第41話 決意

 キョロキョロとあたりを見渡すが、不気味な声の正体がつかめない。


「……上!」


 ミクが上方を見ながらそう指摘する。

 つられて俺も上を見ようと首を動かすと、すぐ目の前に、その男はスッと音もなく着地した。


「なっ……ヴェル……」


 そこまで言葉を出したところで、俺はその男の強烈な蹴りを胴体に食らって、広間の中央付近まで弾き飛ばされた。


「ショウ!」  


 ミクは、珍しく、いや、初めて大きな声を出した。


「……ショウ、という名前か。この娘と一緒にいたということは、アイゼンの弟子か……奇妙で忌々しい道具を創り出したものだ。魔術具の類では無いようだしな……それにおまえも素人ではないな。俺の攻撃に反応するとは……」


 別に意図的に反応したわけではない。

 ただ、目の前に男が現れたから後方に飛び退こうとして、そのときに蹴りが入って派手に弾き飛ばされただけだ。


 おそらく、奴は俺が攻撃を認知してから飛び退いたのだと勘違いしているのだろう。

 蹴られた部分はもちろん、弾き飛ばされた後に堅い床に打ち付けられ、転げたので全身に激痛が走ったが、このままでは奴が次の攻撃を繰り出してきたとしたら対処できない。

 俺は懸命に立ち上がった。


「……ふむ。まだ立ち上がれるか。人間にしては丈夫だな……それにしても本当に忌々しい光だ。まあ、一度見ていれば対処はできるがな……」


 俺が肩に装着したウェアラブルカメラのライトは故障しているようでもなく、発光は健在だった。そもそも、これらはスポーツの撮影用、プロ仕様の物なので相当衝撃に強く、頑丈だ。

 しかし、LEDの白い光はあの男を照らしているのに、今回はそれほど堪えていないようだ。


 全身、黒い衣装で身を覆っており、その上からさらに漆黒のコートを纏っている。

 手袋まで真っ黒にしているという念の入れ用だ。

 さらに奇妙なのは、全身が黒い「もや」のような物で覆われていて、はっきり見えづらい点だ。

 ひょっとしたら、それで白い光の影響を拡散させているのかもしれない。


 その「もや」の隙間からチラリと見える髪の毛は、おそらく銀色。顔は青白いようだ。

 また、どうやら目は瞑っているようだ。それなのに、こちらが立ち上がったことを把握している。

 ということは、薄目を開けているのか、もしくはこちらの行動を把握する術を別に持っているということだ。


 俺たちの世界でも、ヴァンパイアという種族の存在は知られている。

 それが、今目の前に存在する種を先人の誰かがモデルとしていたのであれば、奴はコウモリと同じく、超音波により空間、および存在する物体の情報を目視以上に判別できることになる。


「おまえという存在は非常に興味深い……。そのような純白の光を魔法を使わずに発動できるとは……失われし古代の超高等技術でもよみがえらせたのか? なにしろ、一時的、一部とはいえこの屋敷の結界を破り、侵入してきたのだからな。その割に『いざない』の魔法にはいとも簡単にかかったようだが……私はおまえを気に入っている。忠誠を誓うなら部下にしてやってもいいぞ……黙っていないで、何か言ってみろ」


 その男……ヴェルサーガの口調は、完全に俺のことを見下している。


「……ミクを解放しろ」


 短くそう答えた。

 それを聞いて、ヴェルサーガはニヤリと笑う。


「……いい答えだ。おまえの望みが何なのかよく分かった。いいぞ、解放してやっても。だが、条件がある……私に忠誠を誓え。我が呪法を了承し、受け入れるだけでそれは成立する」


「断る」


 俺は即答した。


「ほう……よほどこの娘が切り刻まれることを望んでいるようだな……」


 ヴェルサーガはおぞましい笑みを浮かべ、両腕を拘束され、絶望とも取れる表情を浮かべたミクに近づき、その顎の下に指を添えて顔を上向かせた。


「ま、待て! 本当に……忠誠を誓えば、その娘を解放してくれるのか?」


 慌てて俺がそう叫んだ。 

 本心ではない。ただの時間稼ぎだ。

 しかし、なんとかしてミクを助けたい、傷付けたくないという気持ちは、ヴェルサーガに伝わってしまった。


「……おまえは正直だな。これでおまえとこの娘の関係が大体分かった……少なくとも、おまえがどう思っているいるのかは、はっきりとな……では、この娘はどうかな……あの男を助けたくば、私に忠誠を誓え」


 今度はミクに対してそう言葉を投げかけた……それはもっとヤバい条件だった。

 俺が奴の手下になったところでたいした戦力にならないが、ミクがそうなると強力な魔術師が敵側に回ってしまう。


 また、もしミクがアイゼンやソフィアと敵対したとして、その二人がミクを躊躇無く攻撃できるだろうか。


 そうだ、まだその二人が助けに来てくれる可能性が残っているんだ!


 ただ、もらった通信機を使っても、どうしてもあの二人と連絡が取れない。

 さっき奴が言っていた「結界」の影響で、魔術具が作動しないようだ。

 しかしあの二人なら、俺が突然姿を消したこの屋敷にたどり着くことはできるはずだ。


「ミク、そんな誘いに乗るな! 大丈夫だ、とっておきの策がある!」


 咄嗟に大声で叫んだ。


「……ほう……そんな策があるのか? 言っておくが、アイゼンが来るまでの時間稼ぎなら無駄だぞ。この屋敷の結界、私が数年の歳月をかけて幾重にも重ね掛けしてきたものだ。奴がどれだけ解呪の魔法を繰り出し続けたとしても、破るのに三日はかかる」


 自信たっぷりに語る奴の口調に、絶句する。

 こちらの考えなど、読まれている。

 そもそも、奴が本気なら、俺はとっくに殺されていたのだ。


 今、生かされてここに立っている理由……それは、ミクを自分の駒にするための餌でしかない。

 そうしたい理由は明白だ……さっき俺が考えたとおり、アイゼンと戦うための切り札にするつもりだ。


 もし俺がここに侵入していなかったならば。

 あるいは、ミクが俺を見限って、ヴェルサーガに用なしとみなされ、殺されたならば。


 それはそれで、ヴェルサーガにとってなんら問題は無い。むしろ、当初考えた計画通り……つまりミクを人質として、アイゼンの戦力をそぐつもりなのだ。


 だとしたら、俺が取れる方法は一つしか無い。

 俺が、ヴェルサーガを倒すのだ――。


 その事実に気づいた俺は、唯一の直接攻撃の武器――伸縮可能な特殊警棒を手に取り、そのロットを最大にまで伸ばした。


 それを見た……いや、目を瞑りながらそれを感じたであろうヴェルサーガは、さらに不適な笑みを浮かべた――。

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