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エール

第1話 白ネコのお礼

 大学二年生の夏休み、早朝。

 良く晴れており、既に気温は三十度に迫ろうとしていた。


 最近、運動不足解消のためにクロスバイクを買っており、それで毎日走るのが日課になっていた。

 天気が良いせいでちょっと走りすぎてしまい、喉が渇いたので小さな公園の脇に自転車を止め、ボトルを取り出してスポーツドリンクを飲んでいると、黒い野良犬? が街路樹を見上げるように、けたたましく吠えていた。


 相当大きな犬で、近寄らない方がいいと思い、自転車に乗ろうとすると……その街路樹の枝に、なにか白いものが乗っているのが目に入った。

 よく見てみると、白い子ネコ――ちょっと太っている――が、枝の上で身動きできずに固まっていた。


 さすがにほうっておけず、恐る恐る吠える黒犬に近づくと、こちらに向かって吠えながら突進してきた! 


 俺はとっさに身を躱し、反射的に蹴りを出した。

 当たらなかった(当てるつもりもなかった)が、黒犬はちょっとビビったみたいで、二、三回吠えると、そのままどこかに逃げていった。


 白ネコは、俺の事を心配そうに? 見ていたが、手を伸ばして枝から降ろしてやり、軽く撫でると、「ニャー」と一鳴きしてそのままどこかへ行ってしまった。


 朝から白ネコが黒犬に噛み殺される、という嫌な光景を見なくて済んだことに胸をなでおろしながら、一人暮らししているアパートに帰った。

 汗をかいていたのでシャワーを浴び、シャツとジーンズだけの軽装になってリビング兼寝室に戻ったその時……。


「お帰りなさいニャ」


 と声が聞こえた。


「!?」


 混乱して部屋を見渡すが、いつもの俺の部屋だ。


「ここだニャ。視線をもっと下げてみるニャ!」


 声につられ、もう少し下を見てみると……さっき助けた白ネコがそこにいるではないか。

 プチパニックになる俺。


「安心していいニャ、キミは正常だニャ。ただ、ボクが子ネコの姿を借りた別の存在だっていうだけニャ」


 呆然としている俺に、その猫は一方的に話しかけてきた。


「実はボクは、こう見えて神の化身ニャ。今日は助けてくれてありがとうニャ……君は優しいし、行動力もあるし、面白そうな、飽きの来なさそうな魂をしているから、お礼もかねて、この世界と異世界と接続するゲートを作ってあげるニャ」


 気がつくと、部屋の中心に、俺がかがんで潜れるぐらいの、不定型な光り輝く奇妙な空間が出現していた。


「……やっぱり、俺っておかしくなったのかな……ネコがしゃべって、変な光の蜃気楼みたいなものが部屋の隅にできて……しかもそれが、現実に起きたことだと思っている……」


「ニャハハ。さっきも言った通り、ボクは一応、神の化身だから本当のことしか言わないし、君もこれが本当に起きていることだと本能的に理解してるんだニャ」


「……えっと、『神のお告げ』ってやつか? そんなこと言いながら、何か変な契約を持ちかけてくるつもりじゃないだろうな?」


「何のことニャ? 単純にお礼がしたいっていうだけニャ。まあ、だけどお願いはあるニャ。このゲートの向こうにある世界のことを、それとなくこちらの世界に知らしめて欲しいニャ。強制じゃニャいけど」


「……どういうことだ?」


「君は、物書きでもあるんだろう? その想像力も併せて、並行世界である向こうのことを、そこまで正確でなくてかまわないから広めてほしいニャ……まあ、分かりやすく言えば、『実際に存在する別世界のことを広めてほしい』ってことになるニャ。それがボクにとっては有意義なことだからニャ」


 ネコのくせに、嬉しそうに微笑みながらそう語りかけてくる……いや、神の化身だったか。


「……なんで俺が物書きって知っているんだ?」


「君の記憶を、少し読ませてもらっただけだニャ」


 そう言われて、それで納得してしまう自分がいる。


「それで、その部屋の隅の妙な光の渦を抜ければ、そこは異世界なのか?」


「そうニャ。最初は怖さもあるだろうし、いくつか注意点もあるから……」


 俺は白ネコが言葉を言い終わる前にそのゲートを潜り抜けた。

 ……そこは、石畳の薄暗い部屋だった。


 ひんやりとした空気が漂ってくる。


 高校の教室ぐらいの広さで、小さな松明のようなものが石造りの壁に掛けられていて炎が揺らめき、それが部屋全体を淡く照らしていた。


 その非日常的な光景、しかしリアリティのある趣に、思わず息を飲む。

 もっと驚いたのは、重そうな鉄製のドアがゆっくりと開き、それこそファンタジー映画で見たことがあるような、ローブを纏った白髭の老人が、笑みを浮かべてこの部屋に入って来たことだ。


「ようこそ、異世界の語り部よ。我が名はアイゼン。貴殿の訪問を歓迎する」


 そんな内容の言葉を、聞いたこともないような言語で話しかけてきた……そしてそれを、俺はなぜか理解することができたのだ。


 驚きと、直感的に怪しさを感じた俺は、何も言わずゲートを潜り抜けて元の世界に戻った……するとそこには、あきれ顔? の白ネコがいた。


「……キミって、ドーベルマンからボクを助けてくれたときもそうだけど……なんていうか、思い切りがいいというか、考えなしに勢いで行動することがあるニャ。やっぱり見てて飽きないニャ」


「ほ、本物の時空間移動ゲートだ! すっげえ! ……っていうか、あれ、ドーベルマンだったのか……ドーベルマンの野良犬なんかいるのか?」


「今更だニャ……ま、それは置いといて、ゲートを気に入ってくれたら嬉しいニャ。あと、ボクには一応、『トゥエル』っていう名前があるニャ」


「トゥエル……なんか思ったより上品な名前だな……まあいいや。俺の名前は……」


「もう知ってるニャ。羽田翔、19歳、大学二年生。去年のファンタジー文学賞で受賞して出版にこぎつけるも、いまいちヒットせず。別作品の出版を狙っている。彼女なし、性格は勢いで行動するタイプで、ちょっと天然、考えなしなところあり……そんなところかニャ」


「……うーん、まあ、あんまり褒められてはいないけど、間違っちゃいないな……えっと、あと、それでさっき言いかけていた注意事項って?」


「普通、それ聞いてからゲートくぐると思うけど……まあ、いいニャ」


 そう言って、トゥエルはその注意点を説明してくれた。


「まず、こちらの世界から向こうに持ち込んだものは、持ち帰らないといけないニャ。置いてきてしまうと、君が返ってきた後に、強制的にそのゲートの入り口付近に強制転送される。ただし、水や食料など、向こうで消費して消滅したものはその限りじゃないニャ」


「ふんふん、なるほど。まあ、忘れてきても自動的に転送されるのは便利だな」


「次に、向こうの世界のものは、こちらの世界に持ち込めない。砂粒一粒たりとも、持ち込もうとするとゲートに引っかかるニャ」


「そうなのか? うーん、それは残念だけど……なんで?」


「説明すると、この世の理とか、難しい話になるから、そういう決まりだと思ってほしいニャ」


「そっか、分かった……他には?」


「あと、君自身の体も含め、『向こうの世界での状態の変化は持ち帰っても受け継がれる』ってことだニャ。例えば、向こうでケガすれば、帰ってきてもそのままだし、そのスマホだって向こうで壊れれば帰ってきても壊れたままだニャ」


「なるほど、まあ、それは理解できる。ケガしないように気を付けないとな……」


「それと、3日に1度は帰ってくるニャ。それ以上向こうにいると、強制的に一度こっちの世界に強制転移させられるニャ」


「そうなのか? そうなったら、もう行けなくなるのか?」


「そんなことはないニャ。君が向こうに行けなくなる条件は、君の意志でこのゲートを完全に閉じたときか、または君が死んでしまったときだけニャ。あと、このゲートは他の人には見えないし、くぐれないから注意するニャ」


「……やっぱり、異世界で死んでしまうこともあるのか?」


「あるニャ。しかも向こうは剣と魔法の、いわゆるファンタジー世界だからずっとその危険は高いニャ。そもそも、こっちの世界のファンタジーという概念の原型は、この手のゲートを行き来した君たちの先人たちが……って、まあ、それはおいおい分かることニャ。とにかく、気を付けることニャ」


 死んでしまう可能性があると聞いて、多少不安になったが、それより好奇心の方が勝ってしまう。

 とりあえず、靴や最低限の必要と思われる水筒や非常食を準備してリュックに詰め、もう一度ゲートの前に立った。


「さっき行ったときは爺さん一人しかいなかったし、まあ大丈夫だろう……ま、ヤバイと思ったらすぐ帰ってくるよ」


「頑張るんだニャ!」


 こうして、俺は自称神の使い・トゥエルに見送られながら、異世界へと続くゲートをくぐったのだった。

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