現実c-6
風呂から上がり、食卓に着くと母さんがローストビーフを薄切りにしている最中だった。残念ながらソースは既製品だったがそこまで手が回らなかったのだろう。
「お赤飯炊こうと思ったんだけど、ローストビーフには合わないでしょ。それに達哉はお肉の方が好きだしね」
この親はどこまで勘違いしてるのだろう。もう誤解を解く気も失せてきた。まあ、好物にありつけるのは有難いが。父さんは真剣な眼差しでこちらを見ながら、
「そうか、達哉が生まれて15年、遂にこの日が来たか……」
父さんまで勝手に誤解をしている。こちらが何と言って誤解を解こうか考えていると、美弥子が矢継ぎ早に質問してくる。
「あにぃ、どこで知り合ったの?」
「コクったのはどっちから?」
「どこまで関係進んだの?」
「ねぇねぇあにぃ教えてよ!」
もう話す気も失せた。黙って夕飯を食べていると、父さんが、
「美弥子、いい加減にするんだ。話してばかりいないで早く食べなさい」
と普段、寡黙な父さんが意外にも美弥子を叱りつけた。俺にとってはありがたいことだ。殆ど怒られたことが無い為か、美弥子はしつこい追求をやめ、黙々と夕飯を食べ始めた。後はこちらを少女のような目で見ている母さんだが、一言で黙らせることができるだろう。
「俺、特に言うこと何にも無いから」
「ふぅ~ん、仕方ないわね。難しいお年頃なのかしら。でもそのうち紹介してくれるって母さん信じてるからね」
どうやら逆効果だったようだ。誤解が加速している気がする。すると不意に父さんが口を開き、
「母さんも美弥子も片付けが終わったら席を外しなさい。父さんは少し達哉と話があるからな」
なんだと? こんな時に父さんと2人で話とは嫌な予感しかしない。
「わかりましたよ~、ごちそうさまでした~。でもあにぃ、後で詳しく教えてね」
「いいけど本当に何も無いぞ。後、今夜からノートパソコンは貸さないからな」
こちらもせめてもの反撃はしておく、しかし帰ってきたのは意外な答えだった。
「別にかまわないよ~。アーマゲドンオンラインは今夜からスマホ版解禁だし」
なんだって? そんなことならノリか悠紀夫辺りから連絡が来そうだが。そこでようやくメッセージを見忘れたことに気付いた。
「いつからそんなサービス始まるんだよ」
「今日の夕方から2つ目の封印解除記念でサプライズで発表があったんだよ。あにぃが色ボケしてる間に世の中は進み続けてんのよ。あ~あ、【セブンスサイン】のライブイベント行きたかったなぁ」
「なんだよセブンスサインって」
「ええぇ~、あにぃそんなことも知らないの? アーマゲドンオンラインの公式サークルで大きいイベントにはライブハウスで大々的に告知するんだよ。あにぃおっくれてるぅ~」
そういえば、駅前の掲示板にそんなポスターが張ってあった気がする。最近、六芒星(ろくぼうせい)を見かけたのはそれだったのか。美弥子がはしゃいでいると父さんがピシャリと、
「ゲームは程々にしなさい、それと最近よく聞く課金などしたら、即刻スマホを停止するからな」
「大丈夫ですよ~。アーマゲドンオンラインは課金要素無いし」
「どっちにしろ歯を磨いて早く部屋に帰りなさい」
父さんに言われ、洗面所に美弥子が向かうと、母さんは数枚の薄切り肉を残して片付けを始めていた。父さんの視線は俺から外れない、居心地の悪さに席を立とうとすると、父さんは、
「少し話しがあると言っただろう。母さんが洗い物終わるまで待ちなさい」
なんだか針のむしろに座らされているようだ。母さんは洗い物を終えると、
「たまの男同士の語らいを邪魔しちゃ悪いわね。残ったお肉は2人で食べちゃって。お皿はシンクに入れて水に漬けておいてね」
というとリビングから離れていった。父さんとの無言の時間が流れる。とにかく気まずい。何か言うべきだろうか? アレは誤解だと説明すべきか? しかし沈黙を破ったのは父さんからだった。
「達哉、お前も彼女が出来て浮かれる気分は解る。母さんや美弥子に冷たいのも気恥ずかしさからだろう。父さんにもそんなころはあった。今は話したい時期じゃないんだろう……」
……いけない、1番誤解してるのは父さんだ。この時になってようやく気付いた。父さんの眼光は今さら誤解でしたと言う雰囲気を作らせない。どうしたらいいんだと悩んでいると、父さんはスッと1万円札を俺に差し出した。突然の小遣いにしては額が大きい気がする。
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