同棲の真相と、先輩の小さな手
「いきなりだが、俺の正体は、芸能事務所の社長だ」
電話に出るなり、親父は開口一番、そんなことを言い出した。
今までなら、そんなわけあるかよ。と、一蹴していたが、いきなり家に美少女がやって来たことを考えるに、多分本当だろう。
「でも親父、そんな素振り一度も……」
「よく考えてみろ。社長って言われて、顔が思い浮かぶ奴が何人いる?悪さでもしない限り、顔や名前なんて知られないのさ」
「確かに……」
主に、社長の顔を見る時って、謝罪会見とかが多い気がするもんな……。
「わかった。それは受け入れる。でも、じゃあどうして、あの三人を家に送り込んできたんだ?」
「一つは、週刊誌を倒すため」
「週刊誌を?」
「一人ずつ説明しよう。まず、徳重まりあは、俺と懇意にさせてもらっている事務所の期待のエースだ。そこまで大きな事務所じゃなくてだな。あることないこと書かれて、潰されたら悔やんでも悔やみきれない」
「なるほど……」
確かに、空君の広告にも、期待の新人女優とか書かれていたような気がする。その前から、CMなんかでも俺はちょくちょく見かけていたけど、本当に全国区になったのは、空君がきっかけであることも確かだ。
「次に、相生美々子。彼女は現役大学生ヴァイオリニストだが、知っての通り、キャラクターを作っている。これまた俺の懇意にしている事務所に所属していてだな……。プライベートを守ることができる空間が必要ってわけだ」
「うん……」
俺個人としては、普段の美々子さんも良いと思っているけど、ヴァイオリニストのイメージとしては、確かに微妙かもしれない。
「最後に、鳴子メイ。彼女は原石だ。近い将来きっとトップアイドルになる。小さな小さな事務所だが、これまた俺の懇意に」
「それはもういい」
「えぇ~。久しぶりだしちゃんと喋ろうよ~父さん寂しいよ~」
「三日前に喋ったばっかりだろうが」
「厳密には二日前な?アレ、日付回ってたから」
「細かいことはいいんだよ」
「で、だな。駆け出しアイドルに変な輩が付きまとわないように、今回メンバーに加えたってわけだ」
三人のそれぞれ置かれている状況は、とりあえず理解した。
「で、週刊誌を倒すってのは?」
「やつらはあることないこと書いて、人の人生を踏みにじることしか考えてない。ろくな死に方しねぇだろうよ」
「いや、親父の個人的な恨みはいいから」
「だって!女優やアイドルが、ちょっと男性と飲みに行っただけで、ぼろくそ叩くんだぞ!?いいだろうが食事くらい!くそぅ!」
「うるさいな……。ほら、話しの続き」
「すまんすまん……。で、うちの家って、まぁまぁ金持ちなんだよ。だから、その周りには、結構融通が効くというか……。簡単に言えば、週刊誌の記者共が、入れないような仕組みになっているわけだ」
「へぇ……」
「というか、冷静になって考えてみろ?男一人で住んでる家に、トップ女優と美少女現役大学生ヴァイオリニストと、美少女駆け出しアイドルが集まってるんだ。いいネタになるだろ?それなのに、記者が一人もやってこない。それはつまり、そういうことだ」
言われてみると、納得がいく。閑静な住宅街で、トラブルも起きたことが無いし、モラルの高い人が住んでる地域だなぁなんて思っていたけど……。
「……でも親父。そんな大事にされてる三人と、思春期の高校二年生男子が同棲してるってのは、むしろマイナスなんじゃないか?」
「別に、真実の恋愛をする分には構わんだろう。と、いうかお前、色々覚えてないのか?」
「色々?」
「……あ、なるほどな。これ、黙ってた方が面白そうだわ」
「は?」
「何でもないぞ~い!んじゃ!明日からも美少女との同棲生活、エンジョイしてくれよな!」
「ちょ、おい!親父!」
……切れてしまった。
全く。いつもいつも、説明不足というか、俺をからかって遊んでるというか。
でも、これで、三人がうちにやってきた理由は、はっきりしたな。
けど、三人とも、俺に対して色々積極的なのは、やっぱりよくないことのような……。
多分、普段異性との関わりを制限されていたり、されていなくても噂が立つのが嫌で遠ざけていたりするせいで、俺という何でもないただの男にも、多少興味が湧いてしまっているだけだ。
「野並」
「わっわあぁ!」
いきなり後ろから声をかけられて、夜中だというのに、まぁまぁデカい声を出してしまった。
「せ、先輩……。脅かさないでください」
「ごめん」
「どうしたんですか?」
「……大事な話」
「……随分急ですね」
「みんなが寝るタイミングを狙ってた」
碧先輩は、寝たフリをしていたのか……。
「大事な話、とは?」
「うん。学校で言うと、冗談だと思われるだろうから、こういう、真剣だってわかってもらえるシチュエーションを選んだ」
「……と、言いますと」
「今日確かめてわかった。あの三人は、すごく魅力的」
「そうですね」
「……ただでさえ学校に来ない野並が、これ以上来なくなったら、私は退屈する」
「碧先輩……」
先輩が、控えめに、俺の手を握ってきた。
少し冷たくて、小さな手。
「それだけ言いたかった」
「そのためだけに、わざわざ泊まってくれたんですか?なんか申し訳ないな……」
「そのためだけじゃない。隙があれば、野並と寝て、たくさんからかうつもりだった」
「結局それですか……」
「野並」
「はい?」
「野並は、とても才能がある。絶対小説を書かなきゃいけない。だから、何度でも書いて、私に見せに来て」
「……はい」
先輩の言葉で、思わず泣きそうになってしまった。
けど、まだ何も成し遂げていないのに、泣くわけにはいかない。
「ちょっと俺、部屋に戻って、書きたいです。先輩、付き合ってくれますか?」
「……当たり前」
先輩は、にっこりとほほ笑むと、俺の手を握り直した。
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