第8話 貼られた御札

 目的はとりあえずあるとは言え、どこに行けばいいのか分からない私は、吉田君と二人で森の中を散策している。一時間ほど歩いて何もなかったので、気分を変える為にルーフを出して森の中を疾走する。私達を乗せたルーフの巨体は森の木々を透き通って真っ直ぐに進む。またルーフでの移動にも飽きたので、吉田君をルーフから降ろしてからルーフは私の中に還ってもらった。


「どこも一緒っすし、何もないっすね。もう森の中かなり移動したのに。飛んで抜けちゃうっすか」


 吉田君はもう森の散策にも飽きたようだが、私はむしろ楽しくなってきた。何故なら、吉田君は移動の途中でこんなことを教えてくれたからだ。


『変なところには廃墟とかもあるっす』


 私はこの言葉を途中で聞いた後は、あくまで興味本位でだが、あるかもしれない森の中にひっそりたたずむボロボロの家屋を見つけようと必死になった。だって、家屋は普通、生きている人間が住んでいて賑やかな場所だが、廃墟というのはそれが朽ちていて誰もいなくて、とても落ち着きそうだ。私も家とかに住んでみたいから、探している。

 森の中をきょろきょろしていると、森の中にひらけた場所があった。どうやら森を抜けたようだ。そしてどうやら、廃墟というのがそこにはあった。


「めっちゃボロボロな寺っすね。状態を見るに住職もいなさそうだし、完全に破れ寺っすね」


 吉田君曰く、寺というのは『ブツモン』といわれる種類の人間が住む建物だそうで、住職というのは『ブツモン』の種類の人間だそうだ。

 以前聞いた事がある。人間にも霊的な力を持つ人々がいて、『ブツモン』と『住職』も生きている人間でありながら霊的な力を持っていると。一般的にブツモンは、死者が生まれ変われるように願うことだと吉田君は簡単に教えてくれた。つまりは死者を、私達のような幽霊や怨霊を供養するモノだそうだ。


「雑草だらけっす。人はいないっすけど、お仲間がいないっていうのはどこか変っすね。気配一つしないっす」


 ボロボロな家屋なので、私も当然人はすまないしいないと思っていた。しかし吉田君の言ったお仲間、つまりは私達みたいな怨霊や幽霊がいないということがどういうことか分からないので、吉田君に聞く。


「ブツモンは死者を供養すると前教えたっすよね。供養された死者の身体は灰にされた後にこの寺という場所に埋められるっす。つまり、魂である幽霊はこの辺り一帯に漂うはずなんすよ。それがいないのは、おかしいっす」


 難しい話に感じた。だけどどうやら寺にはふつう幽霊がいるもので、幽霊が一体もいないこの寺はおかしいということらしい。だけど、それは逆に好都合なのではないかと私は思った。何故なら、人間がいないということで落ち着く空間が手に入ると思っていたところ、なんと幽霊もいないのだ。究極に静かで落ち着く我が家が手に入る。私は嬉しく思った。

 寺の廃墟の周りを散策すると、所々穴が空いている。あえて人間の様に家を扱ってみたかったから、私は姿を実体化させてきちんと扉のような物を引いて建物の中に入っていく。私はついワクワクして、吉田君にもこの気持ちを共有しようと慣れない笑顔で振り向くが、吉田君は何やら難しい顔をして考え後をしている。


「なにか先輩。俺ちょっと裏見てくるっすね」


 そう言って吉田君は扉を引き開けて外に出て行った。その間に私は建物の中を色々見て回ってみたが、どれも新鮮で面白かった。特に興味が引かれた物は、木でできた大きな座ってる人だ。足を組んで座って、手で変なポーズをとっている。しかし何故か頭が無くなっている。登ってみてみると、何かで伐り採られたような跡がある。

 しばらく時間が経ったが、吉田君はなかなか帰ってこない。何をしているのかが少し気になった私は、吉田君の気配をする方に向かった。しばらく歩くと、奥に石がたくさん並んでいた。ボロボロになっていたり横に倒れたりしている石がたくさんあったが、さらに奥を見ると吉田君がそこにいた。


 一つの石を入念に調べており、小さく唸っている。


「あ、なにか先輩。これ見てくださいよ。絶対触っちゃダメっすよ」


 指さす方を見ると、石にはどうやら真新しい紙が貼り付けられていた。吉田君曰く、この紙はお札、または神札というものらしく、私達のような怨霊を消滅させたり留まらせておく力を持つ、生きている人間がつくった霊的な物らしい。

 吉田君は絶対に触ってはいけないと言ったが、そう言われると何故か無性に触りたくなった。そしてついに紙に触ろうとしたら、紙に触れた私の指が勢いよく燃えだした。


「なにか先輩! ダメっすよ! ――火に触れちゃダメっす、早く火が昇る前に腕斬り落としてください! 」


 吉田君はいつものような冗談な雰囲気ではなく、真剣に取り乱していた。そんな吉田君の反応と燃えて消えていく私の身体を見ると溢れる恐怖心が、硬直していた私の身体を動かした。

 自分の右腕の一本を肩から引きちぎるが、私の身体から離れた腕はさっきまでとは比較にならないほどに激しく燃え、炎が再度私の身体を焼く前に投げ捨てた。空中を舞う私の腕はとうとう完全に焼けて消滅してしまった。


「危なかったっす、本当に。遅かったらなにか先輩消滅してたっすよ! 札は触っちゃダメっす! 」


 吉田君に初めて怒られた。しかしその事よりも、神札に触れた瞬間に感じた恐怖が上回って初めて心から涙が出た。心底怖ろしい。恐くて、仕方がなかった。千切れた腕は肩からすぐに再生されたが、私は尻餅をついて固まってしまう。


「恐ろしい力っす。まさかなにか先輩を消滅させるほどの力があるとは……、ここはやばいっす」


 震える私に吉田君は重要なことだからといろいろと教えてくれた。この神札という物は『シントウ』というブツモンと同じく霊的に力がある人間の種類がつくったものらしい。シントウがブツモンと違うのは、私達を消滅させる力に特化しているということだ。そしてどうやらシントウにもいくつかの『家』という種類があり、『家』によって力の差は激しい。吉田君曰く、この神札をつくった『家』は恐ろしく力が強いということだ。


「ここ。神札の呪文の横に小さく家の名前が書いてあるっす。古い文字っすが、この家の名前は――」


『木口』


 木口。それを吉田君から聞いて確認した瞬間、私は不意に体が動き出した。どこかで聴いたことがある名前、何故か知っているような気がする名前。しかし、どうしても思い出せなかった。

 私はどれだけその名前を見つめていたのだろうか。吉田君に呼ばれるまで時間が経つのも忘れてひたすらその神札の名前の部分を見つめていたようだ。


「先輩、なにか先輩。どうしたんすか――」


 あとで吉田君に聞いた話だが、私はその時おそろしい顔をしていたらしい。吉田君は私がその場を離れるまで隣にいてくれた。その場を離れた後、私は吉田君の顔を見返す。その時の吉田君の顔は、何とも言えず納得したような顔をしていた。


「なにか先輩、あえて言うっすけど……。様子を見るに、あれがなにか先輩の怨霊になった原因じゃ――」


 記憶の無い私が、恨み言や未練を全く覚えていない私が、あの『木口』という名前に対して初めて知ったという気持ちがわかなかった。吉田君の言うように、私のことに関係があるのではないかと思う。そして私の持っている日記帳やペン、ラブレターなどにも関係があるのかもしれない。


「正直関わりたくないっすが、なにか先輩の目的がアレならできることは協力するっす」


 吉田君は別に関係ないんだ。どういうことか、自分の事を求めれば求めるほど、二本目の右腕がピキピキとうごめく。どうしようもなく愛おしく、憎たらしく、虚しく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る