第57話 増えていく秘密 side アルフレート

 あのクラウスの誕生日の翌朝以降、何とか平静を装っているがクラウスとまともに顔を合わせ辛い。

 貴族として感情を表に出さずにいられる様訓練して育てられた事にこれ程感謝した事は無い。


 後日、気付かれてないと思っていた俺の誕生日にクラウスとライナーが昼の休憩時間に祝ってくれた。

 しかも俺の好きなパティスリーのケーキまで用意してくれてあった。


 面映いという表現はこういう時に使うのだろうか、嬉しくてムズムズして落ち着かないが、とても心地良くて幸せを感じる。

 ケーキだけじゃくプレゼントにレターセットとペンまで準備してくれていた、途中でケヴィンと言う不快な名前が出てきたが些細な事だろう。 

 些細な事なんだ、うん。


 十二歳になり、自分の身体の変化が不安になる時がある、声が少し掠れた様に出しにくいので声変わりも始まった様だし体毛も少しずつ濃くなり、今まで生えてなかった場所に毛も生えてきた。

 クラウスの誕生日以降シャワー室を使い始め、俺の誕生日が過ぎた頃に耳打ちでコソコソとライナーに聞かれた。


「もしかしてシャワー室を使うのって毛が生えてきたから恥ずかしいの? それともクラウスと入ると下半身が反応しちゃうとか?」


 まさかライナーからそんな言葉を聞くとは思わず、しかも完全に否定できない事もあり赤面してしまった。

 コイツは見た目に反して結構ズバッと物事を言う。


「慣れてると言ってもクラウスの香りって罪だもんね~! それにクラウス自身も男臭くないから余計だよね。 溜め込むと夢精しちゃうからちゃんと抜かないとダメだよ? そういう意味では清浄魔法が使えるアルフレートが羨ましいよ」


 まさかの言葉の連続に言葉を失って口をパクパクさせてしまった。 

 この口振りから察するにライナーも精通済みの様だ。

 

 数日後にクラウスからライナーの誕生日に実家の商店にライナーには内緒で招かれてる事を聞いた、この前の意趣返しにブルームで男女共に使えるという香りのバス用品をプレゼントに選んだ。


 目を潤ませて喜んでくれてるライナーに罪悪感を覚えて思わず「男性向け」と言ってしまった。

 嘘ではないから許されるだろう。

 しかし、俺を赤面させた仕返しは別だ、お前もクラウスと共に罪な香りを振り撒くがいい。


 その時はそう思ったが、寮への帰り道で嬉しそうに抱き締める様にプレゼントを抱えて歩く姿に何とも言えない気持ちになった、これは俺の意図を分かってて無邪気に喜んでるフリなのか、それとも本当に純粋に喜んでくれているのか分からなくてなっている。

 以前保養地へ向かう時に兄達の事を腹黒いと評していた、最近のライナーの物言いを考えると実はコイツも腹黒いんじゃないかと邪推してしまう。


 ライナーの事はたとえ腹黒かったとしても嫌いではない、腹の探り合いをする時にはこういう人材は重宝するわけだし。

 決してライナーの誕生日に同室のゲルト先輩から受け継いだという淫らな女性の肖像画集を数日貸してくれたからとかじゃない。


 あの画集は美人で有名が故に肖像画が売られている貴族女性をモデルに髪や瞳の色を変えて描かれたものだと思う、何人か顔立ちに見覚えのある女性が描かれていた。

 作者は見つかったら処刑されても不思議ではない、勇気あるな。


 見覚えのある顔立ちの中にはブリジット様も混ざっていた、髪が本来のブラウンではなく赤になっていたので…とても似ていたんだ、クラウスに。

 これではいくらクラウスに頼まれても見せる訳にはいかないだろう。

 

 これからも部屋の後輩に引き継がれていくと問題が生じるクラウスに姿を重ねる奴が続出すると思いライナーに相談したら、「あのページでしょ? 大丈夫、別の本を引き継がせて、この本は僕がずっと管理する事にするよ」と良い黒い笑顔と答えが返って来た。


 ライナーの腹黒さはクロだな、処分するのではなくという辺り。

 いつか俺に無理な頼みをする時の切り札として持っている気がしてならない。


 冬休みに入って時々兄上達と鍛錬し、雪が降ると広間で素振り程度の軽い鍛錬しかできなくて張り合いがない。

 雪が少ない日は時々クラウスと会った。

 ただ、クラウスの家で会う時はルードルフも大抵一緒だったが。


 クラウスの叔父馬鹿っぷりは冬休み前から分かっていたが、実家で過ごす内に悪化した様だ。

 それはもうヘルトリング伯爵家の使用人も苦笑いする程に。


 クラウスは蕩けた笑顔で何度もルードルフにキスをする、どこかで見た光景だ…。

 あ、そうか、カール様のクラウスに対する扱いと同じなんだ。

 だから「将来的にクラウスみたいにいつまでも子供扱いしないで下さいって拒まれるんだろうな」と言ったら泣きそうな顔をしていた。


 年が明けて挨拶を兼ねて遊びに行ったら、いつもなら拒否しているはずの兄姉達からの子供扱いに対して抵抗もせず可愛がられていた。

 将来的にルードルフにこれが普通だと洗脳する為なのかもしれない、努力する方向が間違っていると忠告すべきか?

 しかしクラウスの兄姉達は喜んでいるからこれはこれで良いのかもしれない。


 冬休みが終わり騎士団寮に戻った、同室のアレクシス先輩に挨拶をしてお互い冬休みの間に仕入れた社交界の話など情報交換をして食堂へと向かう。

 見習いが帰寮した為の騎士団長の話が終わり、すぐに食事をしてしまおうと列に並ぶ。


 クラウスとライナーは席を取って待っている様だった、あの二人の同室の先輩達は過保護な程優しいからな。

 ライナーのあの画集をゲルト先輩が持っていたと聞いても、思わず聞き直した程そういう事に無縁だと思える優し気な先輩だし。


 もうすぐ順番というところでサミュエル先輩にヨシュア先輩がちょっかいを掛けているのが見えた。

 俺は獣人程耳は良くないので、食堂のざわめきに掻き消され二人の声は殆ど聞こえない。

 ただ、一部聞こえて来た言葉が「お子様がクラウス」「余計な事」と言い争う様な物言いだった。


 「お子様のクラウス」じゃなくて「お子様がクラウス」ってどういう事かと聞きに行きたかったが、俺が列を抜けてわざわざ声を掛けてしまうと注目を集めてしまうだろう。

 サミュエル先輩が怒る様なクラウスに関する事を話しているのにそんな事をすればクラウスが嫌な思いをするかもしれない。


 まぁ、ヨシュア先輩の事はサミュエル先輩が抑え込んでくれるだろうから心配しないくていいだろう。

 食事を済ませてアレクシス先輩と部屋でしばらく雑談をしてから一緒に大浴場へ行った。


 今まであのクラウスの誕生日の翌朝の件が尾を引いてずっとシャワー室を使っていたが、その理由はクラウスと一緒に風呂に入っても問題が起きないか不安だったのが大きい。

 だが冬休みの間に兄上達から俺への成長祝いとしてそういう画集と、閨指南として何度か娼館に連れて行かれ、一人での処理の仕方も教わった。


 その時に娼婦のいる娼館だけじゃなく男娼のいる娼館にも連れて行かれたので思わず連れてきてくれた兄上を問い質してしまった。

 騎士団に所属しているんだから知識はあった方がいいとの事なので、男娼相手では扱いを教わって最後までしてない。

 その気にもならなかったしな、お陰でクラウスと一緒に風呂に入る自信がついたと言っても過言ではないので結果的に良かったが。


 そんな時に一人で入っていた大浴場にクラウスが入って来た、そして今までシャワー室を使っていた理由を勘違いしていた事が分かった。


「俺に毛が生えてないからって気を使ってくれたんだろうけど、俺の方が年下なんだから僻んだり羨んだりしないから大丈夫だぞ? 冬にシャワーだと寒かっただろう」


 そういう事にしておいた方が平和だと思い、あえて肯定する事にした。


「……そうだな」


 浴槽に浸かりながら話をした時、この春の見習いの新入団員にいわゆる年少組が入って来ない事に落ち込んでいた。


 とりあえず一人だけの利点を並べ、朝と夜は一緒に食事もできると励ました。

 それでもやっぱり寂しいと言っていたので嬉しいと思う気持ちを隠しながら一人で良かったと思える様に諭した。


「逆に変な奴が入ってくるより、一人の方がまだ安心できるってものだろう。 俺やライナーが居ないならお前を守れないからな」


 そう言うと口を尖らせて文句を言い出した、そんな顔しても可愛いだけだぞ。


「守るって…、俺だってアル達と同じ様に鍛えてるんだからな? むしろ俺が街の人を守る立場なんだけど!」


 その尖らせた唇を文句が言えない様に摘んでやった、頬が柔らかいのは知っていたが唇も柔らかい。

 目に見えて慌て出し、俺の手を引き剥がそうと足掻くが、まだまだ力では負けない。


「!? んむー! んむむむむ!」


 何か文句を言っているが、まだ半分子供の俺の手すらどうにも出来ないのに「街の人を守る」なんて言えるんだ、まず自分を守れる様になってから言ってくれ。

 呆れながらも、あったかもしれない危険性を説明する。


「何が守る立場だ、一歳しか違わない俺の手も外せないくせに。 もし今年、十一歳以下の見習いが居て、それが獣人だったらどうするんだ? 身体は十歳で成人と同じ大きさに育ってるんだぞ? そいつがヨシュア先輩みたいに絡んで来たらクラウスじゃ逃げられないだろう」


 そう言うと手首を掴んでいた手から力を抜いて、反省した顔で俺を見る。

 俺が心配している事が伝わったのだろう、唇から指を離してやった。


「心配してくれてありがとう、アル」


「わかれば良いんだ、まぁ今回この件で一番安心しているのはカール様だろうがな」


 軽口を叩きながらも、摘んだせいでいつもより赤く染まった唇にドキリとしたのは秘密だ。


 その時脱衣所の方から何人かの気配がした、学校組が帰って来たのだろう。

 クラウスはもう出ると言ったが、俺はもう少し落ち着いてから出る為にしばらく浸かっている事にした。


  するとヨシュア先輩が入って来て信じられない事を言い出した。


「なんだよ~、クラウスに発情したのか? 発情してるニオイがするぞ~?」


 下手したら脱衣所にいるクラウスに聞こえるかもしれない声の大きさだったのでかなり焦った。


「なっ、何を言ってるんですか! そんな事ないですよ!」


 ちょっとドキリとしただけであって発情なんてしてない! …と、思う。

 すぐにサミュエル先輩も入って来て落ち着いた声で教えてくれた。


「クラウスには聞こえてなかったから安心しろ、あとヨシュアの言った事は冗談だ。発情のニオイなんてしてないから安心しろ」


 その後、軽く絞った濡れタオルでヨシュア先輩を叩いてくれたサミュエル先輩にお礼を言って風呂を出た。

 これ以上クラウスに言えない事が増えない事を切に願う。

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