辞退は自由です。

美波

第1話

花とレースの国、ジャルダン。

美しいものを尊ぶこの国では、美男美女はもちろん、美しい衣裳、美しい建築、美しい表現、様々な美しさを追及する文化が発展している。

今夜行われるのは、建国記念の前夜祭。

きらびやかな王宮のホールには、流行のドレスを纏った貴婦人や、エスコートをする紳士たちが次々と入場して来ている。


もちろん、身分の高い者の入場はまだまだ先。

男爵や子爵といった、下級貴族から入場し、ホールで待つのだ。


ところが..

王族の入場を待たず、第2王子アンドレが中央扉を自ら開け、足音高く入ってきた。

しかも、金髪桃目の見慣れぬ子女を腕に絡み付かせて。

そのまま、未だ座る者が不在の玉座の前までやってくると、ホールを見渡し、大声で叫び始めた。

「クラリス・シエル・アクチュエル!

花とレースの国、ジャルダンが王子、アンドレ・クレル・ジャルダンは、そなたとの婚約をここに破棄する!」


ホールがざわめく。




しばし、時を遡り、ジャルダン王宮の控え室。

黒髪を肩で切り揃えた小柄なメイドが、美しい銀の髪をそれはそれは丁寧に結い上げていた。

「ねぇ、マヤ。

やっぱり欠席してはダメかしら..?」

のんびり目のアルトの声で、メイドに話しかけるのは、銀の髪、深緑の瞳の佳人。

「姫様、これは順番です。

ジャルダンだけをとばす訳にはいきません。

...おわかりでしょ。」

マヤと呼ばれた黒髪メイドは、クラリスの項とこめかみに絶妙な後れ毛を落とし、真珠の髪飾りを添える。

「だって~

ジャルダン、目が疲れるのよ。

キラキラしくて...

あ、なんだか、お腹も痛くなってきたわ。」

わざとらしく腹に手を当て、悲しげに眉を下げるクラリスに、銀のベールを被せながらマヤは答える。

「もぉ!

お役目ですから、頑張ってくださいませ!

建国祭が終わりましたら、帰れますよ。」

美しい湖色の瞳をベールで隠しながら、虹色の鱗がちりばめられた扇を手に取るクラリス。

「はぁ~い...

今夜は何匹くらい、ネコを被ればいいのかしら。」

「三匹ってとこじゃないですか?

さ、マヤは、姫様が入られる南扉の側に控えております。

ネコが逃げ出したら捕まえて差し上げます。」

にっこり笑って、主を促す黒髪メイド。

「夜会は戦場です。

姫様、参りましょう。」



時は戻り、ホールの玉座の前には、第2王子アンドレ。...とそのオマケの金髪桃目女子。

ホールの密やかとは言えないざわめきを無視して叫ぶ。

「聞こえないのか!

クラリス・シエル・アクチュエル!

出てこい!」

二度も大声で名前を叫ばれ、出ていかざるを得なくなったクラリス。

人の波が分かれ、中央への道ができてしまった。

ゆっくりと歩を進めていく。

銀糸と深緑の瞳をベールで隠し、あえかな口元を虹の扇で覆う。

するとほとんど顔立ちはわからなくなってしまう。

すっきりとしながらも女らしいラインを際立たせる群青のドレスを身にまとっている。裳裾は、銀糸で刺繍が入り、動く度に光を受けてまるで夜星のように煌めく。

宵闇のグラデーションを現した美しいドレスに、流行に敏感な貴婦人たちがため息をつく。


「私の名をお呼びでしたか?」

アルトの声に、ホールの注目が集まった。

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