男が絡んでいるみたいだな。もう、ほぼ全てのことは片付いているようだし」


 恨めしそうに遠くを睨み付けると、アルベルは歩き始める。

 あの男が解決したというのは腹が立つが、魔王軍を倒しているならなんでも構わない。

 それよりも、いずれあの魔族の小娘を倒すためにも更なる研鑽が必要だ。

 あの男よりも強くならなくては、世界で一番強くなくては、魔王軍を全滅させることなど決して出来ない。


「待っていろサイトウハヤト。僕は、どこまでも強くなってみせる」


 勇者は、次なる敵を探しにどこかへと歩き出した。

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