第42話 使用不能なトイレ

「ええっ。中沢君に伝えてってメールしたのに」

 林田はそう叫んで莉音を見るが、莉音は素知らぬ顔をしていた。おそらくメールは無視されている。

「実験はいいんですか?」

 追い払いたい楓翔がそう訊いた。また謎の同胞に対する行動をされては困る。

「そこは問題ない。今日はもう機械にセット済み。後は機械と有機化合物に任せておけばいいのさ」

 林田はそう言って笑うが、誰もがまた大学院生に押し付けたのではと疑った。まったく、林田を研究員として雇っていて大丈夫なのかと大学の心配をしてしまう。

「まあいいか。諸君、現場に向かうぞ」

 色々とツッコみたい桜太だが、林田のことは科学部とは関係ないので放置しておくことにした。ちなみに現場と言ったのは、トイレと言ってしまうと連れションみたいだからだ。さすがにそれは恥ずかしい。






 どう考えても整備不良。そういう場所がどこにでもあるんだな、とトイレに着いた科学部の誰もが思った。普段使っている男子一同だが、ささっと用事を済ませてしまうので、これほど酷いという事実に気づいていなかったのである。

「男子トイレって、どこもこうなの?」

 人生初の男子トイレ体験をしている千晴は呆れていた。掃除はされているものの、鏡はひび割れているし、あちこちガムテープで補修されている。さらに二個ある個室の一つは使用不能の張り紙がされていた。しかもその張り紙が何だか古ぼけている。

「女子トイレは綺麗なのか?」

 桜太としては男子トイレと差があるという事実が驚きで思わず訊いていた。

「北館といえど普通よ。他のトイレと何にも違わない。あのさ、ひょっとしてこれ、過去の科学部員がここで実験した跡とか?」

 違いがある。それで千晴は気づいた。圧倒的に男子の多い科学部が犯人ならば、女子トイレと差が出来るのではないか。

 千晴の指摘に、後ろ暗い何かがある三年生と林田は明後日の方向を向いた。あの日の先輩の行動だろうかと、それぞれが違う人物を思い浮かべてしまう。

「ともかく、トイレで音が鳴るといえば水しかない。これだけ壊れたトイレなんだ。音源となる水漏れがどこかにあるだろう」

 楓翔は何があったか追及は無理そうだと思って言っていた。聞き出そうとすれば実験の資料と同じ目に遭うことは目に見えている。

「そうだな。じゃあ、洗面台から」

 桜太は早速目の前にあった洗面台の蛇口を捻った。ちゃんと水が出てくる。しかし、横から水が漏れていて噴水のようになる特典がついていた。

「ここから流れる音だけだな」

 科学部のメンバーは耳を澄ましてみたが、すすり泣きと勘違いするような音はしていなかった。

「怪しいのは個室しかない。水が流れるのは後は個室だけだからな。小便器は昔ながらの自動洗浄がついていないタイプだ」

 亜塔はそう言ってさっさと使用可能な方のドアを開けた。しかしすぐに閉めてしまう。

「どうしたんですか?」

 あまりに素早い行動に、桜太は何があったのかと興味をそそられる。

「いや、恐ろしく汚い」

「えっ?」

 掃除だけはちゃんとされているのにと、桜太は首を捻った。しかも亜塔が引くとなると相当だ。

「どれどれ」

 ここは元顧問としてと、林田が次にドアを開けた。

「ははん。どこにでも不良はいるもんだな。そして人目のないところをよく知っている。それにしても、煙草は王道だが何故にゴム?」

 惨状を目の当たりにした林田にも謎のものがあった。おそらく亜塔が引いた理由もこのゴム製品のせいだ。

「は?ゴム?」

 何のことか解らない千晴は個室を覗こうとした。しかし男子が素早く壁を作って見えないようにしてしまう。

「一体どこのどいつだ。学校のトイレ、しかもこんな汚いところで活躍の場はないだろ?一人で楽しんでいたのか?」

 動揺しまくるのは優我だ。明らかに使用済みのそれが山になっていれば男でも焦る。

「あれだ。18禁の動画を見ていたんだろ。それか無修正だ」

 慌て過ぎた迅が思い切り正解の解ることを言ってしまう。

「あんたも見たことあるのね?」

 千晴もゴムの正体が解り、迅を睨む。迅は無実だと首を振るが時すでに遅しだ。意外に健全とそういうことに興味があったらしい。

「それより水だ。水を流してみないと」

 いずれ質問が自分たちに飛び火しかねないと、亜塔が林田をせっついた。

「はいはい」

 林田はこいつらも男子高校生だったなと笑いつつ、足で水を流した。こういう時に和式は便利だ。踏めば何とかなる。

「先生。ここは年長者として片付けておいてください」

 莉音は日ごろの恨みをそんなことで晴らそうとする。

「ぐっ。それより音は?」

 嫌と言うわけにもいかず、林田は音源探しに話を戻した。

「ううん。すすり泣きのような音はしないですね」

 聞き耳を立てるも、誰の耳にも水が流れていく音しか聞こえない。

「となると」

 桜太はそろっと視線を使用不能の張り紙がされている個室に向けた。残る音源はここしかない。

「うっ。使える場所でこの惨事だぞ。何があるか解ったもんじゃない」

 これには亜塔が逃げ腰だ。変人も予測できない事態には普通の反応しかできない。

「世の中、怖いのは怪談じゃないな」

 目の前に不気味な存在として現れたトイレの個室に、桜太は思わずそんな感想を漏らしていた。

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