第4話 謁見



 クレアや陽菜と別れた後、リキは今回の戦果を国王陛下に報告するため、王宮へと向かった。


 謁見の間に向かう長い回廊の途中で、リキは王弟ジュリアーノと側近たちの一行と出会った。

 王弟ジュリアーノはまだ18になったばかりではあるが、何かとリキに絡んでくる。リキは一時期、国王がまだ殿下であった頃に懇意であったが、それ故か、ジュリアーノはリキを目の敵にしている節がある。

 だから、リキも無暗に関わらないようにしていたが、それでも全く出会わない――というわけにもいかない。このような時は、さすがに回避は不可能だ。

 

 やはり――というべきか、脇へ退き、頭を垂れて一礼をするリキの前でジュリアーノは足を止めた。

 

「おお、男爵殿。アンジェロ陛下に逆賊討伐の報告か?」


 リキは現在、男爵の位を授けられている。一応は貴族・騎士ではあるが、爵位

としては下位であり、さらにどこの馬の骨とも知れないリキを快く思わない貴族や騎士も多い。リキもそれが分かっているから、出来るだけ目立たないように振る舞っていた。


「左様でございます。王弟殿下」


 リキは極力、感情を抑えて、型通りの返礼をした。難癖を付けられる口実を与えぬようにした、実に無難な対応である。


「男爵殿の勲功には、目を見張るものがあるな。陛下のために、更なる武勲を重ねるがよいぞ」

「はっ」

「このまま忠勤に励めば、何れは諸侯に列せられるやも知れぬぞ」

「はい。精勤致します」

「うむ。それではな」


 そう言って、王弟ジュリアーノは去っていった。リキを疎ましく思っているらしい側近の何人かは、そっぽを向いたままだった。

 やれやれ――と、リキは大きく溜息を吐いた。国王に忠義を尽くせば武勲を重ねることとなり、その恩賞が多くなれば煙たがられる。

 どうしろってんだ――と、嘆息するばかりだが、リキは、国王が殿下だった頃に〝力になる〟――と誓ったのだ。


「約束したからな」


と、リキは呟き、謁見の間へと急いだ。



「……以上、陛下への叛を企てた主謀のウーゴ卿、及び、それに呼応した野盗たちを討伐致しましたことを、ここにご報告致します」

「うむ、大儀であった。リキ卿。しばし、ゆるりと休まれよ」


 跪き、討伐の成功を報告するリキに、玉座に座した国王は労いの言葉を掛けた。

 コロナス国王アンジェロは四年前に急逝した父である前国王ヘレスの後を受け、即位した若い国王であった。肩に掛かる金髪に碧い瞳、姫君かと見紛うほどに華奢な容姿で、豪壮さは微塵もない。

 果たして、これで国を統べる事が出来るのか――と心配になる者もいるのではなかろうか。

 

「はっ。有り難き幸せにございます」


 国王の言葉に、リキは恭しく頭を下げ、範に則った返礼をし、そして退室した。廊下を歩いていると、国王の侍従の1人が追い掛けてきた。


「陛下が?」


 国王陛下が、後で部屋に来るように――と告げたと言うのだ。侍従に、リキは了解したと告げ、国王の居室に向かった。


 部屋の前では、扉の両脇に警備の近習が立っており、その横で先に戻った侍従がリキを待っていた。侍従はリキの姿を認めると警備の者に頷き、扉を開けさせた。


「どうぞ、お入りください」


と、侍従は言い、脇に控えた。


「ありがとう」


と、リキは答え、部屋に入った。部屋では国王アンジェロが大きな椅子にくつろぎながら、何かの書物を読んでいた。


「失礼致します。国王陛下」

「よせよせ。其方と私の仲ではないか。硬い挨拶は抜きだ」


 顔を上げたアンジェロが、気さくにそう言った。表情も先ほどとは打って変わって穏やかだった。より一層、姫君に見える。


「そうか? では、遠慮なく」


 リキもそう言いながら、アンジェロの斜め向かいに置かれた椅子に腰を下ろした。その様子をアンジェロは嬉しそうに眺めていた。アンジェロにとって、リキは気の置けない友であったのだ。


「クレアはどうしている?」

「ああ、良くやってくれてるよ。俺が不甲斐ないからな。世話を掛けさせてばかりだ」

「そんなことはないだろうが……。まあ、仲良くやっているなら、それでいい」

「何度も聞くが、クレアを俺に付けてていいのか? 気兼ねの要らない者がそっちにいたほうが、気が休まるだろうに」


 クレアは元々はアンジェロ付きの侍女であったのだ。


「それこそ何度も言うが、クレアがいないと、リキが不便だろう?」

「それはそうなんだが……」

「気兼ねは要らん」


 結局、この話を切り出したリキの方が、申し訳なさそうに頭を掻いた。


「役目とは言え、国王陛下――ってのは、やはり大変だな」

「全くだ。あんな王冠など、肩が凝るばかりで何の役にも立たん」


と、アンジェロは傍の小卓に放り出した王冠を見やり、それから大仰に肩を揉む様な仕草で、嘆息した。リキは苦笑し、


「それでも、体裁は整えんとな。あれを被ってりゃあ、一応は誰でも国王陛下らしく見えるってもんだ」


と、アンジェロの苦労を労った。アンジェロは幼子のようにふくれっ面をし、


「どうせ、私は国王らしくありませんよ~、だ」


と、舌を出し、べ~をした。まるで少女のように。


「そういう意味で言ったんじゃないんだがな。悪かったよ、


リキは、拗ねた子をあやすように、そう言った。

 リキは今、国王アンジェロを、〝アンジェラ〟と言った。この国では、の名、の名前である。

 それはつまり――。

 


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