4-13 薫の返事

 クリスマスイヴ、当日。

 その日は朝から雪でも降りそうな、鼠色の空だった。


「それでは、行ってきます」


「車に気をつけろよ?」


「カズくんもなにかあったら連絡してくださいね」


 そう言って小さく手を振り、出かけて行った。




「……さて。夜までどうやって時間を潰そうか」


 まだ午前九時。

 運命の時間まではまだ半日以上ある。


「ヒマならボクと、オセロでもしようぜ~」


「オセロか。……まあ紗々がいない間にコソ連するのもありだな」


「カズ、ママに勝てるゲームほとんどないしね~?」


「やかましい」


 オセロ盤を取り出し、盤面の反対側にブルームのフィギュアを立てる。



 ――余談だが、二次存在とはターン性のゲームなら一緒に遊ぶことができる。


 もちろん彼らが石を動かすことはできない。


 だが置きたいところを言ってもらえれば、代わりに動かしてやることはできる。


 俺が代わりに石を操作しても戦略上なんの問題もない。だから将棋や囲碁、チェスなんかもできる。


 その代わりトランプのババ抜きや大富豪、麻雀のような手札が重要なゲームは難しい。あくまで自分の頭を頼りにするゲーム限定だ。



「さてさて、カズ選手。これまでの負け分を取り返すことはできるのでしょうか~?」


「は? 負け越してないし、適当言うな」


「適当はカズのほうだろ? これまでの勝敗は十六対七、ダブルスコアつけられてるくせに、えらそうだぞ?」


「バカ、勝敗は月単位でリセットされるリーグ制なんだよ。つまり今月はまだゼロ対ゼロだ」


「こっっっっす! でも、まー地力はボクのほうが上だし? 今月もわからせてあげますよっ!」


 と、ブルームが勢いづいたところでスマホが振動。

 画面には”かぉる!”の文字。


「え~~~カズ、出るの?」

「そりゃ出るだろ」


「ホムラのママなんてほっとこ~ぜ?」

「そういうわけにもいくか」


 俺はスピーカーボタンを押し、スマホを床に置いたまま通話を開始する。



「おはようございます、そしてメリクリです~」

「はい、メリクリ。イヴだけどな」


「細かいことはナシで! ……と、いま大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


「えと、ユーグレラ出演の件なんですけど。結論から言うと、辞退したいんです」



 やっぱりか。

 なんとなく、そんな予感はしていた。


 募っていた期待感が、胸の中で溶け落ちていく。



「……理由はやっぱり、紗々との共演か?」


「半分そうで、半分違います」


 薫が言いづらそうに答える。


「どうしてもアズサを演じようと、思えなくて……」


「紗々を透香を支える役だからか?」


「違います」


「それなら、どうして?」


「かおる……にアズサみたいなコ、もったいないから」


「……えと、どういうこと?」



 俺がそう聞き返すと、薫はいきなり熱弁を振るい始める。



「かおる、決闘相手の槍に毒なんて塗ってあったら、ラッキーって思って絶対に反則負けにさせます。戦いに勝って負けたら悔しくて、相手を称えるカッコいいこと言えません!」


「……ごめん、言ってる意味がわからない」


「アズサは心の汚い人間が演じちゃいけない役なんです! かおるは配信中にブルームをディスるようなことを言っちゃう人です。そんな声優が……アズサみたいな清廉潔白な役はできません!」


「いやいやいや! そんなこと気にする声優いないから!」


「います、ここにいます! かおるが演じることでアズサが穢れてしまいます!」



 アホだ、アホがここにいる。

 配役に感情移入し過ぎて、おかしくなったヤツがいる。



「あのな、声優は担当するキャラクター性に責任なんて持たなくていいんだよ」


「そんなことありません! 剣道アニメの出演が決まってから、実際に竹刀を握り始めた声優さんだっています。かおるも本気で声優をやるなら生半可な気持ちでやりたくないんです!」


「その心意気はいいけど……じゃあどうすんだよ。いまから槍術でも始めるってのか?」


「槍術なんかじゃ甘いです。いいですか? アズサは軍の突撃隊長を任された人間ですよ? 当然、たくさんの敵兵を殺しました。でもかおるに殺人の経験はありません!」


「当たり前だ! そんな経験豊富な声優、絶対雇わねーよ!」


「空気中のマナを変換し、エネルギー波を槍に乗せることだってできません!」


「そんな厨二を具現化したファンタジスタいねーよ! 紗々だって異世界転生してねーわ!」



 大丈夫か、こいつ。


 ユーグレラを完走したのは昨日だし、まだファンタジーの世界から帰って来てないんじゃなかろうか。



「まあ、冗談はこのくらいにしておきましょう」

「最初からそうしてくれ」


 それから薫はスイッチを切り替えたように大人しくなり、本当の理由を話し始めた。




「和平さん、言ってくれましたよね? 今のかおるだったら、どんな役でも真摯に受けると信じてる。だからお話を持って来てくれたって」


「言ったな」


「そう言われてすごく嬉しかった。和平さんは”今のかおる”を買ってくれたんだって。……でも、気付いたんです。負けず嫌いな自分がいなくなったわけじゃないって」



 初めてホムラだったことを聞いた時の話だ。


 負けず嫌いが高じて自分を見失ってしまったこと。その感情と出会ってしまえば、昔と同じようになるのがわかっている。そう聞いている。



「一ノ瀬さんと一緒にいれば、みっともない自分を抑えられません。……同じ収録現場にいることを想像するだけで、どうやったら透香より見せ場を作れるか、なんて考えちゃうし」


「別にいいじゃないか。アズサにだってカッコいいシーンはある、そのシーンごとで紗々を越える演技を……」


「そうやって競い合おうとしちゃう自分が、キツいんです」


 薫が困ったように笑う。


「ホムラを辞める前のかおる、本当にひどかったんですよ? イライラを隠そうともせず、自虐的なこと言って周りを困らせて。ヒステリックに叫んじゃったこともあります。思い出すだけでも黒歴史ですよ」


「でも、その負けん気があったおかげで薫はホライゾンで一番人気だったんだろ?」


「……やる気だけは誰にも負けない自信ありましたけど。そういうのって運とか、色々ありますし」


「でも薫が頑張った事実は変わらない。負けず嫌いの良いところも見てやろうぜ? じゃないと昔の薫がかわいそうだろ」



 俺がそう言うと、薫は急に黙り込む。



「おい、薫?」


「あ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃったから」


「ビックリ?」


「はい。だって少し前の和平さんだったら『昔のかおるがかわいそう』なんて言わないと思ったから」


「そう、かな?」


「そうですよ。……男子三日会わざれば、ですね」



 どう言い返していいかわからず、俺も口を閉ざしてしまう。


 もし、俺が変われたというなら……それは紗々のおかげだろう。



「かおるもそうやってすぐ変われたらよかったのになぁ」


「変われるよ、少なくとも俺よりは変わろうと努力してるんだから」


「どうでしょう。だってかおる……いま和平さんに嫉妬してるんですよ?」


「えっ?」


「そんなすぐに変われていいな、うらやましいな、ズルいなって。……また妬んじゃってるんです」


「薫……」


「いつもそうやってくだらないことでも嫉妬して、周りを気まずくさせるんです。……ホント、みっともなくてヤになるなぁ」


 鼻をすすらせ、ため息をつく。


「だから、辞退します。こんなダメダメなかおるじゃ、きっと迷惑をかけるだけだから」



「……ひとつだけ、聞いてもいいか?」



 返事はなかった。

 それを勝手に承諾と受け取り、これまで聞いて来なかったことを聞く。



「声の仕事が、イヤになったわけじゃないんだな?」


「そんなの、決まってます。……子供の頃からの夢だったんですから」

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