第2話 夫婦のお茶会 中編

 


 結局、セシリアは素晴らしい結果を使用人やその子達に齎した。

 初の試みとしては出来過ぎていると言っても良い。


 セシリアの気にしていた『親の仕事に就かないといけないという使用人達の中の空気』は今回のツアーである程度払拭された様だから。


「それに子供達はみんな積極的に質問をしたり、進んで体験をしたり出来ていた様ですよ。お陰で現場からも嬉しい声が上がっていました。この感じだと、『使用人同士の軋轢』についても今後、ある程度の抑制効果が見られるかもしれませんね」


 クレアリンゼのそんな言葉に、ワルターはふむと頷く。



 今回セシリアが挙げていたツアーの柱は3つあった。

 1つ目は、子供達に自分の本当にしたい仕事を見つけてもらう事。

 2つ目は、使用人親子の間にある『親の仕事に就かないといけないという空気』を払拭する事。

 3つ目は、使用人の仕事を相互理解する事で『使用人同士の軋轢』を抑制する事。


 それらの柱・3つ全てに対して、セシリアは一定の効果を上げたと見て良いだろう。


「ツアーの案内役としても途中からは特に滞りもなく、大したタイムスケジュールの遅れもなく進行する事にも成功した様ですしね。セシリアの企画・進行共に、概ね『及第点』と評価出来るでしょう」


 ワルターとしては手放しでセシリアの事を「よくやった」と褒めてやりたい気持ちでいっぱいだったのだが。


(クレアリンゼの評価は、子供に対しても辛いな)


 そんな風に思わず呆れる。


 しかし彼女にだって娘の頑張りを『及第点』に収める理由が、何かしらある筈だ。

 丁度彼女の言葉の『とある部分』に引っ掛かりを覚えたので「おそらくソレが関係しているのだと思うが」等と考えながら、尋ねてみる。


「『途中からは特に滞りなく』とは……道中に何かあったのか?」


 その声に、クレアリンゼは頬に右手を当てて小首を傾げる動作をしてみせた。


「どうやらツアー参加者の一人とセシリアの間で小さな諍いがあったようです。ツアー先の仕事内容について一部侮辱に似た言葉を使った者が居たようで、それにセシリアが怒ったようですよ」


 その話を聞いて、「セシリアが怒るなんて、珍しい」と思った一方で理由の概要を聞いて「あぁそれは仕方が無い」と納得もした。

 もしも自分がその場に居合わせたら、諍いになるかどうかは置いておいて、暴言を吐いた相手を窘めはすると思う。


「そのせいでその喧嘩相手の制御が一時難しい状態にもなった様で……あぁほら、あの侯爵にぶつかった使用人の子供ですよ」


 制御が難しいというのは、おそらく「言う事を聞かなかった」という事だろう。

 言葉の意図をそんな風に読み解きながら、ワルターは頷く。


 その件についてはワルターも外野では無い。

 何せぶつかった侯爵というのはワルターの客だったのだから。


「あぁ、確かにあの件の報告の中にそんな話もあったな。なるほど、丁度その諍いが勃発していた時にアレとかち合ってしまったのか。全く、間の悪い……」


 侯爵と鉢合わせして以降の一部終始については、セシリア付きメイドのポーラから既に一通りの報告を受けている。

 その発端が「ツアー参加中の使用人の子供が侯爵にぶつかった事だった」というのは、ワルターの記憶にもまだ新しい。


(もしその諍いが無ければ、侯爵とセシリアがあそこで出会ってしまう事も無かったかもしれない)


 そう思えば、ワルターの顔は自然と曇る。


 しかしそんな彼の様子を見かねて、クレアリンゼが口を挟んだ。


「その件ではセシリアを、あまり怒らないであげてください。本人も監督不行き届きになってしまっていたと反省しているようですし、十分痛い目に遭いました。もう次に同じような失敗はしないでしょうから」


 彼女のそんな言葉でワルターは考え事から浮上する。



「間の悪い」とは思ったが、それだけだ。

 別にその時上手く統率できなかったセシリアを責めるつもりは無い。


 セシリアにとって今回のツアーは、将来何かを企画・進行する時の為の練習だった。

 失敗が許される舞台を用意したつもりだ。

 少し失敗した所で、そんなに目くじらを立てる事も無いだろう。


 今後に活かせるならそれでいい。



 それにそもそも侯爵の襲来には、うかつに時間指定等してしまったワルターにも責任の一端はある。

 セシリアを責める前に、自分のうかつさを呪う方が先だ。


(自分こそ、2度と同じ轍は踏まない)


 ワルターはそう、心中で自身に誓う。


「そう心配するな。怒っていないし、今回の件で何かペナルティーを与えるつもりも無い。例の使用人の子供を含めてな」


 心中での思考に一度区切りを付けて、ワルターはクレアリンゼに優しげな声を向けた。

 その声に、クレアリンゼは少し安心した様な表情を浮かべる。


「まぁ、マルクにはかなり苦言を言われたが」


『セシリアはともかく、例の子供に対してはきちんとした処罰を課すべきだ』というマルクの猛攻を躱すのは非常に骨が折れた。

 彼としては仕えるべき使用人が能動的に主人に迷惑をかけるなど、論外だったのだろう。

 その気持ちは分かるし、嬉しいのだが。


(子供相手にまでそんなに厳しくしなくとも、と正直思ったが、まぁあれがマルクの性分なのだから仕方が無い部分もあるんだろう)


 仕事については『他人に厳しく、自分にはもっと厳しく』をモットーにしている節があるマルクだ。

 あれらの発言も、らしいと言えばらしい。


 しかしまぁ、結局彼の進言は却下できたのだから良しとしようではないか。


「それどころか寧ろセシリアを褒めてやりたい気持ちの方が勝っている。まだ礼儀作法の授業も受けていないだろう。『よくぞあんな風にヤツの気を削ぐ等という事を思い付いた』とな」


 セシリアは貴族として振る舞う事で話題を逸らし、侯爵が適用しようとしていた不敬罪から使用人達を守った。

 ポーラからはそう聞いている。

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