第13話 勝機



 戦が始まった。

 フラムーラ平野を、地響きを立てて数多の馬が疾駆する。怒号が飛び交う。それを対岸の火事の如く、安全な川向うから眺めていた陽菜は、


 無理無理無理! あんなの無理! 付いて来たい――って言ったけど、あんなのは絶対、無理!


と周りにいる兵たちに憚って、胸の内で呟いた。心なしか、顔が蒼褪めていた。戦というものを軽く考えていた。

 後悔の念がぎる。以前見た戦場は、既に戦が終わっていたが、眼前で行われている戦は今始まったばかりなのだ。対岸から傍観しているとはいえ、伝わってくるのは戦の荒々しさ。所詮、戦は殺し合いなのだ。

 陽菜は戦に恐怖を覚え、戦慄した。



 国王軍とガレアッツォ侯軍の主力は正面から激突した。両軍共に、主力には重騎兵を配しており、力と力のぶつかり合いであった。

 500キログラムを優に超える重馬種同士が入り乱れ、騎士たちが剣で切り結び、槍で突撃し、或いは鎚矛メイスを打ち付け合い、死力を尽くして戦った。両軍の主力部隊の戦いは主に、単騎同士が、これは――と思う相手に勝負を挑む、一騎討ちであった。乱戦になりかけた頃、


「退けっ!! 退けぃっ!!」


と、国王軍を率いていたファビアーニ卿が全軍に後退の命令を発した。決して不利になったからではない。頃合いを計っての後退は、元よりの手筈であった。その証拠に、後退は整然と行われたのである。

 しかし、ガレアッツォ侯軍は自軍が優勢になったためと考え、好機と受け取った。ガレアッツォ侯の本陣を置いてきぼりにして、主力の全軍が雌雄を決しようと追撃してきたのである。しかし、それを見ていた両翼の各1,000は動かなかった。リキの流した流言に囚われた将軍らがそれぞれを疑い、背後より襲われることを危ぶんだからであった。ガレアッツォ侯軍はこれで、追撃する主力軍、躊躇する左右各1,000、本陣の1,000騎に分断された。



 国王軍はついに川岸付近まで後退した。これ以上は後退出来ないところまで下がるや、ファビアーニ卿は、


「停まれ!! 停まれぃっ!!」


と号令を掛け、続いて、


「転進っ!! 反転せい!!」


 声を張り上げ、国王軍は後退を止め、一斉に反転、再びガレアッツォ侯軍に向かい合った。


「掛かれっ!!」


 ファビアーニ卿の反撃開始の号令に、態勢を整え直した国王軍が怒号と地響きを立て、反撃攻勢に転じた。

 国王軍を川に追い落とそうと、がむしゃらに追走してきたガレアッツォ侯軍は、功に逸り先を争って隊列を乱しており、整然と陣形を取る国王軍に先頭からぶつかる形となり、1騎が複数の相手と戦う状況が生まれた。突出した騎馬が袋叩きに合う――。よって、1騎、また1騎と討ち取られ始めたのだ。

 先陣の混乱に後続が気が付いた頃には、再び攻勢に回った国王軍に追い立てられ、ガレアッツォ侯軍は散り散りになって逃げ出した。



その様子を見て、リキは隣のクレアに頷いた。後方にぽつりと置いてきぼりとなったガレアッツォ侯本陣。ここを攻める機を、リキはずっと窺っていたのだ。リキは抜刀し、


「掛かれぃっ!!」


と、怒声を上げた。リキ率いる軽装の騎馬600が、敵本陣目掛け、疾駆した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る