第27話 初陣



 翌日、ヴァーリ候・ロランド国の連合軍は王都スクーディまで3日という距離にまで軍を進めて来たとの報が入り、アンジェラ――アンジェロは太子として立つために動き出した。


 まずは、連合軍の接近に狼狽する貴族たちを取り込み、支持を集めた。これは意外にも、想定していたより多くの支持を取り付けることに成功した。皮肉にも、敵軍が近くまで押し寄せているということが、アンジェロを後押しすることになったのである。彼らはこの危機をわざわざ背負って立とうとするアンジェロを受け入れた。これはいわば、責任を押し付けたのだ。また、その方が彼らも〝〟だったのである。


 アンジェロが侵攻してくる連合軍に勝てば、初期からアンジェロを支持した自分たちは優位な立場に立てる。また、アンジェロが負ければ、自分たちは指示に従っただけである、との名分が立つ。どちらにしても、損はない――との判断であろう。彼らの大半は中小の貴族たちであった。


 それに対し、態度を保留にする貴族たちも事の他多かった。アンジェロの実力を推し量れずに、去就を決めかねていたようだ。その多くは有力な大貴族であり、アンジェロは彼らの協力をこそ取り付けたかったのだが、彼らは、自分たちの去就が勢力に与える影響を知悉している者たちでもあった。彼らは、自らをどれだけ高く売り込めるか――と計っていたのだ。


 アンジェロは一先ず旗幟を鮮明にした貴族たちに対して、軍勢を催促――兵を率いて参戦するように要請した。しかしながら、思っていたほどの兵は集まらなかった。国の危機に際しても、兵を出し惜しみする者が多かったのである。

 結局、他国や他の日和見を決め込んだ貴族たちを警戒するために国境周りなどにも兵を裂かねばならず、動員出来た兵数は直轄軍を含めて騎馬が4,000余騎、歩兵の約7,000と併せて1万1,000余。兵力としては攻め寄せる敵方の軍勢の半分以下であった。


 そんな中、リキには1,000余騎を与えられ、その指揮を取ることが決まった。1万1,000の内の1,000騎とは大軍で、主力の1つである。副将として、クレアが補佐に就任した。

 出陣の用意が進む中、少ない軍勢で敵軍に勝たねばならない状況に、リキは早速、策を練ることにした。


「地図を見せてくれ」

「畏まりました」


 広げられた地図を眺め、リキはアンジェロに尋ねた。


「どこで戦うつもりなんだ?」

「王都の北側に開けた場所がある。そこでどうだ?」

「兵力で劣勢なのに、大軍を動かせる開けた場所で戦うのか?」

「む。では、どうする?」


 指摘を受けたアンジェラが、ならば、どうするのか?――と疑問を口にした。


「そうだな……。敵はどこを通って来る?」

「王都の北側をこう……」


 クレアが地図に指を走らせ、敵軍の予想進路を示した。


「ここは? 両端は山?」

「はい。隘路になっています。ここを通らねば、向こうは王都に侵攻出来ません」

「そうか。なら、ここだな」


 リキは顎に手をやりながら、呟いた。


「で、アンジェ……ロ。馬の方は揃うのか?」

「ああ。以前に言ったとおり、あの種類なら、500頭くらいなら揃う」

「では、そちらの手配は頼む。それに合わせて、俺の下に付ける騎士は500でいい」

「いいのか?」

「馬の数より多くても仕方ないからな。その代わり、歩兵を500人ばかり回してくれ」

「歩兵を?」

「歩兵にしか出来んこともあるのさ。敵さんがここを通る前に準備しなきゃならんこともある。歩兵の選出は早くしてくれ。それと、それを任せられる人選もだ」

「分かった」

「よろしく頼む。クレア、現地が見たい。案内を頼む」

「畏まりました」

「では、行こう」


 矢継ぎ早に指示を出し、リキは現地を視察するために、クレアと出て行った。2人を見送ったアンジェラの表情は、ほんの僅かに愁いを帯びていた。



 馬を疾らせ、リキとクレアはヴァーリ候・ロランド国連合軍が通るであろう、王都の北側の隘路までやって来た。馬でなら数時間だが、行軍ならここまで1日は掛かる場所だ。

 地図で見たとおり、両側に山があり、木々が鬱蒼と繁っている。この隘路を抜けないと王都に向かうことが出来ない要所であった。確かに、大軍が通るには狭い道だ。ここを押さえれば、連合軍は王都まで進むことが出来なくなる。


「やっぱり、ここだな。ここでどれだけ敵を減らせるかだ」


 山肌の木々を見上げ、リキは呟いた。


「減らせる……ですか?」

「ああ。俺は騎士じゃないからね。戦い方ではなく、勝敗の帰趨にしか興味はないんだ。こんなことを言ってちゃ、騎士たちには嫌われるだろうがね」

「はあ……」

「戦だからね。生きるか、死ぬか――しかないだろう? 誰だって、死にたくはないからね。だったら、勝つしかない。そういうことさ」

「分かります」

「ん」


 何とか、リキの主義・主張を理解したクレアが頷いた。自分の考え方を理解しようとしてくれているクレアに、リキは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見たクレアは、頬に僅かに朱が上るのを感じた。それから、何かを思い出したようにクレアは表情を曇らせた。それを見たリキが心配して聞いた。


「どうかしたかい?」

「いえ……。リキ様は……この国の人ではありません」

「うん」

「リキ様の国……世界では、こちらほどの戦乱はないとおっしゃいました」

「うん。全くないわけじゃないんだけど、こちらほど頻繁にはないね」

「それで……人が斬れるのでしょうか?」

「うん?」

「戦になり戦場へ出れば、人を斬ることもあります。その時……」

「ああ……そのことか。そうだね。一応は〝武道〟をやっていたからね。心構えは出来てるつもりだよ」

「〝ぶどう〟……ですか?」

「そう、武道。俺の国に伝わる、運動や競技みたいに形骸化したものじゃなくて、実践本意の武術が武道なんだ。まあ、戦乱の無い時代の修練だから、実践本意――っつっても実戦に行ってどうか……は、やってみなくちゃ分からないけどね」

「はい」

「まあ、今から心配してても仕方ないし、ね。気遣ってくれて、ありがとう。クレア」

「あ、いえ……」


 クレアは照れて顔を赤らめ、両手をバタバタと振って誤魔化した。慌てるクレアを、リキは微笑ましく見ていた。


「じゃあ、後の細かいことは戻ってからだ。帰ろうか」

「はい」


 リキとクレアは馬首を並べて、スクーディ城に向けて駆け出した。帰りの道中にも、リキはクレアに、作戦やその狙いを説明した。その意図等を、クレアが瞳を輝かせて真摯に聞く姿に、リキは改めて好感を覚えた。

 2人が城に戻った頃には、アンジェラが歩兵の選出を終えており、1人の偉丈夫をリキに紹介した。


「リキ。彼が歩兵を率いるルドルフォだ。ルドルフォ。こちらがリキだ。私の参謀を務めてくれている」

「ルドルフォです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。リキと言います」


 アンジェラに紹介されたリキとルドルフォは、リキがルドルフォの手を取り、固い握手を交わした。参謀として紹介されたリキに手を取られ、ルドルフォは面食らった。普通は歩兵隊長など、軽く見られる。これまで握手などされたことがない。

 リキはルドルフォの手を取ったまま、アンジェラを振り返り、


「それと、言い忘れてたが、弓兵も200ほど欲しいな」


と、言った。


「弓兵も?」

「ああ。多ければ多いほどいいが、今のウチじゃ無理だろう?」

「そうだな。そんなところなら回せるか」

「じゃあ、それで頼む」

「ああ、手配しておく」


と、アンジェラは頷いた。リキは再びルドルフォに向き直り、


「ルドルフォ。早速で悪いが、敵軍が来るまでに、やっておいてもらいたいことがある」

「はい」

「それで、やってもらいたいことというのはな……」



 夜更けになり、リキの500騎は、ヴァーリ候・ロランド国連合軍が王都北側の隘路に差し掛かる前に陣取るために出発した。今から動けば、遅くとも夜明け前には着ける。歩兵の500はすでに戦いの準備を終えて、弓兵200とともに伏兵として潜んでいた。

 リキは今回の出陣に当たり、自薦他薦を問わず部隊長を推挙してもらい、作戦のあらましを説明し、理解を示したグイドとガラム、それにダリオという若手を部隊長に抜擢、任命した。リキとクレアが200騎を率い、グイドとガラムにはそれぞれ150騎を当てた。ダリオには弓兵200を預けていた。


「では、行こうか」

「出発!」


 リキが言い、クレアが号令を掛けた。本隊500が到着するまでの敵軍の動きを知るために、斥候は多過ぎるくらいに放っていた。動きがあれば、逐一報告が上がるだろう。

 夜間の移動ではあったが行軍は何事もなく順調すぎるくらいで、夜明けの数時間前には隘路の入口――ヴァーリ候・ロランド国連合軍側から見て――に着いた。道中、何度も届いた斥候の報告では、ここから2時間ほどの距離に連合軍はおり、夜営をしているという。

 当初の予定では布陣して敵軍を待つ手筈であったが、リキは連合軍の様子を聞くや、夜襲を決断した。こちらが予定より早く着いたこと、連合軍の夜営地までの距離から判断したのである。リキは騎馬500の兵に告げた。


「これより、敵軍に奇襲を掛ける! クレア、ルドルフォとダリオに連絡を。夜襲の後は、予定通りだ」

「はい!」


 夜襲を掛けた後は、怒りに我を忘れた敵軍が追いかけて来るだろう。そこからは当初の策に移るように、伏兵に連絡することも忘れなかった。


「行くぞ!!」


 リキ軍500騎は夜陰に乗じて敵軍に近付くべく、粛々と行軍を開始した。

 ここに、リキの初陣が始まった――。 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る