23話 チョコのついでに

 今日は恋人たちにとってクリスマスに匹敵するビッグイベント、バレンタインデー。

 もちろんわたしも、愛しのつぐみさんに渡すチョコレートをしっかりと用意している。

 作っている最中、人には言えないような発想が浮かんでしまったものの……さすがにドン引きされると思ったので、心の内に留めておくことにした。

 代わりというわけではないけど、今日はチョコを渡すついでに思い切って大胆なお願いをするつもりだ。

 そのお願いも、人に言えないという点では共通している。


「美夢ちゃん、おはようっ」


 一限目が終わって廊下に出ると、つぐみさんもちょうど姿を現した。

 恋人との対面で全身が喜び、体感温度が数度上昇する。


「おはようございますっ」


 近寄ると同時にギュッと抱きしめ、耳の少し上あたりにすりすりと頬を擦り付ける。

 わたしたちの関係は周知の事実なので、堂々とキスをしてもそれほど驚かれないと思う。

 とはいえ、さすがに廊下で唇を重ねるわけにもいかない。

 悩んだ結果、抱擁を解く際にさりげなく頬にキスをする程度に留めた。


「ひぅっ!?」


 つぐみさんは驚いた様子でわたしの唇が触れたところに手を当て、顔を真っ赤にしてこちらを見る。

 クリスマスに初めてのエッチを経験し、学校でも隙を見つけてキスをするような関係だけど、不意打ちに対する耐性はほぼ皆無と言っても過言ではない。

 そして、それはわたしも同じ。


「ご、ごめんなさい、つい……」


 自分の大胆な行動を振り返り、顔がどんどん熱くなっていく。

 他愛のないことを話しているうちに胸の高鳴りが少し落ち着き、休み時間は終わりを迎えた。

 チョコは昼休みに交換することになっているので、『渡しそびれた!』と焦ることなく教室に戻る。

 二限目、三限目の休み時間も普段と同じように顔を合わせて話したものの、二人ともそわそわした雰囲気が隠せずにいた。

 本命のチョコを渡すのも受け取るのも、お互いに初めてのこと。

 昨日つぐみさんを家に招いて一緒に作ったから、確実に貰えるということは分かっている。

 分かっているにもかかわらず、緊張感がすごい。

 お願いを噛まずに言えるか、ちょっと心配になってきた。

 四限目の授業を受ける傍ら、心の中で何度も復唱する。

 昼休みを迎えると同時に、普段以上の勢いで生徒が慌ただしく動き始めた。

 もちろん全員というわけではないけど、この学校に恋人もしくは片思い中の相手がいて、昼休みにチョコを渡そうと考えている人が多いということだ。

 わたしも例に漏れず、チョコを持って教室を飛び出す。

 二人きりになれる場所へ移動し、お互いにそこはかとなく緊張しながらもチョコを手渡し合う。

 好きな人にチョコを渡し、好きな人からチョコを貰う。

 生まれて初めての喜びに浸りながら、例のお願いを口にするために心の準備を整える。


「つぐみさん、実は一つお願いがあるんです」


「お願い?」


「ちょ、チョコのついでに――わっ、わたしも食べてください!」


 詰まりながらも、どうにか最後まで言い切る。

 すんなりとは言えなかったけど、聞き取れる程度にはしっかりと発音できていたはずだ。

 つぐみさんから受け取ったチョコを胸に抱き、ドキドキしながら返事を待つ。


「……え?」


 つぐみさんがポカンと口を開け、何度か瞬きを繰り返す。


「え?」


 わたしもつられて、同じような反応を示してしまった。


「えっと、それって……ごめん、どういうこと?」


「あー、なるほど……すみませんでした、一から詳しく説明させてください」


 こうしてわたしは、ピュアなつぐみさんにエッチな知識を一つプレゼントした。

 その結果、つぐみさんの顔は耳まで真っ赤になってしまう。


「ほ、ほんとにごめんねっ、わたし、あの、まだそういうことあんまり分かってなくて……っ」


「いえいえ、気にしないでください。むしろわたしの方こそ、回りくどい言い方をしてすみませんでした」


 それで、とわたしは言葉を続ける。


「催促するようで悪いんですけど、改めて返事を聞かせてもらっていいですか?」


「そんなの、もちろんオッケーだよ! チョコのではないけどね」


「やったーっ! ありがとうございます! すっごく嬉しいです!」


 さっきチョコを貰った時と同様、喜びのあまり思わずピョンピョン飛び跳ねる。

 どうせならバレンタインの延長として、体にチョコを塗って舐め取ってもらうのはどうだろうか。

 汚い場所はさすがに申し訳ないから自重するとして、胸とかお腹なら大丈夫だよね?

 溶かしたチョコを谷間に流し込むとか――あ、火傷しないように温度にも気を付けないと。


「み、美夢ちゃんも、わたしのこと……食べてくれる?」


「……っ! も、もちろんですっ、体の隅々まで余さず味わわせていただきます!」


 恥ずかしそうに上目遣いで告げられた申し出に、わたしは感極まってまたしても飛び跳ねる。


「あと、チョコなんだけど、放課後にまた集まって食べさせ合いっこするのはどうかな?」


「いいですねっ、ぜひやりましょうっ」


 素敵な提案に、ノータイムでうなずく。

 部活が終わった後、わたしたちは約束通り再び二人きりの時間を設け、お互いに相手の口へとチョコを運ぶ。

 そして帰り際にギュッと抱きしめ合いながら、チョコ味のキスを交わした。


***


 週末、わたしの部屋で朝から二人きり。

 月並みな表現になってしまうけれど――わたしたちは丸一日、チョコよりも甘い時間を過ごすのだった。

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