2-11 権力の使い方
「もしもし……ホントに夢見降魔先生ですか?」
「どうもお久しぶりです、その節はご迷惑をおかけしました」
「いえ、急にご連絡いただいたので驚きました! ……そんなことより、お身体の方はもう大丈夫なんですか?」
「まだすべてが順調とは言えないんですが、その件でちょっとご連絡を」
「もちろんです! なんなりと」
相手のほうがだいぶ年上だというのに、俺みたいなガキ相手にかなり恭しい態度だ。やはり夢見降魔の威光はあなどれない。
「それで桑田局長……あっ、いまは役員でしたっけ?」
「はい、僭越ながら昨年に本社から執行役員を拝命しまして」
「それはすごい、実質の出版部門のトップじゃないですか」
「いえいえ、これも夢見先生のマンガを取り扱わせていただいたからですよ」
「献身的になってくれた白鳥や桑田さんのおかげです! ……まあ少しは俺の才能もあるかなぁ、なんて言ってみちゃったり?」
「ははは! ……しかし夢見先生、昔に比べてだいぶ明るくなられましたね?」
「あ、あっ!? え、え~と、そうですね……事故に遭って頭痛を痛めたかな~なんて……」
マズイマズイ。
相手が下手に出るもんだから少し調子に乗ってしまった。
俺はコホンと咳払いをして、本題に入る。
「それで桑田さんに、相談というのは……DSのことなんですが」
「はい!! 夢見先生の作品ですね、そちらがいかが致しましたでしょうか!?」
DSと聞くなりものすごいテンションの上がりようだ。
だが俺がこれから伝えるのは相手の期待する真逆の言葉だ。
「もう三年も休載になってしまったのと、ケガをしてからの環境の変化もあって……正式に打ち切りの告知を出して欲しいんです」
「え、ぃええええぇっ!?」
椅子からずっこけたかのような激しい物音が聞こえる。
「夢見先生、お待ちください! 別に無理にそんな告知を出される必要ないんですよ!? 辞めた後にまた筆を取られるマンガ家もたくさんいらっしゃいます! 先生はまだじゅ~~ぶんにお若い! 自分の人生を見直される機会もたくさんあるでしょうし、その時のことを考えれば告知する意味もありません! 十回以上休載宣言をしたマンガ家もおりますし、別にお名前を残す分には……」
「あ~それだとマズいんです。専属契約が残ったままになるじゃないですか?」
俺がそう言うと、今度は長い――長い沈黙が訪れる。
「せ、先生……えっと、それはどういうことで。専属契約が支障になるってことは……ま、まさか他社でマンガをお書きになるとか、そういうことじゃ!?」
「いえ、違いますよ」
「……はあっ、そうなんですね。でもなぜいきなりそんなことを?」
「他社にゲームシナリオを提供することになったからです」
「なるほど、ゲームを……って、ギィェェェェェムゥッ!?」
またドシンドシンと物音が聞こえる、ワンチャン死んでるのではなかろうか?
「ああっ、先生っ、いけません、いけませんぞぉぉっ! マンガはいくらでも読んでも構いませんが、ゲームは一日一時間! 破った人は香○県に強制送致され、死ぬまで同じパブコメを書かされてしまいますぞぉぉっ!?」
「大丈夫ですよ、御社もゲーム作ってるじゃないですか」
「はあ~、なるほどですね~☆」
今度は現実逃避のあまり、適当な敬語を使う事務員になり始めた。
「それにそのゲーム、以前は白鳥も出資していたゲームなんですよ? その出資を一方的に断ち切ったのは白鳥です」
すると電話口がふっと静かになる。
そしてまた長い――長い沈黙を経て、
「……詳しく、お伺い出来ますか?」
と、傾聴の姿勢になった。
そこで俺は白鳥に打ち切られ、制作凍結になったゲームの話を打ち明ける。
「でも俺はどうしてもそのゲームを世に出したい、そこで個人出資でそのゲームをリリースすることになったんです」
「なんだ、先生。そうならそうと仰ってくださいよ~」
桑田さんは手をさする
「それなら私が話を通しておきますよ。ゲーム部門のほうには根回しして、再出資の話を取りつけておきますから」
「いえ、先方の資金と私の出資で十分足りますから」
「まあまあそう言わずに、そのほうがクオリティも上がりますし、先生の作品を広めるには我が社を通したほうがよろしいかと……」
電話は商談になっていた。
白鳥が放っておいても、ゲームは俺たちが勝手に販売し始める。
であれば一度は凍結されたとはいえ、白鳥だっていくらか絡みたい。
しかも三年前とは降魔のブランド力が違う。
いまもアニメは再放送され、二次創作が途絶えることはなく、いまも書店からDSがなくなることはない。
ここで幻の作家、夢見降魔のゲームシナリオが出れば飛ぶように売れるのは間違いない。
だからこそ――俺はここで手を返す。
「お断りします」
「……ほえっ?」
萌えキャラのような声が返ってきた。
「もう白鳥の手は借りないと決めたんです」
「せ、せ、先生なにを仰いますのやら……ほ、ほら! 白鳥と先生は二人三脚でやってきたじゃないですか」
「安心してくださいよ。ゲームには白鳥所属の声優をひとり借りますから。……あ、もうすぐ退社予定か」
「ちょちょちょいぃ、ちょいぃぃ……その話を詳しくゥ!?」
よし、ちゃんと食いついて来た。
「ほら、あるでしょ。白鳥でブイチューバーの運営をしてるホライゾンってとこ」
「ありましたねえ、そんなとこ」
「なんでも人気ライバーの演者を、白鳥上役の知人と差し替えるらしいですよ。そこのプロデューサーはどんな便宜を図ってもらえるかは知りませんが」
「……へえ、そんなことが」
桑田さんが憮然とした声を出す。
余所でそんな裏取引が行われていることに呆れている。そんなところだろうか。
「しかし元の演者は自分の持ちキャラを心底愛してましてね。彼女は今後の声優活動すべてを、にこたまブルームの名前で行う心づもりさえあったんです。でも役を降ろされるなら仕方ありません、個人名で活動するしかないでしょう」
にこたまブルームの名前はホライゾンに知的財産がある、個人では使えない。
だが声優がホライゾンの中にいるのであれば問題ない。
「その声優がホライゾンをやめようと、やめなかろうとゲームの主演としては起用します。でも残念ですね。そのコがブルームを続けられるなら、主演声優には白鳥のブイチューバー名が載るところだったのに」
「……なるほど、そういうことですね」
ブイチューバーとして圧倒的人気を誇るブルーム。
そのブルームが夢見降魔のストーリーで、ゲームの主演を張る。
業界全体を巻き込む一大ニュースになるだろう。
「声優がライバーをクビにされる話は制作会社も知っていて、演者にはかなり同情的です。以前出資の打ち切られたことで元々、白鳥にはあまり心証が良くありません」
白鳥以外のところから夢見降魔のゲームが出る。
白鳥で名を上げた声優が、白鳥と無関係の場所で活躍する。
本当であればこの宝船に白鳥が乗れるのは当たり前だ。
だが姑息な悪知恵を働かせた馬鹿のせいで、その案件はみすみす余所へ流れそうになっている……
それらを踏まえて、俺はゆっくりと白鳥の大幹部へと問いかける。
「ねえ、桑田さん」
勝利を確信しつつ、訊ねる。
「……これくらい、なんとかなりますよね?」
「はい、お安い御用です」
その返事を聞き、俺は通話を切った。
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