第8話「味方の見分け方」

 …………え? なんで俺は殺されそうになってんの?

 あまりにも突然のことに俺が呆然としている数秒間、張り詰めた空気が辺りを飲み込んでいた。

 が、それもそこまで。

 スッ、とエリヴィアの持つ剣は俺の首筋を離れ、鞘へと戻っていく。


「うんっ! エルフの里を助けに来てくれてありがとうございます! よろしくね!」


 さっきまでの言動が無かったかのようにペコリと頭を下げるエリヴィアに戸惑いしかない俺は、恐る恐る訊いてみる。


「えっと、ちなみに俺のことを殺そうとしたのはなんでなんですかね……?」


「ちょっと試させてもらったの! ごめんね?」


「あ、いや。大丈夫なんだけどさ。今ので何がわかったの?」


 俺が問うとエリヴィアは「んー」と少し言葉を選ぶように悩んでから、


「あなたたちが私よりもずっと強いってこと、かな?」


「……というと?」


「ほら、私のスキルのこと、リヴィアから聞いたでしょ? 【敵対心に抱擁をオディウムアルメン】は、私に向けられた敵意の分だけ強くなる力なの」


「それで、俺が君より強いってのも分かるのか」


 肩をすくめて、エリヴィアは首を振った。


「正確な強さが分かるわけじゃないよ。でもね、私のスキルの都合上、ああやって剣を付けつけるだけで分かることもあるの」


「敵意の幅、ということかな?」


「すごーい! 大正解! これだけのやり取りでも分かるんだね!」


 おいおい。俺を置いて話を進めないでくれよエストスさん。

 解説をしてくださいな。

 エリヴィアは楽しそうに説明を始める。


「私のスキルで反応する敵意って、恐怖とか、嫉妬とか、憎悪とかの負の感情がまるごと含まれるんだよね。だからさ、剣を向けた時の相手の感情で大体は分かるんだよね」


 エリヴィアは人差し指をこめかみにあてて苦い顔をした。


「でもねでもね? 剣を向けたら君、敵意を抱くどころか怖がってすらいないわけ。おまけに横で見てる二人も敵意も恐怖も私に対して何も感じてなかった」


「つまり……?」


「君さ、あの瞬間私が首を切ってても死なないって思ってたでしょ?」


 ニヤニヤと笑いながらエリヴィアは顔を近づけてくる。

 まあ、確かに剣で切られたりしても痛いだけで傷はなかったから、当たっても死ぬとは思ってなかったような。


「普通はね、強がってても絶対に死の恐怖があるはずなの。しかも、あれだけの魔物をまとめて倒して、私の力を見せつけた後で。なのに、あれを見た後で首に剣を当てても、君の心は動かなかった」


「だから、俺が強いっていうのか……?」


「そりゃあね。死なないって分かってるから恐怖がない。いつでも勝てるって分かってるから敵意がない。味方とか仲間とか、そんな言葉よりもよっぽど信用できるよ」


 言ってふらふらと歩きながら、エリヴィアはエストスとシアンを見る。


「おまけに、そちらの二人も大切な仲間に剣を向けてるのに無反応。君の強さを知ってるからだし、多分二人とも私よりも強いんだよねー。あーあ。確かに強い人連れてきたのはエルフの里には利益だけど、これはお姉ちゃんちょっとばかりショックかもー」


「そ、そんなことないよ! お姉ちゃんはエルフ族最強の剣士なんだから!」


「確かにエルフの中では強いだろうけどねー。いやー、世界は広いなぁ!」


 悲しいのか嬉しいのか分からないが、とりあえず信用はしてもらったみたいだ。

 となると、問題はシアンについて言うか言わないかだな。

 エルフの人たち全員に認めてもらうことはできなくても、エリヴィアにだけでも知っていてもらえれば、のちのち楽になる気はするけど。


「な、なあ。俺たちは一応信用してもらったってことでいいんだよな?」


「うん。そうだね!」


 チラリとエストスを見る。


「私はどちらでもいいと思うけれどね。ハヤトの判断に任せるよ」


 なんで視線だけで言いたいことが全て伝わっているのかはよく分からないが、それならとりあえず言ってみるか。


「あのさ、このシアンなんだけどさ。実は魔王軍なんだけど、エルフの里を守りたいからって俺たちと一緒に来てるんだ。……それでも、大丈夫か?」


「うん! いいよ!」


「そうだよな。やっぱり魔王軍って言われたら素直に頷け…………え? いいの?」


 嘘でしょ? 二つ返事?

 妹を説得するのはあんなに大変だったのにエリヴィアはこんな簡単に了承が得られるのか。


「だってその子、心の底から私のことを敵だと思ってないもん。スキルのおかげで敵意に関してはすぐに分かるから、所属がどうかとかどうでもいいんだよねー」


「そんなもんなのか……?」


「まあ、里のみんなには秘密にしておいた方がいいかもねー。元々複雑な事情持ってる人は里にはたくさんいるけど、魔王軍に関しては敏感になってるから」


 確か、エルフの里には周りから迫害された種族とかも暮らしてるんだっけか。

 ともあれ、シアンが受け入れてもらえたようで本当に良かった。ここが一番心配なところだったからな。


「そうか。ありがとうな」


「うん! それじゃ、改めて」


 エリヴィアは右手を出し、明るく笑う。


「私の名前はエリヴィア=ハーフェン。エルフの剣士だよ」


「俺はサイトウハヤト。職業的なのは……あれ? なあエストス? 俺ってどんな立ち位置なの?」


「無職だね。別に冒険者としてギルドに登録してるわけでもないから、今の君はフリーなはずだし」


「……え? 無職なの?」


 待って待って。冒険者に登録が必要なんて聞いてないぞ。ってことは今の俺、無職なの?


「まあまあ! 複雑な事情がある人なんてたくさんあるから、気にすることないよ!」


「待ってエリヴィアさん無職に関してフォロー入れないで登録とか知らなかっただけなの!」


「そうだね。彼は無職のままスワレアラ国に来てそれでも無職だから、触れてあげない方がいいはずだよ」


「エストスゥ‼︎ さてはお前わざと俺の傷を抉ってやがるな⁉︎ この野郎め、覚えてろよ!」


 なんなんだこのド畜生変態学者は! 

 浪人生に無職とか言っちゃいけないだろ!


「それじゃ、早いところ帰ろっか! 私の見回りの帰りが遅いと里のみんなも心配するだろうし!」


「ああ、そうだな。さっさとエルフの里へ連れていってくださいこのままではエストスに心を壊されそうです」


「あははっ! おもしろーい! 後でいろんなことお話ししようね!」


 ギュッと手を握られて、ドキドキしてるのを悟られないように緩くなった顔を無理やり引き締める。


「あっ、はい」


 少し遠くで止まってくれていた賢い馬たちの引く馬車に五人で乗り込み、馬車は進む。

 草原を少しだけ進んですぐ先に見えた森の中をひたすら直進していく。

 道中に魔物に出会うことなく、随分とスムーズに馬車は進み、ものの一〇分程度で、俺たちはエルフの里へと到着した。


「ここが、エルフの里……」


 スタラトの町の建物は大抵二階か三階建てだったが、この里は基本的に小さな一階建ての一軒家の集合体のような印象だった。道と呼べるものをあるが、舗装がなされているとは言いにくい、とりあえず皆が歩く道に石を敷きつめただけというような感じだ。

 家の作りもレンガは使われておらず、自然にある石と木で家の形を作ったもののように見えた。

 家の数も決して多くなく、高台へ行けば簡単に里を一望できるだろうなと思った。

 里の入り口と思われる木製の門に差し掛かった辺りで、エリヴィアが馬車から降りる。


「私が先頭にいれば敵だと思われることはないから大丈夫! 行こっか!」


 馬車をここまで引いてくれた馬を優しく撫でると、エリヴィアは進み出す。

 そして、エルフの里へと俺たちはたどり着いた。


「おお! エリヴィア戻ったか! その馬車は?」


「ふっふっふ〜。聞いて驚くなよエリアード。なんとなんと、リヴィアが助っ人を連れて帰ってきましたぁぁああ‼︎」


 エリヴィアが声を上げると、里の中から多くの人がこちらへと走ってきた。


「本当か! よく帰ってきた!」

「一人で行くときはどうなるかと思ったが……、大きくなったのね、リヴィア……」

「これでエルフの里も安心だ!」


 なんというか、英雄の帰還を味わっている気分だった。

 悪い気はしないが、そんな大層ではない俺には少々照れ臭い。

 俺がどんな顔をしようか戸惑っていると、リヴィアが馬車から飛び降り、なにやら不思議なポーズをとる。


「ふっ……、皆の者。我が帰還するまで、邪悪なる魔の手からよくぞ耐え忍んだ! 安心するといい! 我が連れ帰ったこの者どもならば、必ずや魔王軍を食い止めるだろう!」


 うわ。凄いハードルを上げてくれてやがる。

 まあ、それだけ困ってたし、リヴィアにも期待されてたんだろうな。

 ある程度進んで馬車を止めておく場所へ入り、俺たちも馬車から降りる。


「いやぁ。かなり手厚く迎えちゃったけど、そこまで気負う必要はないから、気楽にしてね!」


「いや、ありがとうなエリヴィア。素直に嬉しいよ。絶対に守るよ、この里」


「あっはは〜! 言うねぇこのこのぉ!」


 ニヤニヤと俺の脇腹にひじをグリグリと入れてくるエリヴィアの胸が当たってドキドキしたが、隣にシアンがいるため顔に出さないのに必死だった。


「あれだけの魔物を倒したから、今日はもう安心していいと思うんだ。休めるときに休んだ方がいいと思うし、早速宿に案内するよ!」


「おお、ありがと」


 エリヴィアについていこうとすると、誰かが俺の袖をくいっと引っ張った。

 振り返ると、元気の無さそうなシアンが俯いていた。


「どうした、シアン?」


「ハラ、ヘッター」


「oh……」


 心配して損した気分だが、これはこれで久しぶりに命の危険を感じた俺は、少し早歩きでエリヴィアの横へ。


「なあ、シアンが腹減ってるらしいからさ、先に夕飯とかにしてもらっても大丈夫かな?」


「大丈夫だよ! ちゃんと人数分の夕食は準備できるはずだから!」


「おお! そりゃよかっ…………え? 人数分?」


 さて、問題です。

 シアンを含めた五人に必要な食事の量は?


 答え、二十人分。


 なるほど! これはマズイ!


「なあ、近くに食料を調達できる場所ってある?」


「うーん。基本的には狩りで、本当に困った時だけ買い出しに行くから、すぐに獲るなら森で色々やることになるかなぁ」


 なるほど! それはマズイ!

 深く深く深呼吸をして、俺は人数分の食事でシアンを満足させる方法を実践するための心を整える。

 よし、痛いの、我慢!


「……貧血に効く薬、用意しておいてくれ」

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