第44話 これ、水風船だよ
さて、芳樹が落ち着いたところでメンバーは化学教室に引き上げていた。しかし片付けずに放置するのは良くないだろうと、莉音が林田に後始末を押し付けていた。どうやら利用できると解ったらとことん利用する気らしい。
そういうわけで、桜太が司会進行役となって問題点をまとめることとなった。
「まず、大前提として下で排水管が繋がっているってことだな」
黒板に大きく桜太は排水管と書く。
「あの使用不能という日本語は正しかったな。一方を使うともう一方から溢れてくる。仕方なく片一方を布で埋めて使えないようにしていたわけだ。これは学校が出来てからずっと解決していない問題だな」
楓翔は言いながら呆れ返っていた。そんな大問題をよく二十何年も放置しているものである。あの古ぼけた紙は時間の経過を正しく伝えていたのだ。
「あの異様なゴムの山を築いた奴は気づかなかったってことか。繋がっていることを知っていたら、あそこに捨てていかないよな」
動画問題に晒されたり意味不明な状況を目撃した迅は、数字中毒の症状が酷い形で出ていた。到底高校生では解けないような難解な数式を、恐ろしい勢いで解いている。おそらくミスはしていない。
「そうだな。すると、個室を使っていたのは一人か」
優我は呑気にそんな感想を漏らす。他に使った人がいれば騒いでいるだろうくらいなものだ。
「迷惑な奴だな。煙草もそいつのせいか?」
ようやく頭が再起動した芳樹は盛大な溜め息を漏らす。この学校に不良でありどえらい変態がいるというのも問題だった。しかし見た目から不良の生徒などこの学校にいないので犯人が解らない。
「すすり泣きもそいつのせいってこと?動画とか何かの音だったと」
白けたように千晴は言った。何だか男子の部屋でエロ本を見つけてしまったような気分である。
「いや、動画のせいと決めるのは早すぎる。繋がっているせいで妙な音が鳴っているのかもしれないぞ」
このまま変人以外の変な奴がいるという結論は避けたい桜太が言った。それにいくら異常事態とはいえ、可能性を検証せずに結論を出すのはよくない。
「繋がっているから?なるほど」
これで伝わったのは莉音だけだった。最初から周波数を問題にしていただけに、考えがこちらに傾いていたらしい。
「どういうことだ?」
今一つ納得できない亜塔が質問する。
「だから、水位の変化で音が鳴っているかもしれないってことです。よくコーラとかの瓶にちょっとだけ水を入れて息を吹くと音がするじゃないですか。あれがトイレの排水管で起きているかもしれないです」
桜太が身近な例を使って説明する。
「ああ。あの隙間風のような音か。たしかに水は存在するし、排水管のどこかに穴があれば可能だな」
これは面白くなってきたと亜塔も食いついた。
「そうか。繋がっているから音が鳴る。これって共鳴振動が起きているかもしれないな」
やる気のなかった優我も可能性を思いついて復活した。これでいつもの科学部らしい検証に戻る。
「共鳴振動というなら、排水管に悪影響を与えているかもしれない。緩む原因になって、それが隙間を作って空気を送り込んでいるのかも」
桜太も色々と考え始めた。しかし今の状態では情報が少なすぎる。
「おおい。片付けたよ。また俺を放置して盛り上がってるだろ?」
そこに白衣を着てゴム手袋を嵌め、さらにマスクをした林田が戻ってきた。どうやら掃除で汚れる可能性を考えての完全防備のつもりらしい。しかしもさもさの天然パーマのせいで、怪しい実験をしていた科学者そのものだ。
「よし。もう一度ちゃんと情報を集めよう」
林田を労うことなく、桜太はラッキーとそう号令を掛けていた。
さて、林田によって片付けられたトイレに戻ってきた科学部一行は、真面目に音が発生する原因を探し始めた。
「何故妙な音がするか?これはもう排水管のせいと考えて問題ないよな」
真面目に検証を始めようと切り出した桜太だったが
「ちょっと待った」
そこに林田が割って入ってきた。マスクは取ったもののまだ白衣を着たままである。
「何ですか?」
余計なことはするなよと思いつつも桜太は訊く。
「このゴム。これなんだけどさ」
ゴム手袋をしたままの林田は、トイレに散らばっていたゴム製品を入れた袋を持ち上げた。
「それはもういいですよ」
もうその話題は要らないと千晴は林田を睨む。本当に男子というヤツはこういう話題が大好きだなと思ってしまう。
「そうじゃなくてさ。これ、アレではないみたいだよ」
「えっ」
林田の指摘に、完全にアレだと思い込んでいたメンバーは呆気に取られる。どこをどう見てもアレだと思えたのに違うとはどういうことだろうか。そもそもトイレに散らばっていたゴム製品というだけでアレだと決めつけてしまう。しかも色もそれっぽいし使用済み感満点だった。
「俺もそれだと思い込んで片付けるのは不衛生で嫌だなと思ったんだけどさ、よく見るとこれって水風船なんだよね」
林田はそう言って一つ摘み上げた。
「あっ」
「たしかに」
まじまじと見つめてそう感想を述べたのは千晴を除く男子一同だ。柄がないせいで解り難かったが、間違いなく屋台のヨーヨー釣りに使われている水風船のゴムである。それにしても紛らわしい色の物があったものだ。
「これは誰かが実験していただけかもね。煙草も不良の仕業ではなく実験に用いただけかも」
真っ先に不良説を唱えていた林田がそんなことを言い出す。何だか勘違いに次ぐ勘違いがあっただけらしい。
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