第22話 紐で縛って抱いて寝ろ

 眠気が吹っ飛び、ハッと目を開くとアスカロンの精が冷ややかな目で俺を見下ろしていた。


 俺の腹の上には精の足が載っている。



「おい」



 精はどすの効いた声で俺を呼ぶ。


 まるで椅子に座っているかのように中空にお尻を据え、足を組み腕を組んで俺を睨み付ける。


 相変わらずの露出の多い恰好で艶めかしい。



「はい」



 俺は慌てて体を起こしアスカロンの前に座り直して返事をした。


 精は何か怒っているようだ。


 思わず背筋を伸ばす。



「お前、私に感謝の言葉はないのか?」


「え?」


「今日のでくのぼうとの戦いは私のおかげで勝てたということをお前は理解しているのか?」



 言われて思い返す。


 確かにヘカトンケイルの懐に入り込んだとき、自分の意思とは関係なく剣が動いた感覚がある。


 あのときのことを精は言っているのだろうか。



「剣が軽くて勝手に動いている感覚がありました」


「それだ」



 アスカロンの精は軽く頷いた。

「分かっているのなら、私に何か言うことがあるだろう。どうしてさっさと寝る」



 精は苦々しげに舌打ちをしてそっぽを向いた。



 やはりあれはアスカロンが助力してくれたのか。


 実戦に慣れて自分の剣技の実力が上がったのかとも思ったが、そうではなかったようだ。



「すいません。ありがとうございました」



 俺が頭を下げると、精は「ふん」と鼻から息を漏らしてさらに視線を鋭くした。


 まだ怒りは治まらないらしい。



「お前、昨日私が言ったことをやらなかっただろう」


「え?やりましたよ。しっかり撫でました」



 俺が反論すると、精は目を剥いて口調を熱くした。



「しっかり抱いて撫でろと言っただろ。お前は私を床に置いたまま撫でてたんだ!全く抱いてない!」



 俺に顔を近づけ鼻先に指を差して「全くだ」と指摘する。



「そ、添い寝して撫でてたんですけど、あれは抱いたことにはならないんでしょうか?」


「な、ら、な、い。添い寝は添い寝。全然違う」



 やってみろ、と精が言うので、渋々俺は剣を腕に抱きそのまま横たわった。



「鞘の先を太腿で挟め」


「こうですか?」



 俺は左半身を下にしてアスカロンの柄を顔の傍になるように掻き抱き、剣先を太ももの間に挟んだ。



「そう。それで右手で鞘を撫でる」



 言われる通り撫でると、アスカロンはうんうんと頷き、表情から険を消した。


 少しうっとりしたように目を細める。


 心地良さそうだ。



 しかし、こんなことをしていてはいつまでも眠れない。



「そうだ!思い出した」


 突然、精は目を見開いた。

「お前の寝相はどうなってるんだ?寝てるうちに頭と足の位置が逆転してたぞ。毎日そうなのか?」



「いや、……昨日は疲れてたので」



 そう言ってみるが、寝相が良くないのは自覚している。


 頭と足が逆転するというのは滅多にないが、ベッドから落ちて目が覚めるというのは良くあったことだ。



「今日は疲れてないのか?」


「いや、昨日より疲れてるかも」


「駄目だな」


 急に精の表情に険しさが戻ってきた。

「寝付いたらお前はすぐに私のことをほっぽりだすに決まってる。今日は紐で私とお前の体をぐるぐる巻きにして、いくら寝相が悪くても離れないようにしろ」



 精は俺に「分かったな」と厳命する。



「そんな都合よく紐なんかないんだけど」


「そんなことは知らん。とにかく探してこい。しっかり抱いて寝ないと明日からまた鞘から出ないぞ」



 早く行け、と急き立てられて、俺は蝋燭を手にテントから出た。


 アンタレスもデネブももう寝たのだろう。


 どちらのテントからも灯りは漏れてない。


 どうしようか。


 アンタレスが紐なんか持っているとは思えない。


 頼るならデネブだろうけれど。

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