メンヘラ巨乳先輩、恋愛レースに参戦。

碧先輩が、クールなキャラクターになった理由。


それは、元々感情の起伏が大きかったから、抑えるために、あえてそうしているんだそうだ。


今では全く、面影すら感じないけれど……。


「野並のことが、好きなの」


密着されたまま……。はっきりとした口調で、そう言われた。


この距離で、この発音で、それでも難聴主人公のごとく、「え?なんだって?」と言うことができれば、どれだけ良かったのだろう。


俺は一般人だ。こんな美少女の告白を、聞き逃すことができるわけがない。


「……本気ですか?」

「むしろ、今まで気が付かなかったのが不思議」


まりあさんや、美々子さんの好意は、ストレートだった分、すぐに気が付いた。


けど、碧先輩の場合、やっぱりあの出来事が頭に大きく残っているから、ちょっとからかわれることがあっても、なんとなく受け流してしまっている部分があったのだ。


きっと、先輩は寂しいだけなんだろうとか。ちょっと辛いだけなんだろうとか。


単なるガス抜きとして、ああいう迫り方をされていたのだと。


でも、違った。


「でも、知ってる。野並は誰も好きにならない」

「え?」

「相手がどれだけ美少女でも、男性的な興奮はしても、好意に発展することはない」

「……なんでそんなことが」

「お母さんのことがあるから」

「……」


碧先輩が、俺の体から離れた。


気が付くと、お互い汗だくで、ひんやり素材のパジャマとは、一体なんだったのかという感想。


一旦離れた碧先輩は、俺が起き上がるのを待ってから、体に寄りかかってきた。じんわりとした熱さが、碧先輩から伝わってくる。


「確かにそれはあるかもしれません。でも、今までと違うのは……。本気で好意を向けてくれている人がいるっていうことです」


自分で言うのも恥ずかしいけど……。


「まりあさんも、美々子さんも……。多分、もし仮に恋人同士になって、そのまま関係が進んでいっても、酷い裏切り方をされることはないと思います」

「そう思いたいだけじゃなくて?」

「……随分棘のある言い方をしますね」

「だって、彼女たちは、ライバルだから」


もう、碧先輩は、好意を伝えてしまったから。


この戦いに、加わらざるを得ない。そう言いたいのだろう。


「それなら、俺も先に言わせてください」

「やめて」

「言わせてください」

「ダメ」


碧先輩に、口を無理やり塞がれてしまった。汗ばんだ手の匂いが、思考を鈍らせていく。いや、単に酸素が薄いだけだ……。しっかりしろ。俺。


「その続きを言ったら、私は野並に――。傷をつけるから」


……本気の目だった。


「二人と一緒だと思わないで。私は、私のことしか考えてない。私の幸せのために野並が欲しいだけ。だから好きなの。心の底からね」

「……」

「ごめん。話せないよね」

「……っはぁ」

「メンヘラだと思ってる?」


俺は首を横に振った。


……メンヘラというより、もはやヤンデレなのでは?


「安心して。今まで通り小説に関しては、ちゃんと師弟関係を続ける。そこはお互い仕事だから。私情は挟まない」

「ありがとうございます……」

「ただし」

「はい」

「それは、学校だけの話にする。私と小説の話がしたいなら、絶対に登校すること」

「……なるほどですね」


言い換えると、この家に来るときは、またこういうシチュエーションになることを覚悟しておけという話だ。


……怖すぎる。なんて恐ろしい先輩になってしまったんだろう。


「それともう一つ。美々子さんや、徳重まりあの件に関しては、私も協力する」

「碧先輩が?」

「だって、そっちが解決しないと、前みたいに学校に来られないから」

「……一応、二人の中では、俺の小説の時間を、できるだけ確保するように、改善してくれることを考えてるみたいですけどね」

「信用できない。それに、もし仮に全てが解決したときは、本当に私が野並を独占できる。そうでしょ?」

「それは……」


そうです。


とも、


それはないです。


とも言えない。きっとどちらの回答もバットコミュニケーションだ。だからここは、小さく息を吐いて誤魔化しておく。


「美々子さんの件は、お姉ちゃんを手伝うことにする。元カレなら、お姉ちゃんを餌にすれば、どうせホイホイ姿を現すから。徳重まりあは……。こっちは難しい。手伝うことによって、二人の恋愛の手助けにもなってしまうから」


碧先輩が、あごに手を当てて、考えるような仕草をした。こうしてみると、本当に凛としていて、文学少女って感じなんだけどな……。


そんな俺の思いも虚しく、碧先輩の口角が、不気味にニュイっと上がった。


「まぁそこは、追々で。ほら、ベッドに戻ろう?」

「……結局、一緒に寝る流れは変わらないんですか?」

「嫌だったらいいよ。動けないようにするだけだから」

「勘弁してくださいよ……」


俺は観念したように、ベッドへ横になった。碧先輩は、横に来るかと思ったのに、なぜかそのまま、さっきのように、上に乗っかってきた。


「ちょっと。なんで上に」

「野並が寝るまでは、寝顔を見ててあげる」

「寝れないですよ。こんなんで……」

「じゃあ寝なくていいよ。明日は日曜日だから、学校も休みだし。まぁどうせ野並は、美々子さんのところへ行くんだろうけど」

「だって……。神沢さんの彼氏の件がありますから」

「そんなこと言って、美々子さんのことが心配なんでしょ?」


図星だった。


あんな風に怒る美々子さんを見たのは、初めてだったのだ。


もちろん、関わっている時間が短いから、というのもあるだろうけど。


「いいよ。私がお姉ちゃんと協力してる間に、美々子さんとイチャイチャしたら?」

「イチャイチャするわけじゃ……」

「野並は優しいけど……。誰にでも平等に優しくすることは、逆に不平等だってことも、忘れないでね?」


……どういう意味だろう。


「わからない、か。いいよ。今は私のことだけ考えればいい。ほら、リラックスして?」

「あ……」


碧先輩が、頭を撫でてきた。


まるで、赤子を寝かしつけるような、優しい手つき。


「おやすみなさい。野並桜くん……」


先輩の優しいささやきに導かれるようにして、俺は眠りについた。

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