6/14 「桃太郎フラグメント-8」

 未来の揺らぎは、日に日に強まっていった。

 作況と言った天候的な予知は変わらない。しかし国家間の力関係が、どんどんと不利な情勢に転じているのだ。これを桃太郎達が提言すると、帝はあからさまに苛立ちを見せた。


「なぜだ! なぜ余の思うとおりにならぬ!」


 簾の向こうから、水をそそいださかづきが投げられる。


「これはまた、難儀な先読みとなりましたな」


 のんきに笑ってみせるのはしわの多い顔に長い髭を生やした、仙人と形容するのが相応しい老人・二代目桃太郎である。年齢だけでいえば初代桃太郎のタオよりも遥かに長く生きており、その分見てきた未来も桃太郎とは比べほどにならない男だった。


「どうにも原因は、かの大陸国家の裏切りによる様子。現在こそ和平を結んでおりますが、このままではあと半月も待たぬうちに協定を破棄して攻め込んでくるでしょうなぁ」

「なにゆえだ!? やつらもまた未来を知っているというのか!?」

「その線が濃厚やもしれませぬなぁ。むしろ、桃太郎フラグメントがこの国だけに生まれ出でると考える方が無理がございますゆえ」

「くっ……余は、余は何をするのが良い」

「ひとまず、戦は避けられぬでしょう。ならば彼らの攻め込んでくるであろう海岸線の守りを固めるのが得策……おぉ?」


 二代目が天井を仰いだ。それにつられて桃太郎と三代目も描かれた鳳凰の天井絵に目を向けた途端、その脳裏に刻まれた未来にすさまじい嵐が吹き付けた。


「……っ!?」

「こ、これは……!!」


 改変された未来で、桃太郎は見ていた。

 都の上空を飛ぶ、巨大な一隻の舟。

 引き起こされる大規模な戦闘。

 そしてついぞ目の前に現れる――。


「――っ!?」


 未来に思いを馳せる桃太郎の意識が、本能的な危機感により引き戻される。とっさに上半身を反らし後ろに跳んだ桃太郎の首があったところを、銀色に輝く一閃が通り抜けた。


「なるほどのう……よもや、元凶がここ潜んでいたとは思わんかったわい」


 居合で刀を抜いた二代目が、桃太郎にその老いた見た目からは想像できないほどの、殺気に満ちた眼光を向けていた。

 桃太郎も応戦すべく、背後に飾られていた帝の刀を手に取って抜いた。


「何をやっている!?」


 一人状況を飲み込めぬ帝は困惑する。

 その帝に、二代目桃太郎は説明し始める。


「未来の運命を変えられるのは、未来を知るワシらか、はたまたワシらから未来を聞かされ別の選択肢を選んだ者達のみ。四代目が来てから大きく未来が変わっているのを不思議に思っておりましたが、どうやらこの者、陛下以外にも未来を教えたことがあるらしいのです。その者らが今、陛下の治めるこの国を打ち倒さんと動いているようですなぁ」

「つまり、四代目こやつが余を裏切っていたというのか!」

「ち、違いますっ! 私は陛下をおとしめるような行いなど決して――!」

「言い訳は無用。ここで元凶を滅ぼすまで!」


 二代目が駆ける。そして横薙ぎに振るわれた一太刀を、桃太郎は鞘で受け止めた。続けざまに浴びせられる連撃を、桃太郎はかろうじで凌ぐ。

 桃太郎と二代目が手合わせするのは、何も今回が初めてではなかった。それは真剣を用いない模擬戦ではあったが、そこで桃太郎は二代目の強さを思い知っていた。


(やはり、!)


 未来を知る桃太郎フラグメント達にとって、一対一の戦いには大きな利があった。なにせ相手の行動を既に知っているのだから、それを踏まえて対処すればいいだけなのである。日頃から鍛練を積む桃太郎は、もはやただの人間では勝ち目がないほどの強さを持つようになっていた。

 しかし、相手も桃太郎フラグメントであると話は大きく変わる。

 互いの未来を読み合い、そこから相手の行動を読んでさらに一歩先の行動を起こす――両者の思慮がひたすらに巡る結果、未来を覗く鏡が


 桃太郎達にとってそれは、現在以外の全てが見えなくなる状態。一枚の写真から、その後の動きを読み取るようなものだ。その戦いに必要なのは、ただ鍛錬によりその身体に叩き込める条件反射のみ。

 間隙無く攻撃を繰り返す二代目に、桃太郎は防戦を強いられる。鍛錬の積み重ねでは、桃太郎では二代目に敵う理由がなかった。


 壁際に追い込まれる桃太郎。

 そしてとどめを刺さんと上段から二代目が刀を振り下ろした、その瞬間――。


 鼓膜を裂くような爆音と共に、地面が激しく揺れ動いた。


「っ!」


 体勢を崩した二代目の攻撃をかわし、桃太郎は扉を蹴り飛ばして玉座の間から抜け出した。そのまま突然の揺れに慌てふためく人達のあいだを抜け、桃太郎は御殿中央の、帝が勅令を言い渡したり催事を行うために設けられた石畳の広場に出た。

 その中央に穿たれた、巨大な窪み。

 そこから立ち上る煙に視線を上げ、桃太郎はその先の空に見つけた。


『桃太郎ー!!!!!』


 地を震わせるような大きな声が、上空のそれから都中に響き渡る。


「そんな、まさか本当に……!!」


 桃太郎の目線の先。

 その空には、一隻の巨大な木造船が飛んでいた。

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