第70話 航空エルフの運ぶ毒入り飯をわざと奪わせて反抗的なエルフの村を無力化しよう!

 三日後、ペコの村が農協シンジケートへの加入を正式に表明した。

 ――さて、全て思い通りになった訳だ。

 フィルに事務用書類棚の整理を丸投げした颯太そうたは、アヤヒとヌイが待つ教室の教壇に立っていた。


「という訳でペコの村も農協に入ってくれた。さらに山奥の村、比較的小王都に近く辺境伯とも交流があった村、を除けばこの地域の村はみんな農協シンジケートに加入した」

「ペコさんの村はどっちかと言うと小王都に近いもんね。陸路で農作物を運ぶなら抑えておきたいよね」

「ああ、上手くすれば流通の拠点にできるかもしれないな。今は難しいが」

「ヌイは“水晶の夜”の仕事で、ペコさんの村に行ったこともあります。この村よりも人口が多くて栄えていますし、流通の拠点というアイディアには丁度良いかと」


 ――おや、そうだったのか。じゃあなおのこと丁度良いな。

 颯太そうたは二人からの補足説明を聞いて笑みを浮かべた。


「ペコさんの村は、周囲を反農協シンジケートの村に囲まれていた。そのままでは満足に交易もできない。行商も入れない。これをどうにかすれば仲間になってくれるという話だった」


 そう言いながら颯太そうたは黒板に解決策と大きく書き込む。


「ここで問題です。先生はどうやってペコさんの村の要求を、三日もかけずに実現させたでしょう?」

「反対派の村の重要人物を暗殺したのでしょうか」

「ヌイちゃん物騒だよ。きっと颯太そうたのことだから、道を塞ぐ他の森人エルフを上手いこと言いくるめたに違いない」


 無論、どちらも違う。

 颯太そうたは二人の発言を黒板にメモしてから天井を指差した。


「正解は空です。大鴉ネヴァンで空から物流をはじめました」

「空!?」

「この前、私たちが乗ったタクシーですか?」

「そうです。村を封鎖しているならその封鎖を上から飛び越えれば良い」


 我が意を得たりと颯太そうたは頷いた。


「それで小麦とか阿片とか送るの?」

「今回は取り急ぎ支援物資として買い付けた小麦を小麦粉にしてから送りました。冬が本格的になったらドワーフの技術者が作った炭も送るつもりです」

「炭?」

「魔法無しで火がつく便利な道具ですよ。とても暖かいです」

「へえ……そんなものが。精霊エレメント使えば一発なのに」

「精霊魔法を使えるこちらの戦力を少しでも温存する為だよ」

「成程?」


 その時、ヌイが手を挙げる。


「ですが先生、封鎖している他の村の森人エルフに狙われませんか? 燃料や食料を満載している敵の輸送部隊なんて、格好の獲物です」

「それも含めてですよ。大鴉ネヴァンの騎手には二人一組、そして二羽一組で行動してもらいます。そして危険だと思ったら荷物を捨てて逃げるように言っています」


 厳密にはカラス運送から一人、エルフの村から一人の二人一組だ。

 大鴉ネヴァンに乗ったエルフは自衛の為に弓矢を携帯している。エルフの大鴉騎手ネヴァンライダーだ。

 ――上手く村人を騎兵として訓練できれば、武力面でも俺の村が優位に立つ。

 ――今後、村が襲われた時に備えて力を蓄えておかないとな。

 物騒すぎて言えないが、そんな事も考えていた。


「今後のエルフ村の皆さんの職業訓練も兼ねてる訳ですね。大鴉ネヴァンに乗っていれば、村の皆さんが襲われてもある程度有利な状況で自衛できますし」

「それでも封鎖をしている森人エルフに襲われたらやっぱり損じゃないか」


 颯太そうたはニッコリと笑う。


「荷物の一部に。どれが毒かは荷物を運んでいる二人にしか分かりません。奪ったエルフの村は大変面倒なことになるでしょうね」


 アヤヒとヌイが『こいつ、マジか』と言わんばかりの表情をする。


「ソウタ、その、それ……」

「毒殺ですね……!?」

「殺すつもりはないよ。けど食べ過ぎたら死ぬし、子供に食べさせても死ぬかもなあ。まあともかく具合は悪くなるかもしれないし、ならないかもしれない。封鎖する奴らは森人エルフは狩りの感覚だし、もしかしたら毒じゃないかもしれないし、死なないかもしれないからな」


 蛮族エルフ心理を理解した上で仕掛ける陰湿な嫌がらせである。

 ――勿論、どんどん落とす荷物の毒の割合も強さも上げていく。

 ――毒でも死ぬほどじゃないと思った頃にはもう遅い。

 颯太そうたは、現実の感染症流行におけるウイルスの変異パターンを参考にしていた。すなわち、流行からの毒性強化だ。


「え、そんな理由で毒かもしれないものを持って帰るんですか!?」

「獲物を放置して帰るのも勿体ないもんね。いやらしいこと考えるなあ人間は」

「アヤヒさんそれ本気?」

「うん」


 アヤヒは不思議そうな表情を浮かべた。ヌイはがっくりと項垂れた。


「私に森人エルフはわからない……」

「ヌイちゃんは傭兵団の生活でピリピリしてるだけだよ。当たり前だよ」

「そうですかぁ……?」


 ――それだからエルフは人間に駆逐されたんだぞ。

 颯太そうたは何も言わないことにした。彼は差別的な人間主義者ヒューマニストではない。むしろ政治的中立を重んじる人間ヒューマンだ。故に差別的発言エルフスピーチをするつもりはない。


「ともかくだ。この食料の少ない冬場の時期にそんなくだらない追いかけっこをやっていれば、封鎖側が勝手に消耗していきます。その間、農協シンジケートの村の阿片を王都周辺で売りさばいたり、家畜のやり取りをしたり、地道に頑張っていきましょう」


 そこで勢いよくアヤヒが手をあげる。


「はい質問! 封鎖解除されてない気がします!」

「だって空路握ってるなら解除する必要無いでしょ」

「ああっ!?」


 アヤヒが悲鳴を上げる。ヌイはポンと手を打った。


「分かりましたよ先生。それ、途中から毒の入った荷物の割合を増やして、わざと奪われる荷物も作るつもりですね」


 颯太そうたが考えていたもののあえて言っていなかった戦術を、ヌイはあっさりと看破した。


「え? なんで!? ヌイちゃんこわっ、なんで!?」

「正解です」

「ソウタも怖い! 人間こわ……」


 それを聞いてヌイはにわかにやる気に満ちた顔になった。


「皆殺しにするんですね!」

「殺さないよ! 殺さない為にやってるの!」

「殺さないんですか……」

「人間怖いよ! 陰湿だよー!」


 実はこの陰湿な手法は、サンジェルマンが農協シンジケートに仕掛けた作戦の応用だ。


「最初に美味しい獲物を落としてそれを使わせます。その間も封鎖を続ける側は消耗が続きますね。辺境伯が引き取ってくれないと阿片の換金が大変ですから。そんな時、です」

「相手が毒の中から安全な食事を選り分けるようになってから、全部毒の食料を掴ませる訳ですね。戦争っぽくなってきました」

「ペコさんの村を封鎖した他の森人エルフの村は……」

「全滅するか農協シンジケートに頭を下げに来るか、二択だな。私達が盗んだ毒入りの小麦粉を毒の入っていないものと交換してくださいって謝ったら許してあげる予定です」


 ――いい先生になってくれたよ、サンジェルマン。

 サンジェルマンがフィルを使って颯太そうたを嵌めようとしてた時の手法を、食料を使って行うというのが狙いだ。


「戦争っぽいっていうか、戦争だよそれ!」

「そうか? どのあたりが?」

「辺境伯の死亡に伴うこの地域の経済的危機と、先生の小王都進出によるさらなる事業開拓と、封鎖を続ける為に農協シンジケート反対派の森人エルフが被る負担を考えれば、これは立派な経済戦争でしょソウタ!」


 アヤヒの分析は颯太そうたの考えとほぼ一致していた。

 ――よくできました。


「ところでアヤヒ、お前と同じくらいの速度でそれを理解できるエルフはどれだけ居る? お前がそれを言ってもどれくらいのエルフが対策に動く? お前が村長で、こういう作戦を仕掛けられたらどうする?」

「分からない。ただみんなは理解できないし動けないと思う……馬鹿だから。それがなおのこと陰湿だよ……」


 颯太そうたは頷く。


「こっちが使う分には死人も少なくて済むし、直接戦争した訳でもないからな。正面切って殺し合うよりは遙かに穏便に済む。悪趣味だけどな」

「暗殺だと報復もありますからね。この方法ならば我々は荷物を盗まれただけの被害者です。盗んだ側に温情深く手を差し伸べるという体裁もできます」

「そうだ」


 ――体裁、それだよ。

 サンジェルマンが軽視したものだ。

 ――結果的に良いタイミングで仕掛けてくれたものだ。

 ――マリエルさんが本格的に協力してくれるきっかけにもなったしな。

 颯太そうたは少しだけ、あの迷惑な男に感謝したい気分になった。


「うまくすれば誰も殺さずに、誰も殺されずに、封鎖に加担したエルフたちを敗北させることができる。俺はそうなれば良いと思っている。俺はその為に行動する。お前たちは勿論、村の皆、農協シンジケートの参加者、俺は彼らを守る責任がある」

「……ソウタ、でもこれ、悪いことだよね」

「そうだ。お前たちがもっと良い方法を考えてくれ。これは宿題だ。頼んだぞ」


 結局、春が来るまでに、旧辺境伯領のエルフたちは、残らず農協シンジケートに加入することになった。


 死人はゼロで済んだ。

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