第21話 謎が一つ増えた!?
「母上。どうしても確認したい儀が」
桜太はそう言って前に座るよう指差した。菜々絵は文句も言わずに付き合う。
「この男、知ってますよね」
スマホの画面を見せつつ桜太は詰問した。そこに写っているのは帰りにこっそり撮った莉音だ。
「ああ。この子。桜太の友達だったの?昨日のオープンキャンパスでいきなりファンですって言われて驚いたのよね。嬉しくて思わずボールペンあげちゃった」
あっさりと明かされる真相に、桜太は目眩がした。まさか見つめていたボールペンが菜々絵のものだったなんて。もう逃げられない事実しかない。これはまさか莉音が新しい父親となるということか。いや、その前に離婚していなかった。父上は海外出張中だ。勝手に話を進めては可哀相である。莉音相手だと勝てそうもないが。
「聞いてるとこの子も天体物理だけでなく宇宙全体に興味があるみたいでね。話が盛り上がったのよ」
勝手な妄想で悶える息子の手からスマホを奪い、菜々絵はじっくりと莉音を見ている。
「あの。母上。中沢先輩から何か言われましたか?」
桜太は恐る恐る訊いた。あの莉音の様子からしてただボールペンを貰っただけではあるまい。
「何か?それより先輩なの?しっかりしてると思ったわ」
菜々絵は嬉しそうにスマホの画面を見ている。まったく質問に答えてくれていない。
「母上」
「ああ。結婚してくれって」
「――」
決定的な一言に、桜太はリビングの床に撃沈した。まさか桜太の母と知っていて堂々と告白するなんて。常識人の称号はもう芳樹にしか与えられない。
「なにショックを受けてるのよ。ちゃんと断ったわよ。でも大学に受かったら研究室に遊びに来てねとは言ったけど」
からから笑う菜々絵に悪気はない。しかし断りつつも研究室に来てなんて言われたら、恋する若い男子は妄想を逞しくするものだ。きっともうひと押しと思っているに違いない。
「ああそうだ。明日もお弁当いるの?鶏肉しかないから唐揚げしか出来ないわよ」
再起不能の桜太を放置して、菜々絵はそんな質問をしてくる。だからどうして揚げ物にするんだという突っ込みも出来なかった。
次の日。莉音は何もなかったように亜塔とじゃれ合っていた。もうボールペンを見つめることもない。
「恋ではなかったってことかな?」
真相を知らない楓翔と迅が首を捻っている。しかし桜太はその回復した様子がさらに心配の種となっていた。あの晩、桜太は菜々絵からスマホを取り返すのを忘れていた。つまりメアドも電話番号も見放題だったのだ。
すると、桜太の視線に気づいた莉音がボールペンをズボンのポケットから取り出して笑う。その顔は勝利を確信しているかのようだ。
「えっ、うそだろ?」
しかしこのまま莉音の恋の話題が出ることはなく、桜太の中で勝手に学園八不思議となるだけだった。
ちなみにその日の弁当は米すらない唐揚げオンリー弁当と、こちらも意味深なものだった。
桜太にとってはとんでもないハプニングがあったものの、科学部は何事もなかったように次の謎について話し合いを始めた。
現状として莉音とはぎくしゃくしていない。まあ、桜太にとっては新しい父親になるかもしれないので、良好な関係を保っておくのが無難だろう。先輩ではなく父上と呼ぶ心構えも必要かもしれない。そんな未来は来てほしくないが。
「それじゃあ、次に解明するものを決めよう」
桜太は黒板に七不思議の残りを書き出すと、全員を見渡した。
「ここからが問題だよな。具体性に欠けるものが三つと、この化学教室のものだ。化学教室の謎を解くっていうのは、新入生のアピールに使えそうだけどさ」
黒板に書き出された七不思議を見て楓翔が指摘する。
「そうだな。化学教室の謎の出どころは奈良井先輩だったよな。どういう話なんですか?先輩」
迅が後ろを振り向いて訊いた。この話の詳細が解らないのは優我がちゃんと語っていないせいだが、本人がいるので芳樹から聞くのが一番である。
「えっ?俺?」
その芳樹はアマガエルを掌に載せて頭を撫でているところだった。自分の名前が呼ばれた理由が理解できずにきょとんとしている。
「えっと。昔ここで謎の光を見たんですよね?」
桜太は芳樹の反応に頭痛がしてきた。絶対に昨日のたん瘤のせいではない。どうして毎回すんなりと七不思議の話にならないのだろうか。根本的に間違っているとの指摘もあるだろうが謎だ。
「ああ。あれね。実験中に漂う光を見たんだよ。けどさ、実験中ってことは普段とは環境が違ったわけだし、何か化学反応が起きたんだろうとしか思ってないけど」
芳樹はカエルの頭を撫でつつそう述べる。しかしこれではまた七不思議不成立だ。けれども化学反応というのは気になる。
「どういう実験だったんですか?」
桜太は科学部としての好奇心から訊いた。謎の光を発する化学反応の正体は知りたい。
「どういう。何をやってたっけ?」
芳樹は思い出せずに莉音と亜塔を見た。二人は実験に関わっているから知っているはずだ。
「えっ?謎の光なんて知らないぞ。見ていたら大騒ぎしているはずだ」
なぜか亜塔は胸を張って答えた。当てにならないというのに堂々とされても困る。
「あれだろ。もう科学コンテストの締め切りに間に合わないとか言いながらやっていた実験だ。ただでさえ色々な実験を試した後で疲労困憊だっていうのに、追い込みで滅茶苦茶だったんだよ。たしかその時の亜塔は誤ってアンモニアを頭から被って大騒ぎしていた。臭かったなあ」
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