第23話 大量の資料は混沌の元
「大量?」
それよりも桜太には気になるワードがあった。実験狂というだけで腰の引ける先生が残した大量の記録。それはもう嫌な予感しかしない。
「そう。段ボール箱15箱分かな。それもあんまり分類されてないのよ。そんなのどうするの?」
カップ麺を持ったまま箸でコロッケを掴んだ松崎は不思議そうだ。それはそうだ。七不思議との絡みが見えないのだろう。
「いえ。ちょっとした調べものです」
桜太は嫌な予感が的中したことで目眩がしていた。段ボール箱15箱分の未分類の記録から探す。もう途方もないことをしようとしているのだと理解するしかない。
「どうだった?」
すでに腕まくりする三年生を横目に、迅が確認する。これでもう三年生は記録が膨大だと知っていたことは確定だった。それならば先に言ってほしい。
「諸君、敵は北館にいる」
桜太は覚悟を決めて北館を指差していた。
段ボール箱を化学教室に移動させるだけでも大仕事となった。紙類を入れているのだから小さめの箱だろうと高を括っていたら大間違いだ。かなり大きな箱に限界まで詰め込まれた状態で15箱あった。重いうえに大量。これだけでやる気は半減する。
「さすがは林田先生だな。本当に混沌としている」
段ボール箱を開けた芳樹の感想がこれだった。そんな混沌を見たくないと桜太は箱を開けるのを躊躇ってしまう。
「なにこれ?こんなの高校で出来るわけないよ。しかも物理だし」
別の箱をチェックしていた千晴が素っ頓狂な声を出す。化学の先生と聴いて期待していたのにがっかりとのニュアンスもあった。
「物理?」
そこに物理分野なら任せろと優我が覗き込む。するとそこには核反応について詳細に記された資料が入っていた。
「原子炉なんて高校にない。核エネルギーで何がしたかったんだよ」
さすがの優我も突っ込むしかなかった。本当にこの段ボール箱の中身はカオスだ。
「あの先生。興味があることは何でも調べるタイプだったんだよ。だから科学コンテストの内容もなかなか決まらない有様でさ。俺たちも一年の時に似たような突っ込みを連発したな」
昔を懐かしむ莉音が開いた段ボール箱の中には謎の巻物があった。開いてみると江戸時代くらいに書かれたものであるらしい。まさか古文書の解明からさせようとしていたのだろうか。残念ながら古典が得意な人材は科学部にはいない。
「この中から探すのか」
これは変人たちの足跡だ。そう思うと桜太は呆気に取られるしかない。
「まあ、夏休みは始まったばっかりだし。科学部の歴史を知るのもいいことだよ」
桜太の横にいた楓翔がそんな慰めの言葉を掛けてくる。そんな夏休みは嫌なのだが、文句を言っていてもしかたない。
「ともかく、分類しよう」
何とか気力を取り戻した桜太はそう提案したのだった。
分類作業に三日も掛かるとは予想外だった。桜太をはじめとして科学部員全員が眼精疲労と肩こりに陥っていた。しばらく紙に書かれた文字を見たくない気分にもなる。
「これで最後ですかね」
楓翔が段ボール箱の中から最後の紙束を取り出してほっと息を吐く。その紙束はまさかの無意味を極めた新聞の切り抜きだった。おそらく林田の趣味の品だ。切り抜きは某総選挙で毎年盛り上がっているアイドルグループのものである。科学部の資料に紛れ込ませずにちゃんと持って帰ってほしかった。
「カオス過ぎる。どうしてたまにアイドルの切り抜きやら料理のレシピやらが紛れ込んでいるんですか?それに実験の資料は?」
山のような紙を前に迅が頭を思い切り掻き毟る。それはもう誰もがやりたい行動だったので、桜太も頭がムズムズしてきた。横にいた優我はしっかりと掻き毟っている。
「この辺だよ、たぶん」
芳樹が力なく黒板前の机を指し示した。そこは山が一番高くなっていて、メインだと主張している。
「まだ検討も始まってなかったんだ」
優我は今度は机に突っ伏した。おかげで紙の束がいくつか床に散らばる。あの本の虫の優我でももう限界なのだから、誰もやりたくない気分だった。しかしここまで散らかしておいて諦めるのも悔しい。
「一応は化学と物理にざっと分類してある。まだ楽なはずだ」
莉音は目頭を揉みながら言った。あの混沌とした資料を前にそんな冷静な判断をしていたとはさすがだ。やはり常識人。
「光を発するとなると、化学分野で考えられるのは発光物質を扱っていたとか」
千晴が肩を揉みながら可能性を上げる。
「そうすると、物理ならばプラズマとかレーザーとかかな。でも、大掛かりな機械がいるよな」
桜太は物理で起こりそうなことを考えてみるも、どれも高校の教室で起こせそうになかった。
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