第16話 本棚崩壊寸前!?

「やっぱりそこを宣伝しないと駄目か。科学部のように専門的なことに興味のある人の利用が増えれば、貸出利用率も上がるんだよ」

 悠磨はここからは見えない自習スペースだけが賑わっている状況に悩んでいたのだ。改善策はやはり宣伝不足にあると理解する。

 ここの図書室は無駄に広いというのに超がつくほどの真面目な奴しかやって来ない穴場スポットなのだ。後は優我のような本の虫が利用してくれるくらいだった。

「それで、実際はどういうことが起こっているんだ?」

 今はどこにも本が落ちていないのを確認して亜塔が質問する。変人アイデンティティーを声高らかに主張するだけあって、七不思議解明には積極的だった。

「いつ起こるかは解らないんですけど、本が勝手に落ちているんですよ。片付けてもしばらくしたら落ちていたりと、色々な時間に起きています。それもこの理系の列だけです」

 悠磨は科学部が点在する本棚を見渡した。

「ふうん。ここの本が落下するのか。たしかに目に見えて棚が傾いているわけでもないのに不思議だな」

 桜太が同じように本棚を見渡したところで、他の科学部員も合流した。しかも本は戻して来るという、七不思議解明への熱意も見せている。

「ん?」

 目で確認した桜太は気づいた。戻ってきていない奴が一人いる。物理系の棚に視線を向けると、いつも遅刻する優我がここでも遅刻しているのだ。しかも本を戻そうとしてもがいている最中だった。

「何をやってんだよ」

 仕方ないなと迅と楓翔が駆け寄った。

「いや、さっきはここに入っていたっていうのに戻らないんだよ」

 優我は必死に隙間を探して指を入れようとするのだが、どこもきっちり詰まっていて無理だった。

「本当に入っていたのか?」

 あまりにぎゅうぎゅうな棚を見て迅が呆れる。

「ああ。この図書室の本はどこもキャパ以上の蔵書があってさ。たまに返却された本の関係で入らないんだよ」

 そういう事態には慣れっこの悠磨が助け舟を出した。おそらく優我が読書に夢中になっている間に誰かが本を棚に戻したのだ。

「ほら、入ってたんだよ。まあ、せっかくだから借りて帰ろ」

 仕方ないという体を装っているが、優我は嬉しそうだ。しっかりと本を小脇に抱えて合流してくる。桜太が何の本かと覗くと、物理学者のボーアについて書かれた本だった。本当に果てしなく量子力学を追い駆けている。

「つまりここの本棚はいつもぎゅうぎゅう状態なんだな?」

 莉音が閃いたとばかりに質問する。

「ええ。そうですけど、それはどこの本棚も同じですよ。ここだけで落下する理由にはならないかと」

 悠磨は困った顔で答えた。当然のように悠磨もそれは考えたのだ。しかしそれだけでは理由にならないのである。

「ふむ。圧力のせいだけではないのか」

 莉音は残念といった調子で頷いた。

「そもそも圧力で飛び出すのは無理ですよ。本には弾力性がないですし」

 桜太も考えてみたが、どうにも本が飛び出す理由は思いつかなかった。

「他の原因として挙げられるのは歪みですね。一見真っ直ぐでも歪んでいる可能性はある」

 楓翔は言いながらズボンのポケットからメジャーを取り出す。そのメジャーは前回からの教訓なのだろう。持ち運びも便利な小型のものになっていた。しかも水平器付きというこだわりも発揮している。

「そうだよな。圧力だけでは無理でも加速がつけばいいかもって、あれ?」

 頷きつつ棚を丹念に確認していた桜太はあることに気づいた。

「どうした?」

 何か解ったのかと悠磨が期待する。

「あのさ。こっちとそっちって別の棚だろ?どうして仕切りとなる板がないんだ?」

 桜太は化学と物理の境目を指差した。本があるせいで横に見ていては解り難いが、ここに境があることは上の段を見れば解る。上にはちゃんとしきりとなる部分が存在するのだ。

「本当だ。これ、別々の棚だよ。独立していないとおかしいのに一体化している」

 上から下までしっかり確認した迅が興奮して叫んだ。すると亜塔のげんこつが飛ぶ。

「いっ」

「図書室では静かに」

 こういうところだけ常識人の亜塔だった。しかし叫びたくなる気持ちは解る。本来なら必要なものがないのだから驚きだ。迅は頭を擦りつつも自分が悪いと自覚しているからか抗議はしなかった。

「言われてみればそうだよな。これって、本棚の端が消えているってことだもんな」

 これには図書委員の悠磨も動揺を隠せない。今まで問題がないと思い込んでいた棚にまさかの問題点発覚である。

「ということは、この棚って本の重さと圧力でバランスを保っているのか?端を切り取った奴も全部抜くとやばいと思ってか、所々残しているし」

 莉音は視線をさ迷わせたが、無事な棚が見つからない。この壁伝いの本棚はこれで一つと言いたげなほど一体化してしまっている。

「地震が来たら終わりってことね」

 あまりに常識外れなことに千晴は冷静なツッコミしか出来なかった。しかしその言葉を聴いた男子たちはじりじりと後ろに下がる。ここで本に埋もれて圧死だけは避けたい。

「これは本が勝手に落ちる以前の問題だな。もしも本が減ることがあれば棚が崩壊してしまう」

 状況をまとめた亜塔の言葉に、全員黙って頷くしかない。それにしても本が勝手に落ちるのは崩れる前兆だろうか。

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