第39話 神楽坂と梓は夏祭りへ向かう
不安だった。
何の前触れもなく突然、梓くんと引き離されて。
悲しかった。
桐谷さんに無駄って言われて。
安心した。
暗根から聞いた梓くんの迎えに行くという言葉に。
希望に
必ず来るって信じて。
山西公園に行ったら金髪の男が複数人いて、大喧嘩をしていた。いや、正確には喧嘩の振りをしていたようだ。
後で、片山さんが教えてくれた。梓くんに頼まれて、私に協力してくれると。
彼らは片山さんの友達らしい。
彼らが使用人の気を引いているうちに片山さんは私を草陰に匿ってくれた。
待っている間何度も不安で胸が締め付けられていたけど、その度に片山さんが
「梓は来るって言ったらぜってえ来る男だから、心配すんな!」
と、励ましてくれたおかげでだいぶ楽になれた。
そして梓くんと連絡が繋がりもうすぐ到着するとわかったとき。
「なーに辛気臭い顔してんだよ。ほらっ」
片山さんは自身のスマホを手鏡のようにして私に向ける。
そこには疲れ切ったような表情の私がいた。
「まあ色々大変だったのは何となくわかるけどさ。梓は神楽坂ちゃんのために全力で頑張ったと思うんだよ。だからあいつには見栄張ってでもいいからさ、一番可愛い神楽坂ちゃんを見せてあげてくれないか?」
片山さんは温かい言葉を添えてくれた。
「男は女の子の笑顔だけは忘れねえバカな生き物なんだよ……」
「片山さん……」
「おう?まさかオレに惚れちゃった?略奪しちゃおうかな?」
「ち、違います!私は梓くん一筋ですか……ら……」
「ヒュー。言っちゃったぁー」
「い、今のわわわわわわ忘れてくだひゃいっ!!あと梓くんには絶対、ぜーったい言わないでくださいねっ!」
「はいはいわかったわかった。そろそろ移動しようね~」
「ほ、ほんとにわかってるんですかっ!?」
肩の荷が軽くなったところで、私たちは入り口まで向かい、待っていた。
それから一分もしないうちに、一台のタクシーが来て、ガチャっと開いた扉から梓くんが降りてきた。
「神楽坂っ!」
「梓くんっ!」
名前を呼び合ったとき、私はまるで十年ぶりくらいに再会した気分になった。それくらい長かったような。
梓くんと会ってなかったのは、実際はほんの十数日なのだからおかしな感覚だ。
多分、普通の人が十年で抱く恋しさを私はこの十数日で梓くんに抱いたんだ。自画自賛するみたいで恥ずかしいけど、私の想いはそれくらい濃密だったと、今くらいは心の中だけでも自負させてほしい。
広大に膨れ上がった恋しさは胸の中だけでは収まらず、木漏れ日みたいに光って、私にある行動を起こさせようとしていた。
梓くんと手を繋ぎたい。
そう思ったときにはすでに体が動いていた。
歩みを進めながらも、眼前のゴールテープを自身の手で切ろうとするかのように前へ徐々に突き出していく。
視界に映る梓くんがどんどん大きくなってくる。
けど、私から握ることはできなかった。
なぜなら、
「神楽坂、こっち!」
「はわぁ……」
梓くんから手を取ってくれて、なおかつそのまま抱きしめるんじゃないかくらいの勢いで私を梓くんの方へ引き寄せてくれた。
いや、抱きしめられはしなかったけど。
「ありがとうっ……笑ってる神楽坂が見られて本当に良かったよ。安心した」
「私の方こそ、感謝ですよ。そんなに汗まで掻いて……どうしてそこまで私のために一生懸命になってくれたんですか?」
私の問いかけに対し、梓くんは握ってない右手で照れくさそうに頬を掻いた。
「……神楽坂が前に言っただろ?連れ出してくれって……」
「~~~~ッッッ!?!?」
おそらく水族館に遊びに行ったときの帰り際でのことを言っているんだろう。
確かに私はあのとき連れ出してくださいって言ったけど。もちろん今日のような場面を想定していたわけじゃないけど。
まさか、そんな前に言ったことを覚えていてくれたんだと思うと、ほんとに抱きしめたくなってしまう。
まだ私に勇気はないから、代わりに手を握る力を強める。離したくないという決意でもするかのように。
「おーい。花火終了まであと30分ってとこかな」
片山さんが後ろから声を掛けてきた。
「あ。片山さん。この度はほんとうに――」
「あーーー。いいっていいって。お前らオレに礼を言いに来るのが目的じゃねえだろ?ならさっさと行かんかいな」
手でしっしと追い払うように促す。
「そんなにオレの浴衣姿が似合うんならバイト先でいくらでも見せてやるから、今は早く乗れい!そんで行けい!」
梓くんは少しの間を置いた。
「オッケー。じゃあ行ってくるわ」
「やっとタメ語かよ……ちくしょーめ」
そうして私たちはタクシーに乗り込んで山西公園を後にした。
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