第72話 神楽坂小夜はチョコを作りたい2
ガサッ、ゴソッ。
「お前が机に手を突っ込んでもなんも出てこないだろ」
「うるせえあるかもしんねーだろ!」
同じ教室の男子生徒は言った。
「ねえ、~ちゃんは誰かに本命あげるの?」
「え~。うん。あげるよ」
「キャー!誰?誰にあげるの!?」
「んー。秘密!」
同じ教室の女子生徒は言った。
「むぅ~~~~~~~~~~ん」
同じ教室にいる私、神楽坂小夜は唸った。
自分のカバンの中身に何度も手を突っ込んで、それこそバレンタインでそわそわしている男の子みたいに確認するが、やはり手作りのチョコが急に現れたりはしなかった。
「おたんちんの極みだ、私……」
今はもう放課後。
梓くんの姿も見えない。帰ったのかな。それはそうですよね。
何の用もないのに学校に残る道理がないですもの。
はぁ。一世一代の機会を不意にしてしまいました。
私も帰ろう。このまま学校に居残ってたってチョコが増えるわけでもないですし。
そう考え、席を立とうとした刹那、
「あ、あの。神楽坂さん?」
「えっと……風見君、どうしたのかしら?」
風見君に声を掛けられたのだ。
一体何の用なのだろうか。それ以前に私は風見君とマンツーマンで話すことが少なかったので、余計に不思議に思った。
彼は一度口を開きかけるが、周りを気にする素振りをしたあと、紙にシャーペンで文字を書いた。筆談ということだろうか?
私は疑問符を浮かべながらその様子を見守る。
数秒もすれば書き終わったらしく、風見君は私にその紙を見せてきた。
『梓にチョコ渡さないの?』
「うひゃあ!?」
思わず気の抜けた声を上げてしまい、周りのクラスメイトたちに一気に訝しげな視線を向けられた。
「あ、いえ。なんでもありませんよ」
そう取り繕うと、クラスメイトたちは何事もなかったかのように談笑に戻っていった。
私は小声で風見君との会話を続けることにした。
「ど、どうしてそう思ったのですか?」
「いや、だって神楽坂さんって梓のこと好きっすよね?」
「う――」
「しっ!」
また懲りずに気を動転させそうになった私を、風見君は人差し指を立て宥めてくれた。
「その反応は肯定と捉えてもいいですよね?」
コクコクッ。
恥ずかしかったが、私は黙って頷くことしかできなかった。
「あー神楽坂さんってそんなリアクションするんですね。そりゃあ梓もああなるわけだ……」
「梓くんが何ですって?」
「いや、こっちの話だから」
「そうですか……。それで、風見君はその……どうしてチョコの話を私に?」
ビクビク、と言うと少し大げさだが、相手の出方を窺うように慎重に質問をした。
「あぁいや、単純に緊張して梓にチョコを渡すタイミングを逃しちゃったのかと思ってさ」
「タイミングを逃したというか、そもそも作ってきたチョコを学校に持ってくるのを忘れてしまったんです」
俯きながらそう白状すると、風見君は「ぷっ」っと静かに吹き出した。
「風見君、何笑ってるんですか?」
「あ、すみません。神楽坂さんって意外と抜けてるとこあるんだなって思うと親近感が湧いてきて」
「こんなところで身近に感じないでください……」
さらに面映ゆくなった私は俯いている顔をもっと俯かせた。
そうかそうかと一人頷く風見君は「じゃあちょうどいいな」と呟き、こう言葉を連ねた。
「それなら今から家庭科室に行ったらいいよ。そこでチョコ作って梓に渡せばいい」
思わぬ提案に色んな驚きと疑問が隠せなかった。
「え?家庭科室って勝手に使ってもいいんですか?」
「勝手じゃないよ。俺、家庭科部だし問題ないよ」
「それでもチョコを作る材料なんかは――」
「家庭科部の部員も今日そこでチョコ作る予定だったから材料はあらかた揃ってるんだよ。それに家庭科部の人たちはみんな良い人だから、神楽坂さんが来たことは秘密にしといてって言ったら絶対聞いてくれるだろうし」
「で、でも今から作っても梓くんはすでに家に帰ってるんじゃ?」
「あーそれなら大丈夫大丈夫。うん、それなら絶対大丈夫だから」
やけにニヤニヤしながら保証してくる風見君が若干怪しかった。
「なぜです?」
「ん?えーっと。あいつ、今日は遅く帰宅するっぽかったから大丈夫なんだって」
「っぽいって。全然理由になっていませんけど、梓くんの友達も言うことですものね。信じますよ」
「おーけーおーけー。じゃあ俺についてきて。家庭科室行きますよ」
自信満々の風見君の背中を見ながら私は歩を進めた。
家庭科室に着くと、風見君の言う通り数人ですがチョコ作りに奮闘していた。
時間がないので、私もさっそく用意をしてチョコを作ることにしたが、そんな私の様子を見た風見君は尊敬を抱いた目で見てきた。
「やっぱり神楽坂さんはチョコ作りもできるんですね。まあ作ってきたとはさっき聞きましたけど、手際がいいですね」
「まあ料理は最近になって始めたんですけどね」
「いいことですね。弁当まで作ってもらえてる梓が幸せ者でなによりです」
カタンっ、とボウルを手から滑り落としてしまう私。
「バ、バレてる!?」
「梓見てたらわかりますよ。あいつ今まで購買のパンばっかりだったのに、急に弁当に変えたし、なんならその中身もあいつに似つかわしくないほど手が凝ってるし、それはもう誰かに作ってもらってるとしか思えないじゃないですか。あいつの親日本にいないから親って線もなくなるし。だから今ブラフをかけて確かめたったわけです」
「だ、だましたんですね!」
「ブラフですよ。別に言いふらしたりはしないんでそこは安心してください」
「そ、それは助かります」
手を顔の前でひらひらと振って笑いかける風見君。
ふうと安堵の息を私は吐いた。
「さ。神楽坂さん手が止まってますよ。なんなら俺もチョコ作り手伝いましょうか?熱の管理一つで食感とかが意外と変わったりするので注意が必要っすよ?」
「風見君ってお菓子作りできるんですか?」
「やむを得ず覚えたって感じですね。俺、妹いるんだけどさ。妹が超下手くそなのばっか作って食べさせてきたから俺が先に教えてしまおうって魂胆で菓子作りを勉強したんですよ」
「ユニークな妹さんがいらっしゃるんですね」
「まあな。ただ、味を占めた妹が容赦なくてさ。俺の誕生日にまで作らせようとしてきたんだよ。おかげで風見家では3月3日はお菓子パーティーに変貌ってわけ」
「ひな祭りというのも関係してそうですね」
「そーなんだよ。ったく、何かのイベントと誕生日が重なるのはほんと良いことないっすよ。そういえば神楽坂さんは誕生日がイベントと重なってたりします?」
「いえ、私は8月3日ですので、特にそういった不便は感じてませんよ」
「そっかそっかーなるほどねー。あ、生クリームは冷たいまま使わない方がいいっすよ」
「そうなんですね。ご指摘ありがとうございます」
そうして、私は風見君のアドバイスも時々もらいながら、チョコ作りに勤しんだ。
家庭科室にいた他の人たちが次々とチョコを完成させていき、教室から姿を消していく。
途中で風見君は電話をしながらどこかに行ってしまったが、私側に問題が起こることはなく、辺りが真っ暗になるまでに作り終えた。
そのチョコを、カバンに入っていたラッピングの余りで綺麗に包装して、私は梓くんにLINEでメッセージを送る。
『渡したいものがあります。まだ学校に残っているのでしたら中庭に来てください』
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