第29話 神楽坂小夜は監視する

 7月末の土曜日。エオン前。じりじりと夏らしい日差しがアスファルトを焼いている。


 私、神楽坂小夜は梓伊月と暗根彩海の密会を監視していた。変装のため帽子やサングラスまでかけて。


 あの二人がどういう関係なのか、それを確かめるには自分の目で直接見るしかないと考えたからだ。


 決してストーカーではないことを主張したい。これは浮気調査だ。(そもそも付き合ってないので浮気ではないとか言うな)


 そう。私は今探偵。だから悪くないの。


 建物の陰に隠れて、エオン前を見張る。


 すると、何も知らないだろう梓くんと暗根が約束の時間通りに出会っていた。


 うーわ本当に会ってる。梓くんもなんだか私と話しているときよりも気楽そうだし、や、やっぱり……。


 って弱気になってはダメよ、神楽坂小夜。諦めるのはまだ早いわ。結論はもう少し様子を見てからでも遅くはないはずよ。


 そう思い、私はエオンに入った二人の後を追った。気配を消し、それなりの距離を保ちつつ。


 でも、時間が経つにつれて二人が仲睦まじそうに話している所を目撃するだけ。


「あ、あんな楽しそうに服なんか着替えちゃって。暗根ったら自分のオシャレには全然興味ないくせに、梓くんの前だからそんなにはしゃいでいるのかしら」


「あ、今、お互い笑った。何がおかしかったんだろ。遠いからよく聞こえないですね」


 それからある店に入ったときもなにやら話し込んでいたし、いつの間にか何かを購入したのか紙袋を片手に持ってるし。


 そして、極めつけは。


「ゲームセンターで遊んでる……」


 ゲームセンターに入ったことも見たこともなかったという物珍しさもあったが。


 それよりも、二人並んでいる姿が、仲良いカップルみたいに見えて仕方がなかった。


 あああああああああああああああああああ。


 こ、これは黒なんでしょうか。あの二人は付き合って――


「あれっ?もしかして神楽坂さん?」


「はへっ!?」


 不覚にも間抜けな返事をしてしまったことに後悔しつつも、私は声のした方へ振り返ってみる。


 そこには茶髪が目立つ、同じクラスの男の子、風見君がいた。


 彼を認識した瞬間、焦りが生まれた。


 私が休日にこんな怪しい格好をして、怪しい行動を取っている所を見られたからだ。


 それに、風見君はいまいち信用できない。


 なぜなら、風見君は梓くんを裏切ったかのような行動ばかりとるからだ。


 自分の保身のためなら梓くんを傷つけるようなことを平気で言い放つし。


 一年のときはそんなこと言わなかった。


 昔は梓くんと風見君は仲良かったから、なおさら風見君の手のひら返しには気持ち悪さを覚えてしまう。


 ただ、救いだったのは風見君一人しかいないことだ。他に友人を連れられていたら、学校でどんな噂を流されるか心配で仕方がなかっただろう。


 彼はにこやかな笑顔のまま手を振って話しかけてきた。


「神楽坂さん、こんな所で何してるの?」


「え、えと……その……」


 梓くんを監視してたなんて口が裂けても言えない。必死に脳を動かし、言い訳を探るが、その前に風見君は梓くんの方を見て、


「ふうーん」


 と言って、私に再度視線を向けた。


「な、なんですか?」


「いーや。なーんも」


「言いたいことがあるならはっきり言えばどうです?ここは学校じゃないんですし」


「やだなー。その言い方じゃ俺が学校では言いたいこと言えてないみたいじゃないか」


「へえー、これは驚きです。なら学校であなたが梓くんを悪く言うのも本音ってことなんですね」


「……ずいぶんと攻撃的だね。君らしくもない」


「私は以前から曲がったことは嫌いでしたよ。変わったのはあなただけなのでは?」


「そうだね。俺は変われたよ。君たちと違って」


 あくまで、ヘラヘラした笑顔はそのままに、風見君は愉快に言葉を連ねる。


「いいよね、神楽坂さんは。最初から才能とか家柄を持ってるんだから。生まれた時点で勝ち組じゃん」


 ピシっと額に青筋が走る感覚がした。最初から持ってる?まるで私が努力してないみたいに言ってくれますね。


 正直、私に才能なんてないと思ってる。小さい頃から茶道とかピアノとか、嫌いでも全然上手くできなくても何度も練習した。


 何度も何度も何度も何度も。自分を高める以外の欲求なんか真っ白になって消え去るくらいに。


 その努力も無駄に終わったけど。


 それに一番腹立たしいのは私の家柄を羨ましがった事。


 ふざけないで。何も知らないくせに。


 怒りで冷静さを失った私の口は、ただ力任せに言葉を投げつけた。


「家柄とか……別に欲しくて持ってるものじゃないですし……」


 そう言った刹那、空気が針みたいに尖ったのを強く感じた。


 ハッとして私は風見君の目を見た。


 彼の瞳には水面に黒い絵の具を垂らしたみたいに怒りが滲んでいるのが分かった。


 逆鱗に触れてしまったと気づいた時にはもう遅かった。


 彼はダンっと暴力的に私の後ろの壁に自らの掌を叩きつけた。いわゆる壁ドンという構造と同じなのだろうが、私にはどす黒い恐怖しか感じられなかった。


 私たちがいるのは非常階段の陰なので、誰かに気づかれるとかは見込めないだろう。


 息を止め怯えていると、目の前の風見君の顔はまたヘラヘラした笑みに戻り、軽口をたたくみたいなトーンで、


「危ないなぁ~危ないよぉ神楽坂さ~ん」


 と言った。


 フンっと嘲笑にも似た笑い声を発し、こう呟いてきた。


「君が男子だったら、手ぇ出しちゃってたよぉ~」


 思わず固唾を呑む。というかそれしかできなかった。怖くて声が出ない。


 風見君の態度が怖いとかそんな単純な話じゃなくて。


 私の何が間違っているかわからないところが怖い。


 数秒経ってから彼は何事もなかったかのように私から距離を取った。


「ま。俺はこれでも梓の味方だからさ」


「…………そうですか」


「くれぐれも梓の迷惑にならないように気をつけろよなっ☆」


「……言われなくてもそのつもりです」


「ハハッ!それは頼もしいな。じゃ。期待してるぜ。小夜お嬢様☆」


 風見君は粘土で作り上げたような陽気なテンションで踵を返した。


 ふと、ゲームセンターの方を視界に捉えてみると、もう梓くんたちはいなくなっていた。帰ったのだろう。


 追いかける気力も残っていない。


 私はしばらく冷たい壁にもたれかかって休憩することにした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

文字だけで壁ドンを描写するのが意外と難しくて、結局『壁ドン』というワードに頼っちゃいました。全然ラブラブしてないのに……。

次話はチャット回です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る