第25話 俺がプロデュースした麻薬村が収穫祭の夜に火の海になるなんて①

 役人が帰ってから一週間。

 その日、収穫作業の手伝いをしていた颯太そうたはアッサムの家に呼び出されていた。


「笑っちまうほど上手くいったよ」


 アッサムは手紙を差し出す。颯太そうたには日本語の文章にしか見えないが、確かにモルヒネを無心している。抽出精製したモルヒネについて、なにやら薬としての効能を熱っぽく語っているが、要するにもっと欲しいということだ。


「欲しがらせて、引き換えに徴収を甘くしてもらうと」

「ああ、何に使うのかは分からんがね。それにあの石鹸も向こうじゃ物好きの間で好評だって言うしよ。まあ遠からず噂を聞いた辺境伯が動くだろ」

「それは何よりですが……」

「なんだ? 心配事か?」

「いや、その、すんなりと上手く行ってしまったので少し驚いているというか」

「心配ならば心配しておけ。心配をしてしすぎるなんてこたぁない」

「……なんでしょうね。嫌な予感がして」


 ――俺は何が不安なのか。

 ――まずはこの村に貯蓄をする余裕ができる。それに麻薬以外の現金収入だって手に入るかもしれない。

 颯太そうたは一つ一つ可能性を洗っていく。

 ――村への麻薬の蔓延、違う。そこまでこの村のエルフは愚かではない。

 ――辺境伯からの強権的な介入、違う。金の成る木を刈る馬鹿がいるか。

 ――俺の技術を狙う“水晶の夜”からの工作、違う。だったらもうとっくに始まっている。

 ――なんだ? 俺は何が不安なんだ。


「ただ、まあ、あれだぞソウタ。考え込んで何もできなくなるくらいなら、酒でも飲んでゆっくり寝ろ」

「……ですね」

「村の将来なんていくら考えても分からねえからな。幸い今日は村の収穫祭だ。お前は頭が回りすぎる。たまには馬鹿になって楽しめ。もうここはお前の村なんだからよ」

「あ……今日でしたっけ?」

「おうよ。で、来年は小麦の畑を増やそう。それを近くの鉱山の丘人ドワーフどもに売っぱらえばもっと金が入る。もう少し貯蓄が増える。素晴らしい話じゃないか。夢がある。お前次第なんだ。だから今日くらいは良い気分になれ、な?」

「ありがとうございます……村長。少し休みます」


 窓の外では明日以降に収穫予定の芥子坊主けしぼうずを残した畑が風に揺れていた。


     *


 三時間後、颯太そうたは筋肉痛にふるえていた。


「両足と右と左の腕が痛い! 何が祭りだ休ませてくれ!」


 収穫祭と共に開始された強制参加イベント“ワーム踊り”。これは村人たちの間で代々続く伝統の踊りであり、曲が聞こえてくると老若男女を問わずに踊り続けなければならないとされる奇習である。人間の颯太そうたも村の一員である以上、例外ではない。


「ソウタ、ワーム踊りはのど自慢大会のあとにまだ二十セットくらいあるぞ」

「ソウタさん、ここ最近収穫が続いていたから疲れてるのよ。男の人が十セットのワーム踊りで疲れる訳がないわ」


 ――ダンス蛮族エルフどもめ……!

 颯太そうたは返事ができないほど息が上がっていた。アッパーなリズムに乗って結構足を上げるので太ももとふくらはぎに負荷がかかるのだ。


「けど疲れる程収穫ができてよかったね。ソウタのお陰だよ。去年は不作だったからお祭りどころじゃなかったもの」


 村の広場には百人ほどのエルフが集まっていた。病気などで寝ているものや赤ん坊の子守をしているものを除けば、これがこの村に居るほぼ全てだ。


「ソウタさん、お酒飲みます? 冷えてますよ」


 颯太そうたは震える腕でさかずきを受け取り、中身を勢いよくあおった。中の飲み物はよく冷えており、汗をかいて熱くなった身体によく染みた。


「甘くて少しシュワシュワする……それに小さい氷が浮かんでてのどごしが良いな」

「私が作ったんだよ。ハーブを浮かべて、まだ熟していないカモスの実を樽の中でちょっとだけ寝かせて、それから凍らせたの」

「アヤヒが? そりゃすごいな」

「小さい氷を沢山浮かべるのは私のオリジナルなんだ。ほら、最初にジエチルエーテルとか硫酸とか作ってた時に温度の調節を散々やらされただろ? 面白いと思って自分でも試してみたんだ。ソウタは仕事で忙しいから知らないみたいだけど、村で流行ってるんだよ」


 ――ある意味正しい化学の使い方だな。

 さかずきの中の薄紫色の液体が心地よい冷気と甘い香りを放ってる。我慢できずに一気に飲み干してしまう。


「偉いぞアヤヒ。とても偉い。俺は助かった……マジで」

「えへへ、あんまり褒めないでくれ……照れる」

「アヤヒったら、ソウタさんにすっかり懐いちゃってまあ。最初の頃はあんなに態度が悪かったのに」

「い、良いだろ母様。別に悪い人じゃなかった訳だし、うん」


 その時、遠くからアヤヒを呼ぶ声がした。アヤヒと同い年くらいの少女がソウタたちの座っているテーブルに向けて手を振っていた。


「あ、ごめん! 今いくよ、シレット! 今すぐ行く!」


 アヤヒは大きな声で叫んで立ち上がる。


「何処に行くんだ?」

「うふふ、のど自慢大会! 普段は家畜の誘導くらいにしかつかわないけど、今日は……ちゃんと聞いててね。ごめん二人とも、私行くね!」


 アヤヒは友達を追ってトコトコと駆けていった。

 その背中をしばらく眺めてから、残された二人は顔を見合わせて笑った。

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