第14話 初めての休日

「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 今日は休日という事もあってか、いつもより機嫌の良さそうなサミュエル先輩と挨拶を交わす。

 この三日間は点呼時に睡魔に襲われる事も無かったから食堂で生温かい視線に晒される事もなく平和だった…。


「準備できたら食事してそのまま出掛けるぞ」


 サミュエル先輩が制服でも訓練服でもない爽やかな私服姿に着替えていて、水色のシャツが凄く似合っている。


「はい! 楽しみです」


 ついニコニコ顔が止まらない、今日は来週から交流を兼ねた野営訓練があるとかで、最低限の物は支給されるが、あった方がいい物を買いに連れて行ってくれる事になったのだ。


 残念ながらフロア長のマックス先輩は正騎士の従騎士見習いとして残るので参加できない。

 学校の騎士科の最高学年は正騎士の従騎士の補佐として従騎士見習い研修を経験する、その後は指名されて承諾すれば従騎士として扱われる事になる。

 

 戦闘経験者の正騎士達は戦闘未経験の騎士達や三年生を従騎士として侍らせるらしい。

 という事は一番早く起きて一番遅く寝るのはマックス先輩達という事になる…。

 皆が通る道という事で心の中で応援しておく。


「準備出来ました!」


 俺もブリジット姉様に準備してもらった衣類の中からシンプルな白いシャツと黒のパンツを着た。

 ヒラヒラ断固拒否と伝えたのに準備されたシャツの中に妙にフリルが付いている服が見えた気がしたが、見なかった事にした。


 買い食いを考慮して朝食を軽く済ませて街へと繰り出した。

 サミュエル先輩があったら便利な物リストを取り出す。


「そういやクラウスはマジックバッグは持ってるのか?」


「はい、あまり容量はありませんが持ってきました」


 去年の春に、男家族だけで来年騎士見習いになる俺の野営の体験の為、領地の森で二泊三日のキャンプをした。

 その時に魔獣の素材を持ち帰るのに便利だからと父にプレゼントしてもらった物だ。

 ポーチサイズで馬車二台分くらい入る魔導具で重宝している。


「じゃあ多少荷物が増えても問題ないな、冒険者御用達の店から覗くか」 


 迷いなく街中をスタスタ歩いて行く先輩の背中を追いかける。


「ここだ」


 扉を開けるとカラン、とカウベルの様な音が鳴る。

 店内にはまるでスポーツ用品店のキャンプコーナーの様な品が並んでいた。

 きっと半分以上魔導具と思われる。嵌められている魔石の魔力を感じる。


「とりあえずは防水のシートはあった方がいいな。野営地がぬかるんでいた時に敷いたり雨の時に被ったりできる。濡れると体温も体力も奪われるからな」


 家族とのキャンプでは荷物の準備は兄達がしてくれていたので、用途などを教えてもらいながら選べるのはありがたい。


「あとナイフは予備があって損はない。マジックバッグがあるなら鉈もあるといいかもな。剣やナイフを使って枝を払うと刃こぼれしやすいし」


 他にもランタン的な魔導具や食器類の予備、採取した物を仕分けして入れられる袋などいくつか購入した。

 幸い俺は水も火も自分で出せるから着火用品や水筒は必要無いと思っていたが、魔力節約の為に買っておく様に言われた。


 ひと通り買い揃えて店を出ると、通りから美味しそうな匂いが漂って来た。


「ちょっと早いが混む前に食事を済ませるか」


 朝食を軽めに済ませたせいで既にお腹は準備万端だ。


「はい!」


 思った以上に元気な返事になってしまい、サミュエル先輩に笑われてしまった。


「おや、サミュエル久しぶりじゃないか」


 店に入ると恰幅の良いザ・女将といった見た目の女性が先輩に声を掛けた。


「久しぶり、今日は同室になった新人のクラウスを連れて来たから美味い物食わせてやってくれ」


「初めまして、クラウスと言います」


 紹介されたので会釈をすると満足気にウンウンと頷いた。


「あたしゃここの女将のエマってんだ。奥にいる料理人は旦那のハンスさ。苦手な食べ物はあるかい?」


 席に案内しながら好みをリサーチする、そういう気遣いが出来る店は案外少ないので味に期待が持てる。


「あまり濃い味付けは苦手ですが、好き嫌いはありません」 


 にっこり愛想笑いをして答える。


「あっはっは、騎士団だと不味くはないが味付けが濃い目らしいね。あんた!子供向けの薄味で作っとくれ!」


 笑いながら厨房のハンスへ注文を伝えに行った女将の「子供向け」の一言が気になったが、夜には酒場になる食堂だとツマミになる様に基本的に味は濃い目だろうから任せておこう。


「サミュエル先輩はよくここに来るんですか?」


 さっきのやりとりで常連ぽかったので聞いてみる。


「俺の親父は冒険者だったんだが、当時ここで働いていたお袋に惚れ込んでお袋目当ての常連だったライバル達を蹴落として結婚したんだと。だからお袋の腹にいる時からの常連だ。そんなわけで」


 クイ、と親指でエマを指差し声を潜めた。


「エマが細くて綺麗なお姉さんだった時代も知ってるぞ」


 ククッと密やかに笑う。


「過去の栄光で悪かったねぇ!」


 ドン!ドン!と乱暴に食事が置かれる。

 口元をひくつかせて笑顔を作っているが目が笑ってないエマがサミュエル先輩を見下ろしていた。


「あ、いや、見た目は変わってもイイ女なのは変わらないってのは知ってるから! なぁ? ハンス!」


 厨房のハンスに助けを求める様に話を振る。


 ハンスはカウンターに出来上がった料理を置きながらこちらを見る。


「エマは今も美人でイイ女だ」


 そう言って厨房の奥へと向かった。


「あんた…」


 そんなハンスを恋する乙女の様な目で背中を見つめるエマ。 


 上機嫌になったエマが最後の注文品をテーブルに置いてにこやかに厨房へと向かった。


「いつもこんな感じだから気にするな、ハンスの飯は美味いぞ」


「はい、いただきます」


「美味しい…!」


 思わず口を突いて出た。

 本当に絶妙な味付けなのだ、味噌で例えると騎士団寮の味付けが赤味噌だとするとこの店は合わせ味噌だ。


 食事はサミュエル先輩にご馳走して貰ったのでお礼を言い、エマにまた来ると約束して店を出た。

 帰りながら野営時に食事が物足りなかったり、夜の見張りで起きてる時に小腹が空いた時の為の非常食と普段のおやつを買って寮へと戻った。


「あんまり長く外出してたら、また点呼まで起きていられなくなるかもしれないからな、帰ったら買った物の整理しとけよ」


 ニヤッと笑ってクシャクシャと頭を撫でられた。

 なんだかこのネタをしばらく引っ張られそうでガックリと肩を落とした。

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