束の間の休息(上)

 ソフィアに告白して、そして見事に撃沈した弓使いのアレックス。

 彼を励ます役目は一番年配である戦士のグランツに回っていた。

「ま、まあ。生きてりゃ、こういうこともあるだろ。だから、な? そろそろ元気出せよ、な?」

 しかし、つい先ほど八年越しの初恋が玉砕した少年に、その言葉は酷ではないだろうか。

「うん…………」

 グランツに背中を叩かれる少年の反応は、生気のない生返事だった。


 食事を終えて、場所はいつもの暖炉の部屋。

 寝室の用意ができるまで、彼らにはこの部屋で待機してもらっていた。

 今ここに居るのは、俺と男衆三人だけ。

 この場に居ない二人――ソフィアとネコミミ斥候リップの女子組は、二人仲良く入浴中だ。

 ちなみにリップはあの浴場が気に入ったらしく、二回目の入浴である。ネコはお風呂が嫌いだという印象があるが、あのネコミミ少女は違ったようだ。


 暗い窓の外は深々しんしんと雪が降っていた。

 静かな夜だ。冬に呪われた地ではこれが平常なのだが。


 もし明日の天気が猛吹雪でもなければ、今夜はソフィアのいる最後の夜――その事実に俺の心は何度もざわめき立ったが、なるべく考えないようにつとめる。

 そうすることで幸いにも、俺の心情は表に出ることなくおさえ切れていた。




 落ち込んだ少年のひざの上には、いつの間にか白いふわふわの毛玉が抱かれている。

 その正体はクソウサギのペトラだ。

 奴も空気を読んでいるのか、少年をはげますかのように、前脚でポンポンと軽くその頬を叩いていた。

 こいつめ、俺には全然懐かないくせに……悔しくなんか、ないんだからな!


 まあ、若干羨ましいのは確かだが、そんなことはどうでもいい。

 俺がこの部屋に来たのは他でもない。この冒険者たちに確認しておきたいことができたからである。

「何か御用でしょうか? 私達にきたいことでも?」

 タイミングよく、魔術師のジーノが声を掛けてきてくれた。

「ほう、察しが良いな」

「逆にそれ以外の理由なんて無いでしょうに……それとも、今さら私達のことを処分しに来たので?」

 まさか、そんなことが有り得るわけがない。

 一見するとなかなか素敵な計画だが、万が一実行すれば……たとえ刹那的な利益があったとしても、ソフィアには間違いなく嫌われるだろうからな。


「なるほど、言われてみれば簡単な推理だな。そう、俺が知りたいのは、星詠ほしよみの魔女の居場所についてだ」

「おや? これはなんとも意外なところ。もしやお知り合いだったり?」

 逆にジーノが質問を返してくるが、俺はそれを適当に流す。

「少し、知り合いの魔女がな。それで、お前たちが彼女に会ったのは、ヘーリオス王国で間違いないよな?」

「ええ、そうですね。より正確に言えば、首都の冒険者ギルドを兼任した『運河の跳ね馬亭』という酒場です」

 問われたジーノは詳細な情報を教えてくれた。

「そうか、首都の酒場だな。感謝するぞ」

 俺はこころよい情報提供に礼を言った。


 俺がこんなことを尋ねたのは、星詠ほしよみという呼び名に心当たりがあったからである。

 確かそれは、放浪の魔女がさがしていた魔女の二つ名だった。

 だから話題に出た時からずっと気になっていたのである。

 情報の確認も取れたし、今度あの魔女がこの城に寄ったら教えてやろう。


「……しかし、こうなってみると、結局何もかもが彼女の予言どおりでしたね」

 魔術師のジーノが思い出したように言った。

「目的を果たす前には大いなる困難が存在する。しかし、誰一人欠けることなく目的を達成できる――」

「……ほう、それが星詠みの魔女の予言か?」

 俺が質問すると、ジーノは肯定した。

「大いなる困難とは、おそらく貴方のことを指していたのでしょう。結果も含めて、完全に的中していたと言えますね」

 つまり彼女には、初めからこの結果が見えていたということか。

 すごいな、星詠みの魔女。

 俺は素直に感心した。


 星詠ほしよみ――現代風に言えば占星術せんせいじゅつとか星占いのことである。

 しかし、たかが星占いでここまで完璧に未来を読み切るなんて、ちょっと想像ができない。

 彼女もまた、とてつもないチカラを持った魔女のようだ。


 だが穿うがった見方をすれば、八年前にはもうすでに星詠ほしよみの魔女はソフィアの居場所を――それどころか、本当に何もかもを把握していたと推測できる。

 それだけ情報がそろっていたなら、もっと早くソフィアを迎えに来る方法もあったと思うのだが……。

 結局、星詠ほしよみの魔女は何がしたかったんだ?

「いや、魔女共の考えなんて、俺に理解できるわけがないか」

「ですね。そもそも見えている世界が違うのです。考えるだけ無駄ですよ」

 おっと、知らないうち考えている事が声に出ていたらしい。

 声に出たのはひとごとにすぎなかったが、魔術師のジーノはその言葉に賛同してくれた。


 思えば“放浪”や“鎖”の魔女もそうだった。

 魔女ってやつらは全体的に手段が回りくど過ぎる。

 一番交流のある小さな魔女でさえ、その行動原理は未だ謎だらけなのだ。

 ましてや直接会ったこともない魔女の考えなんて、理解の範疇はんちゅうを越えているだろう。

 俺が頭を悩ませるべきことでもない。

 魔女には魔女たちのルールがあるのだ。


「しかし、仲間が欠けることはありませんでしたが……約一名、心に深い傷を負ってしまったようです。流石に魔女様でも、ここまではめなかったようですね」

 魔術師のジーノはヤレヤレと、冗談めかした調子で言う。

 その視線の先を見てみると、そこには未だ落ち込んだままの弓使いの少年が居た。


「ねえ、グランツ……」

 俺たちが様子を眺めていると、暗い雰囲気のままで弓使いの少年はぽつりと口を開いた。

「お? なんだ?」

「オレってさ、もしかして男としての魅力、全然無いのかな……」

 今にも泣き出しそうなほどに瞳をうるわせた少年は、クソウサギをぎゅっと抱きしめ、ふわふわの毛皮に顔を埋める。

 癖っ毛気味の、桃色が混じったブロンド髪に。サファイア色の瞳。そして、陶磁器のような白い肌の美少年。

 その姿は地球のアイドルも顔負けの一枚絵だった。


 ……うん。まあ、あれだ。

 可愛いショタ少年が好きなお姉さん方々には、大人気だと思うぞ?

 それが彼の望む『男としての魅力』なのかどうかは、俺には判断つかないが。

「……俺から見れば、お前はまだまだ子供ガキだよ。そういうことは、成長しきって限界が見えてから悩め」

 戦士のグランツは大人目線のフォローをした。

「大体、姫様のほうからしても、お前の印象は八年前で止まってたんだ。仕方ねえって」

 グランツはぐりぐりと少年の頭を撫でた。

「そうですよ。厳密にはフラれたわけでないし、今後の頑張り次第で十分巻き返せます」

 ジーノも外野から弓使いの少年を無責任に励ました。


 とは言ってもなあ……そもそも少年の側からして、ソフィアの呼び方が「ソフィア姉ちゃん」なのだ。

 これでは二人の関係性が「姉弟きょうだい」で固定されるのも自然な流れだろう。

 ちなみに、ソフィアが断った理由も「アルくんのことは好きだけど、わたしにとってアルくんは弟みたいな存在だったから、そういうふうに意識したことはなくて……」というものだった。


 こうしている間にも、少年の思考はますますどつぼにはまっているようだ。

 周囲のはげましも一切効果がなく、彼を元気付けることは誰もできなかった。

「でもオレって、“カワイイ”とか、社交界でも“美しい”ってめられることはよくあったけど、格好良いって言われたことは……一度も無いんだ。やっぱりオレって……」

 自分で口にして、弓使いの少年はますます落ち込んでいた。

 どうやら彼の中性的、もっと言えば女の子染みた外見は、以前からコンプレックスだったらしい。


「だぁ~もうッ! ウジウジしてても始まんねえ。こういうときは体を動かせ! 表で剣を振ってりゃ気も晴れるッ! おら、外に出るぞ!!」

 立ち直るどころか、明日以降も引きずりかねない少年に対し、戦士グランツはとうとう強硬手段に出るようだ。

 ただ、少年の獲物は弓なのに、「剣を振れ」とはこれ如何いかに。


 ずるずると戦士に引きずられながら、外へ連行される弓使いの少年。

「せっかくですし、私達も行ってみますか。貴方の下さったという剣も気になりますし」

 付き合いの良い魔術師の青年と、ちゃっかりクソウサギもそれに付いて行く。

「……いや待て、お前ら今から外に出る気か?」

 俺は咄嗟とっさに呼び止める。しかし誰ひとり聞いちゃいねえ。

 そして部屋には誰も居なくなった。


 どうしてこんなにも奴らは自由なんだ? ここは仮にも“冬に呪われた地”と呼ばれる危険な領域で、この城も一応は恐ろしい魔獣の根城なのに。

 ちっともジッとしてくれない。

 彼らを引き留める機を掴めなかった俺は、軽い頭痛に悩まされる。


 ……仕方ない。

 一応俺も付いて行くか。

 俺に管理責任は無いはずだが、万が一にも遭難して死なれたら目覚めが悪い。

 それに、変なところで暴れられたら、後々面倒だし。

 俺は自ら寒空の下に向かう酔狂な冒険者たちに続いて、ぬくぬくと暖かな暖炉の燃える部屋を出た。



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