夢b-10

「おらっ、祝杯だ隣でコイツを一杯やんな。すまないが後が閊えてるみたいなんでな。感動してるとこ悪いがちょっとどいてくれ」


 言われて後ろを振り返る。ニジエさんも報告があるのだ。ウェアウルフの爪を2本とも道具袋にしまうと、アップルジュースの入ったジョッキを持ち隣に移り、カウンターの中央を開ける。


「ニジエです。ハウンドの毛皮3枚の納品依頼失敗しました」

「ふむ、やはり駆け出しの魔術師1人にはきつかったか……まあ、初依頼で無傷で帰って来れりゃ問題無いさ。それにまだ日も高い、ここで一休みしてまた挑戦したらどうだい? せめて1枚くらいは手に入っただろう?」

「なんとか2枚は手に入りました。ですが帰り道タツヤさんに護衛してもらいましたし、途中で命を助けてもらいました。助けに入って貰えなかったら私、きっと死んでました。やはり依頼は失敗です」

「ん? なんで助けてもらったら失敗なんだ?」

「一番簡単な依頼も1人でこなせないようじゃ冒険者失格だからと判断したからです」


 随分自分に厳しいことだ。横目で見ていたが、思わず目が点になる。マスターがこちらに話を振る。


「タツヤ、お前依頼失敗しといて女の子助けてたのか? 中々余裕があるな……」

「すいません! いやハウンド3匹だったんでそれくらいはと思って……」

「あ、そう言えばタツヤさんこう言ってました。冒険者同士助け合わないとって」

「何、怒っちゃいねぇよ。一緒に帰ったってことはやはりちゃんと気づけていたか。嬢ちゃん、さっきコイツに言ってたこと聞いてたかい?」

「はい、しっかりと」

「なら答えは簡単だコイツと2人でもう一辺行ってきな」

「でもそれじゃあ依頼完遂にはならないんじゃ?」

「依頼に1人でやらなきゃ失敗とみなすなんて言って無いぞ。というか、魔術師は普通、前衛と組むもんだ。それに丁度ソイツは今、素寒貧だ。報酬の3分の1を取り分として雇うってのはどうだい?」

「スカンピンってなんですか?」

「要するに無一文、金が無いってことさ。そうだろ? タツヤ」


 マスターはニヤニヤしながらこちらを見る。


「ちょっと待ってくれよマスター、確かに装備を新調したばかりだけどなんで素寒貧なこと知ってるんだ?」

「お前が出て行った後、フィリップの奴が言ってたのさ。タツヤって奴がブレストプレート買って今、素寒貧な筈だってな」

「フィリップ? あ、もしかして……」

「お前まさか贔屓にしてる防具屋の店主の名前も知らないのか? レシステンシアのフィリップって言やここいらの冒険者で知らねえ奴はいねぇぞ」

「完璧に知らなかった……これからは覚えておこう」

「話じゃ随分サービスしてもらったらしいじゃねぇか、今度ラム酒の1本でも持って礼言いに行けよ」

「ああ、解ったよ。それにしても商人ギルドと冒険者ギルドの情報がこんなに早く回るとはな」

「まあ、目立つ買い物した後はな。向こうとしちゃ金の出どころを把握しておきたいし、こっちも盗品なんて使われてちゃ信頼に傷が入るからな」

「そんなこと疑われたのかよ!」

「今回はそうじゃねえよ、いい装備に買い換えたばかりのルーキーはムチャしたがるからな。そうならないように釘刺しに来たのさ。まあ今回のは結果オーライってとこかな……」

「そうだったのか、知らないうちにいろんな人に助けられていたんだな」


 本当に今回は学んでばっかだ。そして一体何人にありがとうと言えば解らない。そんな考えをしていると、ニジエさんが話に入って来たそうにしている。そう言えば彼女の依頼について話していたのだ。


「どうだろうニジエさん、今回は俺が協力するってのは?」

「本当にいいんですか? 私たいして戦力になりませんよ?」

「構わないよ。そのかわり報酬の3分の1は貰うからさ」

「ではその条件でお願いします」


 こうして交渉は成立した。そこにマスターが口を挟む。


「おい、組むのは構わねぇが最初に報酬の確認はしっかりしていけよ。3分の1だけじゃ正確にいくらかわからねぇだろ。臨時パーティーで2番に揉めるのは報酬なんだぜ」

「そうなんですね、ちなみに1番は?」

「……仲間が死んだ時、まだ同じパーティーで冒険を続けるかだな」

「それは確かに揉めそうですね……」

「まあ今回は3等分出来る額だから揉めねぇと思うがな」

「確か、ハウンドの毛皮3枚で60オーロですよね。ではタツヤさんには20オーロになりますがよろしいですか?」

「それで構わないよ。もうお昼も回ってるし、夕飯代と宿代くらいあればいいから」


 実は少し助かった。あんまり簡単な依頼は回して貰いづらいし、この時間から手に入る依頼は苦労の割りに実入りが少ない物が殆どだ。だからこそなるべく早い時間に依頼を受けにいくのだが。


「じゃあ、しばらく休ませてもらえますか? 集中力を回復させたいので」

「ああ、構わないよ。良ければ向こうのテーブルに行こうか?」


 流石にカウンター席を独占してはマズイだろう。マスターにはまだまだ仕事があるしな。


「そうですね、その前にマスターさん、私にマンダリーノのジュースを1杯お願いします」

「あいよ、コイツは初パーティー結成記念ってことでサービスしてやるぜ。それと嬢ちゃんマスターさんはやめてくれ。俺の名前はコリンだって今朝、登録を受けた時名乗ったばかりじゃないか」

「マスター、俺は初めて聞いた気がするんだけど……」

「ああ、俺は野郎には名乗らない主義でな」


 なんて無茶苦茶な理由だろう、まあ、女性の冒険者は数が少ないから気持ちは解らないでもないが。

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