未完の夢を見る

志風

序章


『——また、明日の天候は、雨です』

「っ、は?また雨か気象課の奴ら水の残量考えてんのか?」


 朝早くからラジオに暴言を吐いているのは私の父。

 私は父と二人暮らし。母はいない。見たことも、母について話したことさえない。


「ダイアナ、今日は政府から役人が来る。外にいなさい」


 父はすごい発明家で、水の権威?らしい。そう言われた父は嫌そうな顔をしていたけど。


 私は、嘘つきのこの国が嫌い。風も、雨も、空も、全部全部偽物で造りもの。

 そして私は、父が嫌い。嘘を手伝うのも嘘つきだから。

 明日も、父の作った雨らしい。ああ、憂鬱だ。


 ―――


 外に出る。風が頬を撫でる。月面に建てられたこのコロニーに吹く風は、調整された心地よいものだった。

 行く宛はいつもと同じ、町の外れの古本屋。

 優しそうなおば…お姉さんが経営しているこじんまりとした店、私は入り口をスルーし裏手へと回る。


「私よサクラ!開けてくださいな」


 コンコンとノックし、声を上げる。しばらくすると鍵の回る音と共に扉が開かれた。

 出てきたのは優しげな老婆。

 中に入れば、天井までぎっしりと本が積まれた本たちが目に入る。


「いらっしゃい。裏口から来たってことは、今日もあれを読みたいのね?」

「ええ、もちろんよ。大好きだもの!早く読ませてくださいな」


 彼女は嬉しげに笑うと本棚の下に隠された地下室への道を開いてくれる。

 月暦4年。いったい何があったのか、月政府げっせいふは地球に関する事柄に対し検閲を行った。

 対象になったものは焼却か黒塗り。地球の暮らしぶりが分かる小説なんかは、ほとんど燃やされてしまった。

 地球にいた頃は司書だったサクラは、それから本を逃すために地下室を作り、そこに大量にため込んだ。

 たまたま見つけてしまった私は、誰にも言わないことを条件にたくさんの小説を読ませてもらった。


「お、今日も来たか。何を読むんだ?ダイアナ」


 地下室にいた先客は、私がここを知るより前からいたリューという少年だ。私と同い年である。


「リュー、またそれ?日本語とかいう古語で書かれたレノべ?とかよく読めるわね。覚えるのも大変なのに」

「ラノベ、な。時々わかんねぇけど、そん時はサクラさんに教えてもらってるからな!面白いぞ〜?『俺芋』。それよりそっちは何を読むんだよ」

「今日はSFを読むわ」

「今日も、だろ?いったい何がいいんだかわからねぇなぁ」


 彼とはこの地下で、よく本を読み、感想を話し合う仲だ。

 彼もこの国が嫌いで、いつか宙へ出たいと考えているらしい。


「SFはね、昔の地球の人たちが地球を出てみたい、宇宙へ飛び立ちたい、そう思って書いたものなのよ。私も宇宙そとへ出たい。だから好き。あなたも好きよ。きっと」


 そう。私も宇宙へ出たい。宇宙へ出て、憧れの地球を一目見てみたい。きっとそれは素晴らしいのだろう。きっとそれは美しいのだろう。

 ああ、憧れの地球。だけど見ることは叶わないのだろう。

 月暦31年。地球は悪、そう月では教えられている。

 何故かはまだ教えてもらっていない。だけれど、地球との通信手段も、月に来たときはあったであろう宇宙船も、それらを作る技術も全て月政府が燃やしてしまった。

 一から作ることは、とてもじゃないが私にはむりだ。

 もし、一瞬でも、見ることが出来たのなら。私は人生に悔いはないと言い張れるだろう…。


「じゃあ二人とも、仲良くね」


 そう言ってサクラさんは上の階へ戻っていった。

 それを見送った私はSFの棚に歩み寄り、途中まで読んでいた『春への扉』を取り出した。


 そして、ページをめくる音だけが地下室にこだまする。

 しばらくして立ち上がったリューが読み終わったのであろう『俺の実家でとれた芋がこんなに美味いはずがない!』を棚に戻した。

 なんとなくそれを眺めていた私は、リューが取り出した本の隙間から、折り畳まれた紙が落ちてきたのを見つけた。


「リュー、何か落ちたわよ」


 拾い上げたリューが、驚きの声を上げる。


「お、おい。これって…。まさか地図…?」


 気になった私は本を置き、近寄って床に二人がかりで広げてみる。

 そこに広がったのは、どこかの建物の設計図のようだった。


「これ、設計図か?でかい建物だな」

「ここに建物の名前もあるわよ。えっと…気象課!?」


 興奮したリューが地図のある一点を指す。


「うっそだろ、これ。警備巡回案って書いてある」

「な、なんでそんな重要なものが本の中に?」

「さぁ…でもここ、宇宙局って書いてある。そんな部署聞いたことないぞ」

「もしかして、地球に関する資料が隠されているのではないかしら?地球の天気の情報とかを参考にしてこのコロニーの天気は作られているはず。だからきっと、小説ではなく情報で、地球の物が…!」


 口に出してみたら、途端に本当にあるんじゃないかという気がしてきた。


「ところでこれ、何階にあるんだ?謎のスペースも多いし、これあってるのか?」

「あら、じゃあ調べてみたらいいじゃない」


 そういうと、私は鞄から携帯端末を取り出した。

 気象課のページに行ってフロアマップを眺める。

 しかし、全く同じ地形のものは見つけられなかった。


「もしかして隠しフロアなんじゃないか?地下とか」

「でもここ、下からの階段もあるわよ?」

「うーーん…」


 二人で悩む。

 ふと、父と気象課へ行った時の記憶を思い出した。


「ね、ねぇ。確か気象課って一階の天井って他の倍くらいなかったかしら?」

「あー、確かに。って、もしかして」

「地図の不自然な空間も吹き抜けって考えれば、」

「なるほど!じゃあそこに隠しフロアが…!」

「もしかしたら宇宙船の設計図も…!」

「「あるかもしれない!」」


 地下室に二人の子供の声が響く。

 そこからの二人の行動は早かった。

 書いてあった警備ルートから侵入ルートを書き出し、突入への準備をした。

 携帯端末に地図の写真を撮る。そして地図は同じように畳んで本へと戻した。


「あら二人とも、今日は早かったのね?」


 地下から急いで上がってきた私たちにサクラさんが話しかけてくるが、地球につながる手がかりを見つけた興奮でうまく言い訳が思いつかない。


「え、えっと、うまくいえないんですけど、その、あ!用事!用事があるので!」


 適当に言葉を投げ、二人でその場を去る。


「いつ、いつ行く?」

「準備ができたら連絡するわ!」

「わかった!」


 二人は興奮で顔を赤くしながら、雨の中それぞれの家へと走って帰った。

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