1話 強制連行から始まるローグライク

 近所の川で銃を見つけてしまった俺は、警察に連行されて尋問を受けた。

 そこまでは分かる。至って普通の事だ。

 しかし、何故か尋問の途中で布袋を被せられて、謎のガスで眠らされた挙句、気が付いたら大自然に囲まれた木造建築の前に座らされて居る。

 これは、一体どういう事だ?


(……と言うか、ここはどこだ?)


 椅子に縛られた両手足を動かしながら、周囲を見回す。

 前方に白いラインが引かれた校庭らしき物が見えるので、恐らくこの建造物は学校なのだろう。

 しかし、銃刀法違反で捕まったのに、どうして学校に搬送されるんだ?


「まさか! もう少年院に搬送された!? 裁判とか無しで!?」

「ふむ、君は中々面白い事を言うな」


 何処からか女性の声が聞こえて来る。

 辺りを少し見回した後、ゆっくりと視線を後ろに送ると、一メートルほど先に紺色のパンツスーツを着た女性が立って居た。


「いつの間に!?」

「はは、いちいち反応の大きい子だな」


 女性は小さく笑った後、ポケットからナイフを取り出す。これから拷問でも始めるのかと青ざめたが、女性はそのナイフで、手足のロープを切ってくれた。


「……あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ナイフをポケットにしまい、女性が正面に立つ。体は自由になったが、どうすれば良いかが分からなかったので、俺は座ったまま女性の言葉を待った。


「私の名前は山本兵子(やまもとへいこ)。今日から君の担任になる者だ」


 小さく頭を下げた後、首を横に振って白髪交じりの黒髪を肩から降ろす。


「さて、いきなりではあるが、何か私に質問はあるか?」

「えーと、余りにも沢山あり過ぎて、何から聞けば良いかも分からないんですが」

「ふむ、この学校についてだな」


 成程、どうやら勝手に説明をしてくれるようだ。


「この学校は姫ノ神高校と言う。もののけの狩人を育成する専門学校だ」

「もののけ?」

「そうだ。君も噂には聞いた事があるだろう?」


 もののけ。

 世界各地の霊山に住む『異界の生物』で、その毛皮や肉は、金持ちの間で高値で取引されているとか。貧乏な家庭で育った俺には、当然のように縁が無く、ただの噂話だと思っていた。


「そんなもののけ狩りの学校に、どうして俺が拉致されたんですか?」

「拉致では無いさ。これは、招待だ」

「昔のバラエティー番組並みに唐突でしたけど?」

「ふむ、君が招待された理由を聞きたいのだな?」


 そうですね。それでお願いします。


「理由は唯一つ。君が拾ったその銃にある」


 兵子が俺の腰元を指差す。

 しかし、そこに川縁で拾ったあの銃は無かった。


「その銃は、もののけを狩る為の特別な銃で……」

「ありませんけど」

「たとえ偶然であれ、その銃を手にした者は……」

「ありませんけど」

「ふむ、どうやら君は、聞く耳を持って居ないのだな」


 いやいや、銃が無いんですよ。

 多分、警察に押収されたんだろうな。


「とにかく、君はもののけを狩る武器を手に入れた。これを手にした者は、世界規格に則り、もののけを狩らなければならない」

「強制なんですか?」

「うむ、強制だ」


 兵子は頷いた後、ポケットから先程使ったナイフを取り出す。


「もののけを狩る武器を持つ人間は希少だ。現代でも生産こそ続いては居るが、その適合者は少なく、誰でも使えるという訳では無い」

「つまり、俺はあの銃に選ばれたと?」

「それは分からん。肝心の銃が無いのだからな」


 それでは、何で俺はここに居るんでしょうね?


「所で、まだ名前を聞いて居なかったな」

「桧山一狼です」

「ふむ、では一狼君。付いてきたまえ」


 クルリと振り返り、兵子が歩き出す。

 周囲を窺いながら付いて行く俺。

 ある程度歩くと、兵子は校舎の奥にある小高い山の麓で、ピタリと足を止めた。


「これが、我が校が管理している霊山『姫山』だ」


 そう言われて、俺は山を見上げる。

 霊山などと大層な言葉で表現しては居るが、実際はその辺にある山と見た目は同じで、標高も大した事は無さそうだ。

 こんな普通の山に、本当にもののけが住んで居るのだろうか?


「今君は、この山に疑問を抱いただろう」


 心を見透かされてドキリとする。


「見た目こそ普通だが、これは正真正銘の霊山だ。実際に、この山の頂きに辿り着いた者は、数える程しか居ない」


 その言葉に疑問の表情を返す。

 これ位の山であれば、運動神経が平均値の俺でも、半日も掛からずに登頂出来そうなのだが。


「あの、兵子さん……」

「何だ?」

「今からこの山に、登ってみても良いですか?」

「……その装備のままでか?」

「はい」


 今の俺の装備は、学校指定の緑ジャージに、バイトの時に持っていた、弁当や水筒が入ったバックパックのみ。

 だけど、これだけあれば、こんな小さな山など登り切れると思った。


「ふむ、面白い。やってみると良い」


 そう言った後、兵子が小さく笑う。

 その笑いが少しだけ気になったが、危険を感じたら直ぐに引き返せば良いと思い、改めて登ってみる事にした。


(さてと……)


 少しだけ歩き、山の麓で立ち止まる。

 足元に見えるのは、石灰で書かれた白いライン。

 恐らく山の入り口を示しているのだろうが、それ以上の事は何も考えずに、そのラインをひょいと飛び越える。


「……!?」


 次の瞬間、俺は言葉を失ってしまう。

 何故ならば、先程まで視線の先には森が広がっていたのに、そのラインを飛び越えた瞬間に、景色が林へと変わったからだ。


「どうした? 怖じ気づいたのか?」


 後ろから兵子の声が聞こえて来る。

 恐る恐る振り返って見ると、先程と同じ場所に兵子が立っていたので、内心ほっとした。


「少し驚きましたが、距離感は変わらないんですね」

「ふむ、現実離れした事が起きたというのに、意外と冷静なのだな」


 兵子がふっと笑う。

 そして。


「確かに距離感は変わらない……最初はな」


 含みのある返答。

 どうやら兵子の言う通り、この山は普通の山では無いようだ。


「どうする? 一度戻るか?」

「いえ、もう少し様子を見ます」

「そうか。まあ、頑張ると良い」


 相変わらず微笑んで居る兵子。恐らく、俺が直ぐに引き返すとでも思って居るのだろう。

 そんな彼女の思い通りに行くのも癪なので、気を取り直して前に進む事にした。


(しかしだ……)


 ごくりと息を飲み、林の奥を眺めて見る。

 細い木の幹がグニャグニャとうねっていて、ハッキリと見えるのは数十メートル先まで。

 気を付けて進まないと、突然もののけとやらに襲われてしまいそうだ。


「こういう時は、慎重に……」


 身を屈めてゆっくりと歩き出す。

 一歩、二歩、三歩……

 十歩程前に進んで見たが、歩いた感覚は普通の山と同じだった。


(……まあ、山は山だからな)


 やれやれと息を吐き、背筋を真っ直ぐに伸ばす。

 散々脅されて慎重になって居たが、こんな山の入り口で、何かが起こるはずも無い。

 そんな事を思いながら、俺が次の一歩を踏み出した瞬間だった。


「……!?」


 突然目の前に現れたのは、真っ直ぐ空へと伸びた厚手の草。

 いや、違う。

 この草が伸びて居るのは、俺の『目の前』では無い。


(俺の……中?)


 ゴクリと息を飲んだ後、ゆっくりと視線を下に向ける。

 すると、足元から伸びた草は、俺の胸を貫通して瞳の前まで伸びていた。


(死……!?)


 思考の途中で周囲の草が急速に成長して、俺の体を絡め取る。

 地面に叩き付けられる俺。

 そのまま地面を引きずられて、何処かへと運ばれて行く。


「ああああああ!!」


 これで、俺の人生は終わりなのか!?

 このまま俺は山の奥へと運ばれて、もののけの餌食に……!


「ぽーい」


 草に放り出される俺。

 放り出された場所は、先程まで居た山の入り口だった。


「やあ、おかえり」

 

 呆然と倒れて居る俺に対して、兵子が上から語り掛けて来る。

 俺はどう返答しようか迷ったが、柄にも無く大声を発してしまった事を思い出して、恥ずかしくなって顔を両手で覆い隠した。


「どうだった? 初体験は?」

「……とても刺激的でした」

「ふむ、そうだろうな」


 満足そうに微笑む兵子。


「何度も言った通り、ここは霊山だ。ちょっとした事で命を失う」


 兵子が左右に歩き出す。


「しかし、もののけ専用の武器を持って居る者だけは、その武器の加護を受けて、山の入り口に戻されるだけで済むのだよ」

「だけど、俺は銃を持って無い……」

「あるさ。今正に、一狼君のすぐ横にな」


 ゆっくりと視線を右に向ける。

 そこには、警察署に置いて来たはずの銃が転がって居た。


「何時の間に……?」

「帰って来たのだろう。主を救う為にな」


 無造作に地面に転がって居る銃。

 それに軽く触れた後、己の行動の浅はかさに笑ってしまった。


「威勢の良い事を言って飛び出したのに、この様か……」

「そうだな。あられもない姿だ」


 兵子の言った言葉のニュアンスが気になり、自分の姿を見る。

 すると、何故か全身裸になって居て、秘部に葉っぱが一枚だけ乗って居た。


「何故全裸!?」

「言って居なかったのだが、霊山で死ぬと武器のおかげで命こそ助かるが、それ以外の物は全て霊山に取られてしまうのだよ」

「つまり! 殺されたら有無を言わさずに裸ですか!?」

「いや、霊山の素材で作った服を着て居れば大丈夫なのだが、まあ着て居なかったからな」


 そんなの聞いて無いし!


「ああ、ジャージとゲーム機が……」

「良かったな。服とゲーム機くらいで事が済んで」


 その軽い口調の言葉を聞いて、思わず兵子の事を睨み付けてしまった。


「どうした? 大切な物だったのか?」


 首を傾げる兵子。

 俺は歯を食いしばり、湧き上がった自分の憤怒を落ち着かせる。


(命が助かったんだ。それだけで幸運だった……)


 全く持ってその通り。

 大切な友人から貰ったゲーム機など、命に比べればどうと言う事は無い。

 ……そのはずなのに。


「ぐ、ぐぐ……」


 納得が出来ない。

 奪われてしまった。

 俺の大事な物を、俺の安易な判断で。


「……成程」


 兵子がクルリと背中を見せる。


「では、取り返しに行くか」

「はい!?」

「大事な物なのだろう? ならば、取り返すべきだろう」


 それを聞いて、思わず立ち上がる。


「そんな事が出来るんですか!?」

「出来る。何も説明しなかった私の責任でもあるし、今回は手伝ってあげよう」

「ありがとうございます!」


 喜びに任せて深々と頭を下げる。

 そして、その反動で、自分の秘部から葉っぱがハラリと落ちた。


「ぐぬっ!?」

「はは、やはり一狼君は面白いな」


 俺が秘部を両手で覆い隠すと、兵子が笑顔で腕を組む。


「取られた物は、遠くまでは行って居ないだろうが、それでも準備は必要だ。そちら側の校舎の入り口に来客用の狩り衣装があるから、取り合えずそれに着替えて、ここに戻って来てくれ」


 そう言った後、兵子は校舎の中へと消えて行った。

 呆然と立ち尽くす俺。

 春風がヒュンと吹き、くしゃみが出た。


「……取りあえず、服を着よう」


 秘部から片手を外して、地面に落ちている銃を拾う。

 俺の事を救ってくれた、命の恩人。いや、人では無いから恩物か?


(まあ、どちらでも良いか)


 恩人にしておこう。

 そう思いながら、俺は指定された場所へと小走りで向かった。

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