第33話 国王出陣



 ボルデーノ城に入城したリキは要衝の地であるここに兵站を整えて拠点とし、周辺の支城を攻略していくことにした。

 各地から続々と貴族たちが兵を率いて参集し、すでに8万以上にも膨れ上がっていた軍勢から、ファビオ卿に8,000を預け、すぐ近くにあるベッツォリ城に向かわせた。その東5キロメートルほどにあるロヴィーゴ城にはイヴァーノ卿に1万をつけて、その北東およそ3キロメートルにあるアヴェッリ城にはベンツィオ卿に7,000をつけて、それぞれ向かわせた。

 残った6万余の兵からボルデーノ城の守備に1万5,000を残し、4万5,000余を率いて、リキは王都に向けて北上を再開した。2月5日のことである。


 これに対し国王はついに自らの出陣を決断した。リキを迎え撃つべく南下し、王都の南南西30キロメートルにあるピトイア平野に進出した。これには王弟ジュリアーノも一軍を率いて付き従った。何とか掻き集めたものではあるが、やはり国王直々の出馬とあって率いる兵は3万5,000と並々ならぬ大軍勢であった。


 2月8日、両軍はビトイア平野で対峙、陣を敷いて睨み合いが続いたが、2日後の10日、焦れた国王軍の左翼の突出をきっかけに、両軍はついに激突した。

 国王軍のドナート卿率いる2,000が、リキ軍右翼に陣を敷いていたガスパーレ卿の3,000に攻撃を仕掛けた。それを見たガスパーレ隊の隣にいたグイドの2,000騎が加勢、これをきっかけにして全体で戦いが始まった。

 将軍グイドは、〝赤鬼〟〝猛将〟などと恐れられた赤備えのガラムと並び称される勇将で、こちらは軍団を青色に統一しており、彼も〝青鬼〟だの〝青備えの鬼将軍〟などと恐れられたリキ軍の2枚看板の1人であった。


「これより敵の一隊に突撃する! 掛かれ!!」


 グイドは国王軍のドナート卿の2,000騎が先行し過ぎているのを見て取って、これを側面から叩こうと隊を動かし、突撃を命じたのだ。

 グイド隊の突進力はとてつもなく、ガスパーレ隊を押し崩す寸前だったドナート隊にグイド隊が斬り込むと、正面のガスパーレ隊にばかり気を取られていたドナート隊は脆くも崩れ、ドナート卿を始めとして、みな散り散りになって逃げ出した。

 〝青鬼〟グイドの面目躍如である。

 しかし、国王が直々に陣頭で指揮を執っているためか、一軍が崩れただけでは全軍にまで波及せず、戦線は崩壊しなかった。リキ軍と国王軍の戦いは容易に決着が付かず、一進一退の攻防が続いた。この日は夕刻が近付くとともに、次第に両軍ともに兵を退いていった。


 翌日は兵の疲労もあってか大きな衝突はなく、再び睨み合いが続いた。

 本陣に築いた高楼に登り、遠くに見える国王軍の陣営を眺めていたリキは、用意していた策を動かす頃合いだと判断した。


「さて……。それじゃあ、ここらで次の手を動かすとしようか」

「はい。では、ボルゴ卿に連絡を?」

「ああ、よろしく頼む。彼には〝手筈通り〟だと伝えてくれ」

「畏まりました」


 リキの意を受けて、クレアが伝令の手筈を付けた。

 リキは城の守備に温存していた1万5,000余の内、1万の兵を秘かにボルゴ卿に率いさせて、両軍が睨み合いとなっているビトイア平野を迂回させ、空となった王都を突くべく北上させた。つまり、ビトイア平野でリキ軍と交戦中の国王軍と王都とを分断するように、街道の途中に兵を入れさせたのである。

 リキはこの策を、国王自身がリキの迎撃のため出陣したという情報を得た頃から考えていたようで、リキが北上を開始した2日後には進発させている。その後も綿密に連絡を取り合いつつ、ボルゴ卿に指示を出して頃合いを見計らっていたのだ。


 この一手は実に効果的であった。ボルゴ卿の率いる軍は国王軍の糧道と退路を同時に断つことになり、さらに本拠を奪われるのではないか――との危惧を国王軍に抱かせた。また、リキ本隊と戦っている時に、この遊軍が背後を突いてくれば挟み撃ちにされる恐れもあり、国王軍側の諸侯たちを大きく動揺させた。それを見透かすようにリキ軍は攻撃の気配をちらつかせ、ボルゴ卿の遊軍も街道を制圧したまま居座って動かず、さらに動揺を煽った。

 その結果、諸侯の中には恐れから、戦場を勝手に離れる者まで出始めたのである。

 これにより国王軍の戦線は脆くも瓦解。国王アンジェロ、王弟ジュリアーノが陣頭で指揮を執っていても兵たちの脱落を食い止められず、兵数は半減し、2人は後退を余儀なくされた。

 もっとも撤退とは難しいものであり、さらに追撃を警戒しながらであったので、思うように後退もままならなかった。


 しかしながら、この一連の戦で最も被害を被ったのは、実はリキ軍側のガスパーレ卿であった。

 国王軍が撤退を始めた際、敵中突破を図った者もいたのである。ラウロ・ディ・ガッリ卿は、追撃されて討ち取られるよりは討ち死にを――と決死の覚悟で敵中突破を選んだ。この選択は結果的に功を奏し、彼は退却に成功した。

 この時に彼の正面にいたのが、ガスパーレ卿の部隊だったのである。カスパーレ卿はドナート隊の攻撃を受け敗北寸前にグイドに救われた後、汚名を雪ごうと奮闘、彼の部隊はそれなりの数の敵を討ち取った。現に、両軍が衝突した初日には、大いに勲功を上げた者の1人としてリキに表彰されている。さらなる戦功を欲した卿は、撤退する国王軍の追撃を開始しようとした矢先に、ガッリ卿の決死の突撃を受け、乱戦の中で討ち死にしてしまったのである。

 彼はリキ軍の諸侯では唯一の戦死者であった。


 それはともかく、国王軍は撤退を開始したが、街道はボルゴ卿の別動隊に封鎖されており、兵数も大きく減らし士気も低い状態で、これを突破することは難しかった。この別動隊は、今までの戦いには参加していなかった新手である。士気も高く、無傷でもあったからだ。

 2万弱にまで減った兵で、この別動隊1万余とぶつかっているうちに、リキ軍本隊が背後から襲ってくるであろう。


「そんな好機をリキが見逃すはずがない」


 早期の撤退を促す重臣たちに、国王アンジェロはそう答えた。

 王都への帰還を目指す国王軍は、リキ軍と別動隊の間で身動きが取れなくなっていた。仕方なく、国王軍は近くの支城の1つ、アヴェルサ城に入ることになった。

 ただ、この城は街道の確保のために設けられたものではあったが、駐留する兵は多くても5,000人くらいを想定した城というよりは砦に近いものであり、そんなに大きくはなかった。駐留軍5,000の兵が街道を封鎖すれば、大軍は通れず、その間に王都から援軍が掛けつける。謂ってみれば、敵を引き付けて時間稼ぎをするための城であったのだ。

 そんな小さな城のため、国王軍2万余もの兵はとても収容出来ず、あぶれた半数以上は外で野営・待機となった。いつ襲われても不思議でない情勢でありながら、城外での野営・待機という状況に怯えた兵たちの脱走が相次ぎ、1万以上もいた城外待機組の兵は戦ってもいないのに、4,000人ほどになってしまった。

 それでも逃げずに残った兵たちはリキ軍の襲撃に備えて馬防柵を拵え、その前を掘り起こし塹壕を造った。その際に掘り出した土を盛り固めて土塁にもした。少しでも生き残るためである。

 それを知ってか知らずか、リキ軍は国王軍を威圧するようにゆったりと進軍し、兵たちの恐怖心を煽って揺さぶりを掛けつつ、アヴェルサ城の包囲を開始した。リキは兵の損失を避けるため、兵糧攻めを行うことに決めた。アヴェルサ城を囲い、糧道・通信を断ち切る目的で、付け城として5つの砦が築かれた。

 両軍の睨み合いが始まった――。



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