第20話 神楽坂小夜がイルカを触る
やばいやばいやばい。神楽坂可愛すぎぃぃぃ!
何なの、私服ってあんなに心躍るものなのか!?
こう、佇まいが控えめというか落ち着いた感じというか、とにかく守ってあげたくなるんだよな。
俺なんかがおこがましいのは重々承知だし、なんなら神楽坂は何かから追われているわけでもないので、守られる必要もないんだが。
ほんと、俺の興奮、さっき顔に出てなかったよな?大丈夫だよな?
褒めたかったんだけど、いきなり似合ってるとか言うのもなんか狙ってるみたいな感じがして言いづらいんだよな。
不快感を与えてしまったらどうしようとか考えてしまう。
とはいえ、神楽坂を視認した瞬間は、冗談抜きで、心臓に熱湯をかけられたかのような衝撃と熱さを感じたのだ。
ネットとかで可愛すぎてしんどいとか無理とか言ってる人の気持ちが、文字通り痛いほどわかった。
今は、俺たちは種類別で分けられている大きな水槽がいくつか横に並んだ通路をゆっくり眺めながら歩いている。
適度な暗さなので、神楽坂の顔が目に入るたびに妙な緊張と高揚が胸の内を押し寄せてくる。
俺、帰るまで心臓耐えられるかな。
そう思っていると、神楽坂が子どもみたいにキラキラした表情ではしゃいだ。
「見てください、梓くん。エイがいますよ!あれは唐揚げにするととても美味しくなるんですよ」
「へ、へえ~そうなんだ……」
「あ、こっちにはイシダイがいます。私、以前刺身で頂いたことがあるんです」
「お、おう……」
そんな神楽坂の様子を見ていると、いい意味で緊張が解けて、気が楽になった。
「こっちのハタも美味しそうですね~」
「神楽坂、これ、でっかい生け簀に見えてない?大丈夫?」
「はっ!?み、見えてませんしっ!決して食べたいとか思っていませんからっ!」
「別に、この魚たちは食われるためにいるんじゃないからなっ」
「わ、わかってますよ……梓くん、イジワルですね……」
「って言いながら指先で宙に『さしみ』って書くの止めような」
心なしか、水槽の向こうの魚たちが怯えているように見える。可哀そうに……。
後で飼育係からいっぱい餌貰いな……。
そんなやり取りをしながら俺たちはノロノロと先へ進んでいく。
「あ、この子梓くんに似てます。寝ている梓くんを無理やり起こしたときの目にそっくりです」
「マジかよ。寝起きの俺ってオウムガイそっくりなの?何気にショックだわ……」
「可愛いって褒めてるんですよ……」
「可愛いって……。それならこの筒に入っているウナギは、俺の家の寝袋にくるまったときの神楽坂に似てると思うんだが」
「えーほんとですかー?」
「ほんとほんと。この顔だけ外に出してる感じが可愛いだろ」
ペットみたいに愛くるしくて可愛いよなー。
「か、可愛い!?」
「おーいどうした神楽坂。次の水槽見に行こうぜ」
「は、ひゃい!!」
トテトテと後をついてくる神楽坂。
やっべ。勢いで可愛いって言っちゃったよ。別にそういうつもりで言ったわけではないから、彼女に曲解されていないことを祈るばかりだ。
しばらくしてから俺たちはイルカショーを観に行くことにした。
会場にはたくさんの人で席が埋まっていて、イルカの人気具合がはっきりとわかる。
途中でイルカが水をかけてくる演出があると聞いたので、俺たちは少し後ろめの席を確保する。
「私、イルカショーなんて初めてです」
「そうだったのか。俺は昔、親と来たっきりだな」
すると、神楽坂は遠い目をしてボソッと言葉を発した。
「……梓くんはいいですね……」
表情にチラッと垣間見えた影ゆえに、どういう意味だろうと俺が口を開く前に、彼女は態度を一転させ、
「あーすごく楽しみです。早く始まらないですかね?」
と言った。
俺も今ツッコむことではないだろうと折り合いをつけ、
「ほんとにそうだな……」
と、返事をした。
それから割とすぐにショーが始まった。
複数のイルカたちがトビウオみたいに水上を泳ぎまわったり、高い場所につるされたボールを水中から飛んでタッチしたりして、思わず「おおっ」と唸ってしまうほどだ。
予告通り、前列に座っている人たちは結構激しめにイルカに水をかけられていて、嬉しい悲鳴が沸いていた。
隣で見ている神楽坂も「すごいですね」と何度も俺に言ってくるくらいには楽しんでくれていたと言ってもいいだろう。
そして、全てのショーが終わって、会場が拍手で包まれたのだが、どうやらこれで幕引きではなかったらしい。
数人限定で、イルカに直接触れる機会を設けてくれるようだ。
今現在、その選定をスタッフの方がしているのだが。
「じゃあ……そこの若いカップルさん、どうですか?」
俺たちの方を示すスタッフの掌。
一斉にこちらを向く、他の観客の視線。
動揺する、俺と神楽坂。
急の出来事でかなり狼狽しているが、神楽坂はもっとだろう。
だって目がさっきのイルカたちよりも泳いでるし。
震えた声で神楽坂は申し出ようとするが。
「あ、あの、私たちカップルってわけじゃ……」
「ま、まあ待て神楽坂。ここでそれを言ったら場が白けるだろうし、そういう体で乗り切らないか?」
「そ、そうですね……あ、梓くんがいいなら……構いません……」
そう言って、俺たちはイルカが触れるステージの上まで移動する。
「お二人はもしかして学生さんですか?」
スタッフの方がマイクを向けて訊いてきた。
「はい。私も彼も今、高校二年生です」
「あーじゃあ一番楽しい時だ。お二人はいつからお付き合いされてるんですか?」
「え……えぇ!?そ、それも答えた方がいいですか!?」
「あ、えっと。実はほんとつい最近のことなので……」
自分でもよくわからない茶の濁し方をしたのは自覚している。
ただ、観客からのヒューヒューという歓声がシンプルに恥ずかしい。
何言ってんだろ俺。
「あ。うみくんもおめでとうって言ってますよ」
うみくんとは俺たちが今から触らせてもらえるイルカのことだが。
目の前で顔だけ水から出して、家で甘々ラブコメを読んだオタクみたいにくるくると回り狂っている。
何なんだこの時間は。は、早く触らせてくれい。恥ずか死ぬ。
その後も軽く談笑した後、ようやく触れる時が来た。
うみくんがザブンと座礁したように陸へ上がってくる。
スタッフの方から許可をいただき、俺と神楽坂はまず優しく触れてみた。
「わあ。思ってたよりも硬いですね」
「確かに硬いな」
まーーーーーーーー。
イルカってそんな鳴き方もするのか。触ったり近づいたりするのは初めてだから知らなかった。
慣れてきたので、今度は少し撫でてみる。
「ツルツルしてます」
「でもちょっとザラザラもしてないか?」
「わっ。ほんとですね。面白いです」
その後、うみくんはちょこんとヒレを出して俺たちと握手してくれた。
やばい。ペンギン一筋の俺の心がイルカに傾きそう。てか傾いたかも。
握手が終わると、スタッフの方が口を開く。
「じゃあそろそろお別れですね。うみくん、最後、二人に末永くお幸せにって言ってみよっか」
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
あ、やっぱめっちゃはずいし、ペンギン派だわ。
俺のせいで恥ずかしい思いをさせてしまっただろう神楽坂も俯きながら一緒に元の席に戻った。
ほんとすまんな。
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