◆幕間◇おかしな休日。先輩編。
『それじゃあ二時間後にこの広場で待ち合わせね。少しくらいなら遅れても構わないから、二人で協力してアタシ達にぴったりのプレゼントを探してきて頂戴』
そう言って噴水広場でルシアとスティルマンのペアと別れたのが、今から三十分前。あの放課後から四日も経っているんだから、もうアタシの誕生日だって過ぎているのに『分かった。絶対良いもの見つけるからね!』と広場で別れたルシアの屈託のない笑みを思い出すと、それも構わないような気分になっちゃうんだから、アタシもだいぶあの子に毒されているわね。
誕生日のプレゼントなんて前世では野球用のグラブやサッカーボール、車のラジコンだったし、こっちに転生してからだって木剣や木馬。結局親はプレゼントと言ったって、子供に“そうなって欲しい”みたいな圧力をかけてくるものなのよね。
だけど前世の両親はおかしいと感じてはいても、小学校に上がるまでは女の子用の塗り絵をねだれば買ってくれたし、上手く塗れると褒めてもくれた。変わったのはきっと、周囲の“男の子なのに”という同調圧力もあったんだわ。お互い意地を張らずにいれば温泉旅行くらい出来たのかしら――。
とはいえアタシとしてはせっかく鍛錬も勉強もない、最終学年の休日をお人好しなお馬鹿のために使うことを納得しているのだけど、さっきから後ろの棚を無言で眺めているカーサには悪いことをしたかしら。
むしろあの日、普通に考えればどこもかしこも穴だらけなアタシの言い分に、三人もいながら誰一人異を唱えなかった素直さが怖いわ。スティルマンはその時々で演じ分けが出来そうなタイプだけど、ルシアとカーサの二人はこんなに素直でこの先の貴族社会を生き抜けるのか心配ねぇ。
広場からこの店に来るまでも何の疑問も口にせず付いてくるカーサは、そのお人形じみた綺麗さから通行人が何人も振り返ったのに、当の本人は全く気にしていないようだったから、騒がれ慣れているのかも。
最近はルシアと二人で、本人の好きなレースとフリルをふんだんに使用したゴスロリ路線から、上手く甘さを損ないきらない程度の大人っぽいセンスに軌道修正が出来た。今日も甘さがあるのはルシアが贈ったイチゴジャムのような赤い口紅だけで、それ以外は素のままで充分に魅力を引き出せている。
ただ残念なのは私服かしら。男物みたいなシンプルな黒い細身のパンツとジャケットは、ランウェイを歩くモデルのように完璧な美しさはあるけれど、カーサが本来持っている女性らしい可愛らしさが消されているわね。
そもそも春から初夏になった時点でこの色合わせはどうなの? 明るい差し色の一色もないだなんて暑苦しい。スタイルが良いから誤魔化せているだけで、季節感を読まない残念な子に見える。
オマケに足許は身長の高さを気にしてか、ぺたんこのパンプスっぽいつまらない靴。身長が高いと総じて足が大きいから、パンプスだとその大きさがよけいに目立つのよね……。
これだけスタイルが良いなら思い切って少し高めのヒールを履いて、足の甲を見せた方がその身長の高さをより効果的に美しく見せられる。
そんなことを気にし始めると、休日だからか、普段のようにキチンと髪をお団子に結い上げず、あっさりと低い位置で一本に纏めただけの髪型も気になってきたわね。せっかく綺麗な紫がかった紺色のロングストレートも、その服装と髪型だとただの就活生じゃない。
そしてついに前世の職業病が我慢の限界を迎えたアタシは、考えるよりも先に雑貨を真剣に眺めていたカーサの肩を後ろから掴んでいた。
思ったよりもずっと華奢な肩に一瞬驚いて手を離せば、急に肩を掴まれたことに驚いて振り返ったカーサと目が合う。いつもは山吹色の切れ長な瞳が驚きに丸く見開かれると、まるで宝石のトパーズみたい。
本来なら、色んな女の子の理想を詰め込んだ子のお化粧や服装に手を出したくなることなんてないんだけど、カーサは本人がその価値に気付いていないのが腹立たしいのよ!
「カーサ、アンタちょっとアタシに身体貸しなさい! こんなに綺麗な子がこんなにダサイ格好してるなんてもう我慢できないわ! 自分でも乱暴な言い分だとは分かっているけれど、これ以上見ていられないのよ」
真っ直ぐアタシを見つめた山吹色の瞳が、イチゴジャム色の唇が困惑に揺れ「だ、だが、今日はあの二人のプレゼントを買いに……」と言い淀む。
「それは忘れてないわ、安心なさい。だけどね、きっとルシアは可愛い格好のアンタを見ても喜ぶわよ?」
「ワタシが着飾ることで、ルシアが喜ぶ……?」
「そうよ。それにきっと物凄く褒めてくれるわよぉ?」
「――ワタシが女っぽい格好をしても、褒めて、くれる」
不意にカーサの唇から零れた本音に、アタシは胸が痛んだ。この子も親に求められた“役割”が息苦しいのだと。
「そんなの当然でしょう、お馬鹿さん。アンタは綺麗な女の子だって、アタシ前にも言ったわよね? あの言葉を信じてなかったの?」
かなり心が揺れているように見えるカーサに、俄然メイクアップ魂が騒ぐ。アタシが手をかけてあげたいのは昔からずっと“自分に自信を持てない女の子”だもの。
「良い? 女の子が女っぽい格好をしたいだなんて何の贅沢でもないわ。むしろ素敵よ。勿論男装が好きな女の子がいたって良いわ。格好良く着こなせば、スネ毛やヒゲが生える男より断然女の子の理想よ。そういう歌劇団もあるんだから」
アタシの言葉に身体ごと振り返ったカーサは、やがて小さく頷いた。
けれどその手に握られていた明るいオレンジ色のマニキュアが入った小瓶を見て、思わず「アタシの髪と同じ色だわ」と口にしたら、カーサは「これは違っ、いや、違わないけどだな! プレゼントするなら何かルシアとお揃いの物にしたくて……」と顔を真っ赤にして言う。
小さく「友人が出来たらしたかったのだ」と言う姿は何だかいじらしくて。俯く頭を撫でながら「さすが目の付け所が女の子ね」と褒めながら、着飾らせたい欲求が高まるのを感じて胸が高鳴った。
***
『コレね、当日に男女二人ずつのチームに分かれる時に引くくじなんだけど、全部色付きにしてあるのよ。何でそんなことをするのかって思うでしょうけど、ちょっとアンタにも不正の片棒を担いで欲しいの』
四日前の温室でそうラシードに耳打ちされた時は、同じ気持ちでいたことに内心かなり安堵したものだ。ワタシではルシアとスティルマンを言いくるめてチームにする自信がなかったから、不正であろうがラシードが先んじて手を打ってくれたことが頼もしかった。
今朝も自然に『こういうのは年上からよね~』とさっさとくじを引いてしまったから、あっという間にチーム分けが完了したのだ。これで後は二人のプレゼントを選ぶだけだと思ったのだが――……。
「カーサ、次はコレを試しに当ててみてくれる?」
現在ワタシはラシードに連れられて、彼の行きつけだというちょっと変わった店構えの洋品店にやってきている。
訊けば舞台衣装の専門店だとかで「背の高い女優も多いから、ここならアンタの身長でもサイズの合う服が見つけられるわ。衣装は一般人にはサイズが合わないし、舞台での公演が終わればいらなくなるから、アタシもたまに格安で譲ってもらうのよ」と教えてくれた。
たった四十分前までは雑貨店でルシアのプレゼントを選んで、最初に目を吸い寄せられた明るいオレンジ色のマニキュアを二本と、革製で重厚感のあるダークブラウンのブックカバーを一つ購入したところだった。そうしてその後すぐさまここへ連れて来られたのだ。
『そんなの当然でしょう、お馬鹿さん。アンタは綺麗な女の子だって、アタシ前にも言ったわよね? あの言葉を信じてなかったの?』
同じ言葉を初めて言われた時は、それまで言われたことがなかったから嬉しいのだと思った。けれど今回は二度目であったはずなのに、何故か一度目よりもずっと嬉しかったのだ。
ラシードとルシアは、いつもワタシを“女の子”として扱い“男”としての身形も振る舞いも期待しない。そのことに一瞬、勘違いしそうになるのだ。
領地に帰った後も周囲がそう接してくれると。
そんなことはありえないと分かっているのに。
『良い? 女の子が女っぽい格好をしたいだなんて何の贅沢でもないわ。むしろ素敵よ。勿論男装が好きな女の子がいたって良いわ。格好良く着こなせば、スネ毛やヒゲが生える男より断然女の子の理想よ。そういう歌劇団もあるんだから』
ラシードが優しさからくれたあの言葉一つでその気になって、こんなところで似合うはずもない女性用の服を探している。思い返せば、領地にいる頃からスカートやドレスというものに縁がない生活をしていた。乗馬も剣術の稽古も、女性物の服装では出来なかったからだ。
誕生日の贈り物には仕立ての良い乗馬服やブーツ、剣帯にナイフと、取り繕いもしない“男だったら”という思いが透けて見えるプレゼントが毎年贈られた。
初めてドレスをもらえた誕生日、ワタシはとても嬉しくて何度もメイドに頼んで着せてもらったけれど……翌週には婚約者としてあのクズ男を紹介されたのだ。あれで本格的に両親がワタシに“女の子”として期待するのは、そういう時だけだと分かった。
そのことで絶望を感じるほど愛されていない意識はなかったけれど、諦観の境地には辿り着いたと思う。
――なのに今、鏡の中に映る自分はこの女としては高すぎる身長に似合わない、ふんわりとした白いブラウスを当てて立っている。ここまで羽織って来た去年の誕生日に贈られたジャケットは、さっき店員に剥ぎ取られて店の奥へと消えてしまった。
後ろ髪を引かれる思いでそれを見送ったワタシに向かい、ラシードは「あんなのより、もっと似合うものを探しましょ」と微笑んだ。
この土地では珍しい浅黒い肌と男であるにもかかわらず、ワタシなどよりよほど色気のあるラシードと町中を歩いていると、人々の視線が追いかけて来ていると感じた。しかしそれを全く気にせずに堂々と歩くラシードは、とても眩しくて。少しでも気を抜けば身長を気にして背を丸めそうになるワタシとは大違いだと思った。
そんなことを考えながら、鏡の中に映る自分を再度確認する。
黒いジャケットの下に着ていた男性用の白いシャツの上から、同じ白でも女性用の柔らかなシルエットのシャツを当てている様は、女装趣味のある男のようでしかなかった。
沈んだ気分で鏡の中の自分と睨み合っていると、今まで後ろで服を探していたラシードが横に並んで「うぅん、悪くはないけどカーサには合わないわね」と――……そう言った。
その言葉はレイピアの一突きよりも鋭くワタシの胸に刺さり、抉る。両親から同じことを言われたところで、ここまで痛くはないだろう。身体に添わせていたブラウスをそっとラシードの手が取り上げたことで、ワタシは恥ずかしさに俯いてしまったのだが――。
「ねぇ、コレの似た感じの色違いで淡い黄色系のやつがなぁい? 明るめでも白だとありきたりな感じでしっくりこないのよ。華やかな顔がぼやけちゃうわ。せっかくだから瞳と爪のマニキュアの色に合わせたいの」
ワタシよりもまだ身長の高いラシードのそんな言葉が、店の中に、心に響いて。
「上は今の注文で見繕ってもらうとして、と。次の問題はスカートの形ね。フレアだと甘すぎるし、身長があるから野暮ったくなっちゃうわ。ボックスは論外だし、プリーツも
矢継ぎ早にワタシにはさっぱりな単語を並べ立てるラシードの表情は真剣そのもので、こんな大女を“女の子”のように着飾らせてくれる約束を守ろうとしてくれている。
――そのことが、嬉しくて、嬉しくて。
「全部ラシードに任せるから、残りの時間でワタシをルシアに褒めてもらえて、スティルマンに“それなり”に褒めてもらえるようにしてくれ」
そんなワタシの無理難題にも「勿論よ。それなりどころか“絶賛”させてやるわ」とラシードが約束してくれる限り。ワタシは“可愛く”なれるのだろう。
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